(4)紅き蛇竜

 お互いに自己紹介を済ませた後、合流した何人かのドワーフと共に、一行はゲオルグに先導されて山に向かった。その道中、むすっと口を閉じたままの彼に代わってグンターがドワーフたちの事情を語った。


 とは言っても、その内容は先程のフェレスの推測を大きく外れてはいなかった。おととい、ドワーフたちの住んでいた火山洞窟に赤くて長い怪物が突然現れて、地下水の噴出口を何か吐き出して塞いでしまったというのだ。

 ドワーフたちは慌てて逃げだしたのだが、洞窟の奥側にいた仲間たちは怪物の近くを通らずには外に出られないため、今もそこに閉じ込められているらしい。ふうん、と、思索を巡らせながら相槌を打った後、フランシアは前を歩いているドワーフたちに声をかけた。


「その赤い怪物って、なんだかわかります?」

「知らん。初めて見た」

「儂は見とらんでなぁ……」

「オレは見たけどわかんねェ。赤くて長くて火ィ吐く奴だ」


 一応払い落としはしたものの、まだ土に汚れたままのフランシアは、問いかけに返ってきた答えに困ったような笑みと共に小さくため息をついた。フェレスとは打ち解けた様子のドワーフたちだったが、彼女にはまだいまひとつ素っ気ない。

 せっかくフェレスとのピリピリ感はいくらかましになったですのに、今回はこんなのばっかりですね、と、肩をすくめて彼女が呟いたところで、ドワーフたちが足を止めた。


「ここだ」


 低い茂みに身を潜め、ゲオルグが指す方向に二人が目をやると、開けた広場に急角度でそびえ立つ岩の壁と、そこに空いている大きな洞窟が見えた。

 洞窟には頑丈そうな鉄門が取り付けられていたが、仲間たちが逃げ出せた時のためにか、それは開け放たれたままになっている。その端に止まっていた小鳥は彼らの緊張も知らず、初春の日差しの下で軽やかに歌っていた。


「んー……」


 洞窟入口あたりの地面に目を凝らし、何かが這いずったような跡がないことを確認すると、フランシアはもう一度茂みの中にしゃがみ込む。そして、隠れていたドワーフたちと視線の高さを合わせると、彼女はひそひそ声で言った。


「飛べるタイプでないなら、まだ外には出てきてないみたいですね。その怪物が現れた場所まで案内してもらうことってできるです?」


 その言葉に、ドワーフたちは髭面を見合わせた。

 黙ったままでいかなる意思の疎通があったのかはフランシアとフェレスにはわからなかったが、しばらくの後、前に進み出たのはゲオルグだった。相変わらず不機嫌な顔のまま茂みから出ると、彼は二人を振り返って手で出発を示す。


「来い。ただし、化物がいまどこに潜んでいるかはわからんから気をつけろ。特に女のほう」

「……はーいです。もう」


 自業自得ながら、すっかり『できない奴』の扱いをされてしまっていることに消沈しつつ、フランシアはゲオルグの後に続いた。腰の二本の剣を確かめてから、フェレスがさらにその後を追う。


 鉄の門を抜けて踏みこんだ洞窟の中の壁には整然とランタンが埋め込まれて、おおむね平らにされているその通路は炎の色に照らされていた。

 だが、背が低く、闇の中でもかなり視力を保てるドワーフのための灯りは、フランシアたち人間にとってはまるで不足だった。これだから人間は、と、愚痴るゲオルグの隣で、彼女は〈光精召喚サモンスピリット〉を唱えて小さな光の球をひとつ呼び出す。


 そして進み始めた一行は、十分も経たないうちに汗だくになっていた。フランシアが何気なく襟元をはためかせようと手をかけると、肌に張り付いた淡い桜色のブラウスはぐっしょり重く湿って、胸の形も下着の線も透けており、フェレスは明らかに彼女から視線をそらしている。

 それに気づいたフランシアは薄く笑って歩調をゆるめると、後ろのフェレスにそっと囁いた。


「なーにきょろきょろしてるんです?」

「……周りに……気を配ってる」

「ちゃーんと前見て歩かないと危ないですよ?」

「う、うるさい。だったらお前が僕の後ろを歩いて――」

「黙れ。黙って進め」


 振り返りもせずに、不機嫌そうに言ったゲオルグの言葉が届くと、フェレスはむくれてまた目をそらした。もちろん、ゲオルグに注意されたことではなく、フランシアにまたからかわれたことが不愉快なのだ。

