第93話  孤剣夜想





 赤い瞳の女が山道を歩いていた。

 舗装などされていない、小石と土が踏み固められただけの細い道。

 両脇は、鬱蒼と茂る藪と雑木林。


 独行だった。

 黒漆のように艶のある髪が風になびく。

 背中に大剣と雑嚢を背負っている。

 鈍色の、船の舳先に似た鎧を装着していた。


 重く湿った曇天。

 暗い午後。

 今にも雨になると、人を不安にさせるような空模様だった。


 一人歩む人物を監視している者がいた。

 数は二人。弓で武装している。

 相談を始めた。


「親父。一人だぜ。剣を背負っているみたいだ。傭兵だろ!」

「いや。そうとは限らねぇ……。旅人だって武装ぐらいしている」

「小柄だな。髪が長いし、女みたいだ」

「黒髪……。亜人か。手強いかもな」

「やっちまおうぜ。傭兵どもの仲間に決まってら」

「だめだ。俺が話しをする。お前は森の中から狙っていろ。俺が合図するまで射るなよ」


 女の歩む先に、一人の男が姿を現した。


「おい。あんた! 止まってくれ」


 猟師風。手足に鹿の毛皮を巻き付けていた。

 鎧は装備していない。

 深緑に染められた麻の服を纏っている。

 初老で、年齢は五十歳ほど。

 日焼けで肌は浅黒い。

 額の皺は深く、頬に硬そうな髭が生えていた。

 眼つきは、険しい。


 男は黒髪の女の顔をよく見た。

 気圧されるほど、美しい。

 人間族で言えば十六か……せいぜい十八歳程度にしか見えない。

 だが、魔人氏族は長命属なので実年齢は分からない。


 突然、行く手を塞いだにも関わらず、少しも動揺していない。

 ただ、冷然とした無表情。

 まるで神殿に安置された彫刻のような、麗しくも不動の顔貌……。


 輝く紅玉に似た瞳が静かに見つめ返してきた。

 少しも暴力を感じさせないのに、言い知れない迫力があった。

 こんな相手は珍しい。

 初老の猟師は相手に呑まれないよう、腹に力を込める。


「こ、この先に何の用事がある?」

「東に……移動している。目的は人に話しても分からないことだ」

「戦ばかりの土地で、意味もなく一人歩きするわけはねぇ。お前は傭兵だろう?」

「違う」

「この先にいる傭兵団に加わろうとしていた……。そうじゃないのか」

「お前が何のことを言っているのか分からない。傭兵団とは……」

「この先に奴隷狩りをしている荒くれが大勢いる。まぁ、野盗と言ってもいい奴らだが」


 黒髪の女は首を僅かに傾げて言った。


「それで?」

「お前がそいつらの仲間ではないかと疑っている」

「違う。私に仲間はいない」

「なんで一人歩きなんかしている? 治安は最悪だってのに。襲ってくれと言わんばかりだ」

「探しているものがある。一人で探している」

「……」


 猟師の男は息が荒くなってくる。

 これまで、数え切れないほどの獲物を仕留めてきた。

 狩りは命がけの危険な営みだ。

 狐一匹とて油断は許されない。

 瀕死の生き物の、最後の反撃は強烈。

 目の前の女は、手負いの羆よりも危険だと直感が告げていた。


「……嘘を吐いているようには見えないな。一応、信用しておく。だが、悪いがこの道を使うのは止めてくれ。引き返して、ここで俺に会ったことは誰にも言わないでほしい」

「理由を聞かせてくれないか」

「俺がここにいた事を、この先にいる奴らに知られたくない」

「傭兵どもと戦うつもりか。どうしてだ?」

「村に俺の娘と孫が住んでいる。傭兵どもは価値のある村人を奴隷として売るつもりだ。抵抗した者は殺されたらしい。俺はせめて家族だけでも助けたい」

