(7)そして家路につく二人
その後。
無茶をしたせいで左肩が抜け、さらに肋骨と肺を傷つけてしまったフェレスが動けるようになるまでには、フランシアが洞窟の一部屋を借りて作った作った薬をもってしても数日の時間を要した。
一方、
なかでも地下水の噴出口を塞いでいた溶岩は真っ先に取り除かれ、作業場には今、以前と同じようにどうどうと轟音をさせながら滝が流れ落ちている。
作業の翌朝には出発前の取り決めの通りに、村のほうには回復を示す二本の狼煙が上がっていて、フランシアはほっと胸をなでおろした。
蛇竜が陣取っていた作業場の溶岩だまりの上にあった炉も再建されつつあり、めちゃめちゃになった金床や金槌、ヤットコなども可能な物は修復され、それが無理な物は新しく作られて、作業場は急速に機能を取り戻していった。
そして出発の朝。
住んでいるすべてのドワーフに見送られ、フランシアとフェレスは火山洞窟を後にしようとしていた。本人に言わせれば生まれつきらしい険しい顔をしたゲオルグが進み出ると、まずフランシアを見上げて口を開く。
「世話になったな。ワシらがまたここに住むことができるのはお前たちのおかげだ。何かあったらいつでも訪ねて来い。ワシらにできることなら相談に乗ろう」
「いえいえ、こちらこそですゲオルグさん。新しいお部屋掘っていただいた上に、いろいろ器具まで作ってもらって。ドワーフガラスの精度がこんなに高いなんて知らなかったですよ。お金ができたらまた来ますから、その時はぜひまた」
借りていた部屋で使った精度の高いガラス器をお土産にもらったフランシアは、上機嫌なにこにこ顔でそう答えた。ふん、と、鼻を鳴らしたゲオルグは、今度はフェレスに向き直って鞘に入った長剣を差し出す。
「小僧、お前にはこれをやろう。お前はあいつに剣を食わせちまったからな」
「……ありがとう」
まだ残る体の痛みをこらえて頭を軽く下げると、フェレスは差し出された剣を両手で受け取った。確かめるように少しだけ抜くと、ぎらりと刃の輝きが少年の眼を射る。これは、と、彼が呟いて刀身をすべて引き抜き朝日にかざすと、銀色のそれは宝石のようにきらめいた。
「これは……すごいな」
「ヴェロキア火山のドワーフ随一の刀剣鍛冶、ゲオルグ渾身の業物じゃ。トカゲのエサにはもったいない一本じゃぞ」
「そうだな、大切に使わせてもらう。ありがとう」
ふがふがと笑ったグンターと、彼に持ち上げられて照れ臭いのか表情をさらに険しくしているゲオルグに珍しく笑顔を向けると、フェレスは長剣を涼やかな音とともに鞘へ戻して腰に佩いた。
そして馬に乗ろうとした彼の尻に、不意にフランシアがそっと手を添える。
「な、なんだフランシア」
「まだ治りきってないんですから、勢いつけて飛び乗ったりしたら痛いですよ。そっと乗ってくださいです」
「お、おい。だから、公衆の面前で……」
「辱めてないです、労わってるんです。さあ、ほらほら!」
言いながら、初心者の子供を乗せる時のようにぐいぐいとフェレスを馬の上に押し上げて、自分はひらりと馬に飛び乗ると、フランシアはドワーフたちに大きく手を振る。
「それじゃ失礼するですよ、みなさんごきげんようです!」
並んで手を振るドワーフたちが見えなくなるまで時折振り返っては手を振りながら、フェレスの傷に障らないよう、ゆっくりと二人は馬を歩かせた。
ヨルグの教えてくれた道は来る時に使った道よりもかなりおだやかで、馬に乗ったまま山を下りることができるのだと言う。そうは言っても、馬が並んで進めるほどの幅はないため、先行しているフランシアは時折後ろのフェレスを振り返って様子を伺っていた。
「……なんだ。怒ってはいないぞ」
心配げに何度も自分の方を見るフランシアに、フェレスは呆れたようにそう言った。そんなに気にするのなら、という先日言った言葉が頭の中をちらりとよぎったが、少年はそれを頭を振って追い払う。結局、フランシアにはいつも悪意はないのだ。かえってそのほうがタチが悪いとも言えるが、と、思う少年をフランシアがまた振り返る。
「だって、なんだか難しい顔してるんですもの」
「自省しているんだ。僕がもっと強ければこんな怪我もしなかったし、フランシアに無理をさせることもなかった」
「あんなのひとりで解決できるほど強かったら、伝説の英雄になれちゃいますよ」
少年の言葉にいくらか安心の気配の混ざった笑みでフランシアがそう答えたあたりで森が終わり、視界が開けた。平原に続く街路を前にフランシアは軽く手綱を引き、馬の歩みをゆるめてフェレスの隣に並ぶ。
「それに、フェレスは子――んー……まだ大人じゃないんですから、これからですよ。勉強も鍛錬もこれからやっていけばいいです。まあ、しばらくの間は療養ですけど」
「え、でも……」
「でもじゃないです。本を読むぐらいはいいですけど、鍛錬はだめですからね。あと、家事とかもわたしがやりますから、おとなしくしてるんですよ?」
「いや、しかし……」
「お食事もお風呂もぜーんぶお世話しちゃうですから。治るまで。ね?」
にこーっ、と、楽しげに笑うフランシア。
二人だけの街道で、残る傷の痛みに馬を速駆けさせて逃げ出すこともできず、フェレスは深く長い溜息をついた。
それから二週間、少年の世話をおはようからおやすみまで行ったフランシアは、本当に楽しそうだったと言う。
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