 普段の調子に戻れたような、またも怒らせたような距離感に楽しげにはにかみながらも、フランシアは暑さにため息をつく。

 火山に繋がっている洞窟とは言っても、入口からこんなに暑いものでしょうか、と、疑念を抱いたフランシアは、そっと腰を折ってゲオルグの耳元に口を寄せ、小声で訊ねた。


「失礼かもですけど、こんな暑いところにずっと住んでらっしゃるんです?」

「違う。作業場はともかく、通路や住居はおとといまでは外より涼しかった」

「……なるほどです。地下水の出口が塞がれてしまったせいかもですね。単純に空気が水で冷やされなくなったこともあるでしょうけども、精霊力のバランスが偏ってしまったのかもです。もしかしたら、このままだと……」

「静かにしろ。そろそろ着く」


 言われてフランシアは口を閉じると、後ろに着いてきているフェレスをそっと振り返った。少年の褐色の肌に金の髪は汗で貼りついてしまっていたが、彼は疲れた様子は見せていない。フランシアがにこりと笑みを向けると、フェレスは視線を少し外しながらも小さくうなずいた。


 そして、さらに気温が上がる中を汗まみれになりながらたどり着いた先は、いびつにひしゃげた半分だけの鉄の扉の前だった。何やら黒いものがこびりついているそれに身を隠しながら、慎重に中の様子をうかがった後、ゲオルグは手招きをして低い声で言う。


「いた。その灯りをしまってから見てみろ。気をつけろよ。特に女のほう。あと扉には触るな。火傷では済まんぞ」

「わかってますってば……」


 毎回繰り返される警告にがっかりや憤慨するよりも面白くなってきてしまった彼女は、苦笑いを浮かべながら小さな声で答えた。彼女が光精を送り返している間にまずフェレスがそっと扉に華奢な体を寄せ、静かに頭を出して扉の向こうを確認する。


「どうでした?」

「まず自分で見ろ」

「……もう」


 戻ってきたフェレスに問いかけたフランシアは、彼の返事のそっけなさに頬を膨らませつつ扉の陰に歩み寄り、そこからそっと頭を出した。

 扉の向こうは、通路よりもだいぶ天井の高い広場になっていた。その真ん中のあたりは床が隆起しており、おそらく溶岩が発している赤い光が漏れている。

 そして、その赤い光の中に、鎌首をもたげたそれがいた。とげとげしい形状の赤い鱗、少し長めの口と短い角。そして、肉眼でわかるほどの強い火の精霊力が、全身をオーラのように覆っていた。炎を封じたガラスのような目玉はらんらんと輝いていて、こちらに注意は向いていないとはいえ、迂闊には近づけない迫力を放っている。

 そろそろと頭を引っ込め、足音を極力殺して二人の所へ戻ると、フランシアは詰めていた息を吐き出し、熱さのせいばかりではない汗を袖口で拭って言った。


「ふぅ、緊張しちゃいました。……それで、なんだと思うです? フェレス」

「見るのは初めてだが、あれは溶岩蛇竜ラーヴァ・ワームだろう。しかも手負いだ」

「はいです、正解。よく勉強してますね」


 溶岩蛇竜は、その名の通り蛇のような長い体を持つ魔物だった。

 手足がないために鉤爪による攻撃は行えず、翼がないために空も飛べないが、最長記録が20mに達する体は蛇と同じく強靭かつしなやかで、ワイバーンやドラゴンをも容易に絞め殺すことができる。また、手足がないぶん顎の力が強く、硬い岩石や金属の鎧でもたやすくかみ砕くと言う。

 その鱗は竜種としては比較的柔らかいが、とは言え並の武器で傷つけることは難しい。非知性竜アンインテリジェント・ドラゴンながら目に見えるほど強力な火の精霊力を宿しているため、火の魔法はもちろん、水や氷の魔法でも低位のものではろくに効果がなかった。

 さらに、体の中に溜め込んだ溶岩を吐き出す溶岩吐出ラーヴァ・スピットは高温なのはもちろん、同時にそれは巨大な液状の岩石でもあり、受ければ助かる見込みはほとんどない。