「……敵はどれぐらいいる?」

「おそらく六十人はいると思う。捕まっている若者は三十人ぐらいだ」

「お前と、横の藪にいる二人で助けられるのか」

「隠れている奴に気づいていたのか……。ふん。確かに望みは薄い。だが、娘と孫のためだ。放っておけない。戦うだけだ」

「いずれにしても私の行き先を変える理由にはならないな……。村に行って、そこで何が起こるか。それは私の問題だ。お前とは関係のないこと」


 猟師は手に持つ弓をつがえた。

 黒髪の女に狙いをつける。


「止めろ。矢は当たらない。弓矢は飛ぶ方向の予測が容易だ。この距離でも私の急所に命中させるのは不可能」

「毒が塗ってある。猛毒だ。むろん、藪にいる男も同じもので狙っている」

「それでも私を殺すのは無理だ。傭兵どもにお前らのことを伝えはしない」

「あんた正気か? 無事に通過させる奴らじゃない。捕まって俺たちのことを話されると困る。家族の命が掛かっているのだ。退き返せ!」


 今にも切れそうな緊張感。

 猟師は女の言うことが張ったりではないと直感する。

 矢は当たらない。

 汗が噴き出る。

 まぐれ頼みで矢を放とうか迷った瞬間、女が口を開いた。


「……では、こうしよう。私はお前らの襲撃に協力する。お前らはお前らの望みを果たすといい。私は私で好きにする」


 初老の猟師は黒髪の女を睨みつける。

 赤い瞳は恐ろしく澄んでいた。

 顔に怯えはない。

 まるで白磁のように滑らかな肌。

 汚い手段で荒稼ぎする人物には到底見えなかった。


 戦いに加わるなど、あまりに突飛な提案だった。

 しかし、嘘とも思えない。 

 どことなく女から発せられる気品。

 勘が働く。 

 迷ったところで何が変わるわけでもない。

 賭けだと思って信じてみよう……。


「分かった。頼む。俺たちに力を貸してくれ」


 初老の猟師は矢を番えるのを止めた。

 合図をして藪に伏せている仲間を呼び寄せた。

 茂みから出てきたのは、やはり猟師風の男。

 装備は初老の男と似ていた。

 年齢は三十歳ぐらい……。口髭を生やしていた。

 俺の義理息子だと初老の猟師は言った。

 それから名乗る。


「俺は見ての通り猟師を生業にしている。名はザッハ。こっちの男は義理息子のポレオ。あんたは?」

「イースだ。イース・アーク」

「なぁ。アークさんとやら。傭兵じゃないなら冒険者なのか」

「もとは皇帝国の騎士だ。今は辞めている。組合にも所属していないから冒険者でもない」

「ははっ。放浪者ってわけか。けど、騎士だったてんなら腕は立つな」


 三人は立ったまま相談を始めた。

 初老の猟師ザッハは状況を語る。


「村を襲った傭兵団は、おそらく独立している奴らじゃない。元を辿れば亜人界最大の傭兵団、心臓と栄光に繋がる。簡単に言えば手下だ」

「心臓と栄光……。その首領はディド・ズマ」

「そうだ。もともと傭兵の元締めだから乱暴な男だったが、近年は狂ったようにメチャクチャをやらかしている。中立の街を襲ったり、手下に命じて人間狩りをさせている。奴隷や傭兵にするためだ」

「ここに来る途中でも、噂を聞いた。小さい村まで襲っているらしいな」

「ああ。何でも下部組織はディド・ズマに上納金を納めなくては酷い目に遭うらしい。ディド・ズマの手下どもは血眼になって村や街を襲っている。そうして捕えた奴隷は荘園に売る。そこがまた酷いところだ。光神教団こうしんきょうだんという宗教が運営しているところなんだが。聖荘園などと呼ばれているが、過労で死ぬまで働かせられるだけの地獄みたいな場所だ」

「……いつ、襲うのだ」

「早い方がいい。移動中は警戒が強くて、どうにもならねぇ。それに奴隷狩りをすると故郷は焼き払うもんだ。帰る場所を無くせば、抵抗する気持ちを潰せるからな」

「寝込みを襲うなら、今夜か」


 老猟師ザッハは頷く。

 息子のポレオは怪訝そうに言った。


「なぁ。アークさんとやら。なんで俺たちを助けるんだ? はっきり言って殺されるかもしれないぞ。こっちは身内が奴隷にされるぐらいなら、いちかばちかで戦うつもりなんだ。それに親友や親戚も殺されているから……」

「探しているものがある。行けば見つかるかもしれない」

「何を探しているんだ。人か?」

「他人には分からないことだ……もう空が暗くなってきている。私は夜目が効くが、お前らは苦労するぞ。移動しよう」


 三人は警戒しながら山道を進む。

 やがて峠を越えると、広い盆地のような地形を見渡せた。

 麦畑に牧草地。それから石造りの農家が数十軒ほど密集しているのが見えた。

 防壁などで村は囲まれていない。

 村の北側には川が流れていた。


 空には依然として重たい雲が垂れ込めている。

 やがて訪れた日没とともに、星月の光すら届かない深い闇が訪れた。

 松明や灯火が村で動いている。

 ザッハが言う。


「レイトの村と呼ばれている。貧相な村だろ? 住人は約百五十人。盆地一体で麦を作って、あとは羊を牧畜している程度のところだ。こんなところまで襲って来るとはよ……」

「村人はどこにいるだろうか」

「たぶん、どこかの家に押し込められているはずだ」

「襲うなら、夜中か明け方がいい。魔法を使う傭兵はいるのか」

「はっきりとは分からない。ただ、村人を買い取りに光神教団の者が村に入っている。教団の司祭は必ず魔法を使えると聞く」

「お前たちは魔法を使えるのか? あと村人は」

「俺たちは魔素を感じ取れる程度のものだ。村に治療魔法を使える人が一人いる。たぶん、捕まっているはずだ。炎弾を使える爺さんが一人いたが、抵抗したときに殺されたらしい。他に攻撃魔法っていうほどのものを使える者はいない」