 しゃがみこんでゲオルグと視線の高さを揃え、一通り扉の向こうにいる怪物の特徴について解説すると、フランシアはポーチから水筒を取り出し、湯のようになってしまった水を一口含んだ。難しい顔で黙り込んでいたゲオルグが、横目で扉のほうを見ながら静かに呟く。


「……そうではないかと思ったが、やはりか」

「そうではないかと思ってらしたなら、言ってくださればよかったですのに」

「爺さんどもから話に聞いたことがあったが、実際に見るのは初めてだからな。ワシはあやふやなことは言わん主義だ。……それで、どうにかできそうか」

「そうですねえ……」


 問い返したゲオルグに、フランシアはしゃがみこんだままで両手で自分の頬を包み、困ったような顔で眉を寄せる。

 どう考えても、フランシアとフェレスとドワーフたちだけで倒せる相手ではなかった。

 倒すのであれば相当手練れの冒険者か、悪くすると軍隊の力が必要になってくる。宝石や貴金属を溜め込んだドワーフたちが資金を出してくれるなら、その戦力は得られるかもしれないが、それ以外にも一つ懸念すべきことがあった。


「強い人を呼んで来てるうちに、噴火しちゃうかもなんですよねえ……」

「な、なに!?」

「ゲオルグさん! しーっ!」

「う……」


 フランシアがこぼした呟きに思わず大声を上げたゲオルグに必死に言ってから、扉の向こうの様子をうかがう一行。幸いなことに、そちらから何かが動く気配は感じられず、三人はほっと胸をなでおろした。

 下手をすれば全滅しかねなかった場面をやりすごしたフェレスはフランネルに額を寄せると、声を出さずに怒鳴る。


「急に変なことを言うな! 驚くだろう!」

「ごめんなさい……とりあえず一度外に出ましょうか。ここ暑いですし、魔物に近いですし」

「う、うむ……」


 フランシアの提案にうなずいたゲオルグを先頭に、一行はできるだけ静かに、今度はゆるやかな登りになっている通路にさらなる汗をにじませながら、洞窟の入口へと引き返した。

 やがて、ランタンの炎の代わりに外の光が差し込むぐらい浅い場所までたどり着くと、フランシアは腕を広げ、体を反らして深呼吸する。


「はぁ……涼しい」


 入る時には昼を過ぎたぐらいだった日はすでに山の端にかかり、夕闇の気配が辺りに忍び寄ってきていた。心地よく冷えた空気を吸い込んでから体をゆるめ、ほっとひとつ息をつくと、がさがさとあちらこちらの茂みが動き、フランシアはぎょっとして片手に杖を構える。


「落ち着け。儂らじゃよ」

「……ああ。ええと、グンターさんにヨルグさん……でしたです?」

「おゥ」


 顔を出した見たことのある二人の姿に、フランシアは拍子抜けしたように杖を下ろした。その時、さらに茂みの中からたくさんのドワーフが現れる。みな一様に髭面で、手に手に斧やらハンマーを持ったむくつけき小人族たち。その数に呆れたように笑うと、フランシアは辺りを見回して言った。


「改めて見ると、こんなにいらしたんですねえ」

「わかっていなかったのか。道中でもあっちこっちにいただろう」

「だって、捕まるまではフェレスのことばっかり考えてたんですもの……」

「な、何を言ってる!?」


 フランシアが唇を尖らせて言った言葉に、フェレスは顔を赤くして詰め寄った。

 ヨルグがドワーフには珍しいニヤニヤ笑いを浮かべる中、ゲオルグが持っていた戦斧を突きつけ、険しい顔で二人をぎろりと睨みつける。


「おい、それより噴火とはどういうことだ」

「「「噴火ァ!?」」」


 ゲオルグの問いに、集まったドワーフたちが一斉に目をむいて大声で叫んだ。数秒おいて、その問いの相手であるフランシアに彼らは一斉に詰め寄る。


「噴火!? 噴火ってどういうことだ!」

「あの中にはまだわしの家族が、嫁と子供が!」

「わ、わしだって長い間かかって集めたお宝と研究成果が!」

「噴火なんかしたらみんな焼けっちまうぞォ! この森も、下の村も、あっちの街も!」


 口々に言うドワーフたちに圧倒され、開いた両手を前へ掲げながらじりじりとフランシアは後ろに下がった。迫る彼らを阻むようにフェレスがとっさに彼女の前に体を滑り込ませる。