 イースは聞く。


「お前たちは、どうして無事だった」

「猟師小屋は離れた山の中にあるんだ。俺と息子はそこで仕事をしていた。一人だけ、襲撃から逃げることができた女がいて逃げてきたわけだ。そいつから事情を聞いた」

「……そうか」

「で、これからどうやって戦うつもりだ」

「ザッハ。貴方は私と村に潜入する。案内をしてくれ。できれば村人を助けて混乱を起こしたいが、おそらく厳重に拘束されているだろうな。村人は戦う気力がありそうか?」

「逃げはするだろう。しかし、傭兵相手に真っ向から戦う者は少ないと思う」


 ザッハはレイト村について、地形や村人など、知っている限りのことを伝える。

 村には既に光神教団の司祭が奴隷を買い取りにきている。

 ザッハは離れたところから、それを目視していた。

 傭兵たちは聖荘園までの連行も請け負うことだろう。


 娘と孫が荘園に連れ込まれたら、もう本当に最後だ。

 警戒が厳重な教団施設から助け出すことは、ほとんど不可能だろう。

 傭兵も光神教団も、やることは冷酷だった。

 奴隷が抵抗しなくなるまで木の棒で殴り、鞭で叩く。

 人間は毎日毎日、圧倒的な暴力を振るわれると、やがて無抵抗になる。


 光神教団は、穢れた人間は沈黙しなければならないという教義を持っていた。

 奴隷は自由に会話すらできなくなる……。

 教団で労働奉仕を続ければ、いつか穢れは消えると説いているらしい。

 いつか、とは二十年後かもしれないし……五十年後かもしれない。

 噂では狂信的なほど光神教団の教えを信じ切った者だけが、浄められたと認められるという。

 バカげた教えだった。


 ザッハとポレオは家族の危機、戦闘への恐怖に耐えながら、じっと待つ。

 猟師は待つことに慣れている。

 イースと名乗る魔人氏族らしい女は無口な性質で、もはや話しかけない限り一言も喋らなかった。


 じっとりと、湿った闇が周囲を包んでいた。

 季節は晩夏だが、標高が高いので夜は涼しい。

 暗幕のような雲が、わずかに薄らいだような気がした。

 ザッハがそろそろ真夜中だと思ったとき、イースが呟く。


「そろそろ、良い頃合いだろう。行こうか」


 行こうか、と言われて……ふと思う。

 殺したり、殺されたりの状況に入り込むというのに簡単に言ってくれるなと。

 まるで隣の家を訪ねるというような……。


 余計な荷物は邪魔なので、その場に置いていくことにした。

 雑嚢などを捨てる。

 イースはザッハとポレオを引き連れて暗闇の道を進む。


 行く手に松明の明かりが見えた。

 槍で武装した男たちが警戒をしていた。

 しかし、じっと観察すると油断しきっているのが分かる。

 四人の男のうち、二人は眠気を堪えて立っているだけ。

 残りの二人は与太話で盛り上がっていた。

 酒まで飲んでいるようだ。


「ザッハ。あいつらが傭兵か」

「ああ。間違いない。こんな村に槍や冑を持っているような男がいるか」

「あの様子なら私一人でやれるだろう。お前たちはここで見ていろ」


 イースは音もなく大剣を背中から抜き、小脇に構える。

 しゃがみながら、忍び歩きを始めた。

 艶のある黒髪。

 闇夜に溶け込んでいくようであった。


 イースの姿は離れてしまうと、あっという間に見えなくなった。

 どこに行ってしまったのかと、ザッハは目を凝らす。

 猟師である自分の感覚でも捉えることはできなかった。

 やがて松明の光が、うっすらとイースを照らし出した。

 それとて、よほど観察してなければ気づかない。


 イースは確実に這い寄っていく。まるで雪豹のようだとザッハは思った。

 食糧の少ない冬季の森で、あらゆる生物の上位に君臨する美しくも猛々しい獣。


 本当に戦うつもりなのかと、去来する疑問。

 会ったばかり。

 見捨てて何の呵責もない他人の家族。

 それなのに先頭になって戦おうとしていた。

 意味が分からない。

 探しているものがあるという……。

 もしかすると野盗のような連中に恨みでもあるのかもしれない。


 ザッハの疑問を他所に、いよいよイースは低姿勢で駆けだす。

 大剣一閃。

 音すらほとんどしなかった。

 首が一つ、飛ぶ。

 返す動きで、もう一回薙ぐ。

 傭兵の額が砕けた。

 今度は野菜が折れた時のような音がした。


 イースは流れるような挙動で突きを繰り出す。

 やっと襲撃に気づいた傭兵が、鎖帷子ごと大剣の切っ先に貫かれた。

 松明を手にする最後の一人。

 叫び声を上げようとしたが、喉に弓矢が突き刺さる。


 ザッハの放った矢だった。

 傭兵が狼狽え、よろめき……しかし、すぐに倒れて痙攣した。

 毒の効果だった。

 短い戦闘が終わり、水を撒いているような音だけがする。

 首を切断された男。その動脈から血が噴き出ていた。


 殺戮の夜が、始まった。

 ザッハとポレオの親子はイースと名乗った女の手並みに感嘆と恐怖を感じる。

 あまりに慣れた手並み。

 猟師だけに生物を殺める危険と苦労は知り尽くしていた。

 ましてや武装した屈強の男など……。

 魔人氏族の女が、魔獣の化身か何かに思えた。


 ザッハは松明を拾う。

 己が射殺した男の死体を照らした。

 口から血泡を吹いていた。

 荒れた面相の、三十歳ぐらいの男。

 顔も名前も知らないが……人を殺したのは五十五年の人生で初めてだった。

 憎い敵だが、気分の良いものではない。

 見透かしたようにイースが聞いてきた。


「お前たち、戦闘の経験はあるのか」

「喧嘩ぐらいはあるがな。人を殺したのは初めてだ」

「大丈夫か。続けられないなら邪魔なだけだが」

「バカにするな。俺は猟師だ。娘と孫が奴隷にされるかもしれねぇんだ。怖気ていられるかよ」

「なら冑を奪え。槍もだ。闇夜なら味方と間違える」


 二人は素直に従う。

 奪った冑を頭に被り、槍を手にした。

 ザッハは問うというより、指示を乞う気分でイースに聞いた。

 それだけの実力がイースにはあった。


「次はどうするんだ」

「傭兵しかいない家があれば、出入り口を塞いで放火したい」

「荒くれの傭兵どものことだ。村の娘を連れ込んで犯しているじゃないか。傭兵のみの家はないと思う」

「それならば、一軒一軒と襲うしかないな」


 イースの口調は淡々としていた。

 まるで雑草取りのような地味な作業をするしかない……という口振りだった。


 拾った松明は捨てて、三人は静かに村内へ移動する。

 相手も、まるっきり警戒していないわけではない。

 三軒の家の出入り口に、それぞれ一人の歩哨が立っている。

 松明の明かりが、ぼんやりとその様子を映していた。

 ただし、よく見れば暇そうにしている。


「お前らの弓矢で二人。残りの一人は私がやる」

「わ、わかった」

「親父。あの三軒だけに歩哨がいる。ということは中に傭兵どもがいるのか」

「いるのは捕まっている村人かもしれねぇぞ」

「ああ。開けて見なければ分からないな」

「では私が囮になって歩く。お前らは歩哨が私に気が付いて注意が逸れたあと、機会を見て矢を放て」

「乱暴な手だな。しかも危険な囮になってまで」

「他に方法が?」

「……分かった。賭けるか」


 イースは背中に大剣を背負い、平然と歩く。

 ゆっくりと……。

 やがて歩哨たちは近づいてくる人影に気が付いた。

 誰だとか呼びかけていた。


 ザッハは暗がりを利用してさらに、にじり寄る。

 敵がわざわざ松明を手に持ってくれたのは幸運だった。

 姿が良く見える。

 三人の歩哨は三方からイースを囲む。

 イースは両手を掲げた。


 荒くれたちの罵声、威嚇。

 注意はイースに集中していて隙がある。

 ザッハとポレオはさらに近づく。

 外すはずのない距離。

 鉄の胸甲を付けているのは一人だけ。

 残りの二人は革の鎧と冑をしていた。

 顔が一番、狙いやすい。


 いよいよ矢を番える。

 ポレオの心臓は激しく波打つ。

 手にじっとりと汗が浮かび上がる。

 狂っていると思った。


 相手は五、六十人からの傭兵たち。戦いを職業とする集団だ。

 しかも、得体の知れない魔法を使う教団の者までいる。

 たった三人で勝負になるはずがない。

 それでも、息子と妻の人生が掛かっている。

 光神教団の聖荘園などに連れ込まれたら、一生を何の自由もなく異常な戒律の元に暮らさなければならない。

 幼い息子は洗脳されて教団の教えが全てという人間にされてしまうだろう。


 ポレオは歯を食い縛る。

 かつてはあった、最低限の不文律すら守らない人攫いども。

 戦乱に乗じて勢力を拡大している光神教団。

 ディド・ズマや奴隷商人、戦争などが世の中をおかしくさせていた。

 大きな破壊の中の、ちっぽけな抵抗……。


 まず、ザッハは一発目を射る。

 矢は狙い違わず傭兵の横顔を貫いた。

 ポレオは残った二人のうち、顔を狙える方に弓を引き搾り、放った。

 吸い込まれるように男の口内に矢が飛び込む。


 最後の一人はイースが飛び掛かり、懐から抜いた短剣を首筋に突き込む。

 呆気ないほど不意打ちは成功した。

 ポレオは足だけでなく、全身が震える。

 怒りと恐怖が交じり合う。


 先の襲撃と合わせて、これで七人も殺した。

 イースは素早く大剣を抜くと、一番近場の家の扉に手を掛ける。

 鍵は閉まっていない。


 イースが中に入ると十人ほどの男が床で寝ていた。

 それから食卓に女を縛り付けて犯している男が二人。

 あまりも明白な状況。

 女を犯していた男二人は熱中のあまりイースに気づかない。


 村の娘は全裸にされ、縛られたまま四つん這いにされている。

 傭兵は下半身だけ衣服を脱ぎ捨てていた。

 上半身には粗末な胸当て。

 ケツ丸出しの間抜けな姿。

 後ろから女の尻を犯している男たち。


 興奮していた男の顔。

 イースと視線が合う。

 唖然として口を半開きにしている。

 一転、狼狽した表情に激変。


 イースが踏み込んだ。

 狭い室内。

 大剣は小振りに扱わなければならなかった。

 それでも凄まじい斬撃だった。


 丸出しの下腹部に大剣が突き刺さる。

 血と臓物が噴き出る。

 イースは跳ね飛び、空中で一閃。

 もう一人の男の首を引き裂いた。


 派手な物音。

 飛び起きる男たち。

 イースは冷静に、淡々と傭兵たちへ剣を叩き込む。


 破れかぶれになった屈強の男が、武器も持たずに組みつきを狙って体当たりを仕掛けてきた。

 イースは鎧に包んだ小柄な体を負けじと男に衝突させる。

 強烈な魔力による身体強化。

 吹っ飛んだのは、相手の男のほうだった。


 岩にでもぶつかったように男が倒れる。

 胸がへこんでいた。血を吐く。

 肋骨が折れて肺に突き刺さっていた。

 ザッハとポレオに援護する隙はなかった。


 剣を掴んで、鞘から刃を抜き放った男。

 イースに猛然と剣身を振り下ろす。

 見切ったイースは紙一重で回避。

 踏み込み、近づいて蹴りを食らわせる。

 狙いは膝の関節。


 鈍い音。

 よほど強烈な蹴りだったのか男が悲鳴を上げて崩れ落ちた。

 ザッハは男の膝関節が破壊されて、逆方向に捻じれているのを見た。

 隙と見て、床に転がっている男を槍で思い切り突く。冷静などではいられない。

 義理息子と一緒になって、汗だくになりながら滅多刺しにした。


 残る敵は、たったの一人。

 震える手で剣を持っていた。

 イースが無造作に歩み寄る。

 恐怖のまま乱雑に振り回される剣。掠りもしない。

 冴えた大剣が横薙ぎにされる。

 胴体が、ほとんど真っ二つになった……。


 部屋の中の荒くれたちは、全員死んでいた。

 十二の死体。

 ザッハは犯されていた村娘の縄を切る。

 全裸なので落ちていた外套で隠してやった。


「助けに来た。村人は」

「む、向かいの村長の家。全員が押し込められています。傭兵は他の家で勝手に寝ているみたい」


 表に出ると、さすがに騒ぎを聞きつけた傭兵たちが次々に家から出てきた。

 歩哨の立っていない家屋でも傭兵たちが寝ていたようだ。

 村中が騒然としてくる。


 ザッハとポレオは走って向かいの村長の家に行く。

 親子は奪った冑を被り、槍を持っていたので暗い最中では傭兵と見分けがつかなかった。

 扉を開けると慌てた風の傭兵が一人。

 

 ザッハは無言のまま槍を突き出す。

 腹に突き刺さった。

 ポレオが獲物を解体するのに使う鉈を首に叩き込んで留めを刺す。

 早くも人という獣を殺すのにコツを掴んできた。

 イースは猟師の親子に言う。


「お前らは村人の拘束を解いてやれ。あとは逃げていいぞ。私は表で戦う」

「たった一人でか!」


 赤い瞳の女は、当然という風に言った。


「なれている」









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