 少年の手が腰の剣に伸びそうになった瞬間、重い音がどしんと地面を揺るがした。すわ噴火か、と、皆が身をすくませる。だが、それに続いたのは爆発音ではなく、髭の奥から紡いだゲオルグの低い声だった。


「今聞いてるのはワシだ。全員で一度に問い詰めてどうする」


 大戦斧の頭を地面に叩きつけた彼が睨みを利かせると、若干不承不承ながらもドワーフたちはフランシアの周りを離れた。それを見計らって、ゲオルグは両手を戦斧の柄頭の上に重ねると、また険しい視線をフランシアとフェレスに向ける。


「ワシはここに何十年も住んでるが、いままで噴火の気配など感じたことはない。なぜ急にそんなことが起きると言い出した?」

「溶岩蛇竜が来たからですよ」


 ゲオルグの問いに、フランシアは持ったままの杖を手の中で転がしつつ答えた。初春の太陽がじわりじわりと山の向こうへ身を隠して、当たりを照らす光の色に赤を加えていく。

 先を促す皆のの視線と、炎の光のような橙色の夕日を横顔に浴びながら、フランシアは物憂げに眉を寄せて続けた。


「溶岩蛇竜は珍しい魔物で、生態についてもかなりの部分が謎に包まれているですけど、わかっていることもいくつかあります。そのひとつが、生息場所は活動が活発な火山に限るっていうことです」

「どういうことだ。ならなんであいつはワシらの山へ来た? 確かにこの山は火山だが、ワシらは代々ここで暮らしているし、その間この山はずっと大人しかったぞ」


 今は蛇竜に占拠されてしまった住処を見上げ、ゲオルグはそう訊ねた。彼の視線を追うように顔を上げ、フランシアはさらに言葉を続ける。


「他にも知られている生息地があるんですけど、実はそのうちのいくつかも、以前にはおだやかな火山だったそうです。それで言われてる仮説なんですけど、溶岩蛇竜は周囲の火の精霊力を高める性質を持っていて、生息してる火山の活動を活発にしてる疑いがあるんだそうです」

「うむぅ……」


 唸ったゲオルグの眉がさらに険しく寄り、周囲のドワーフがざわめき始める。

 大量にかいた汗のせいで少し寒くなってきたのか、フランシアは自分の腕を抱きしめ、洞窟の入り口を振り返ってから続けた。


「実際の所、噴火があるのか、あるとしていつになるかっていうのは分からないです。活動が活発でも全然噴火しない火山なんていくらでもありますし。でも、噴火はともかくとして、おとといは外より涼しかったのに、今はあれだけの暑さになってるってことは、同じ勢いで加熱されると、三日もしたらもう中に入れなくなっちゃいます」

「追い払えないのか? 確か文献では、強さのわりに臆病だと書いてあったぞ」


 フェレスの言葉に、沈み込んでいたドワーフたちが一斉に顔を上げた。期待の視線を全員から向けられて、さすがに彼は一瞬たじろぐ。だが、すぐに気を取り直すと、彼はフランシアを見上げて問いを続けた。


「あれだけ強い火の精霊力を持っているなら、水の魔法には弱いはずだ。少しの傷でも負わせれば逃げ出すかもしれない。奴は手負いだったが、傷は小さかった。あんな小さな傷を負ったぐらいで逃げ出すなら、何か……」

「ごめんなさい……。わたし、あれに傷を負わせられるほど強力な攻撃魔法って一つも持ってないです……」


 盛り上がりかけたドワーフたちが、一斉に失望に肩を落とす。フェレスからもがっかりしたような視線を向けられて、フランシアは悔しげに杖を握りしめて叫んだ。


「しょうがないじゃないです!? わたし妖術師ソーサラーじゃなくて錬金術師アルケミストなんですから! それに溶岩蛇竜ってすごく縄張り意識が強いんです。いったん快適な縄張りに落ち着いたら、ちょっと怪我したぐらいじゃ逃げ出してくれないですよ!」

「じゃあどうしたら逃げ出す?」

「どうしたらって……逃げ出す? 逃げ出す、ですか」


 フェレスが言ったオウム返しの一言に、フランシアの勢いが止まった。片腕で杖を抱きしめ、もう片方の手を唇に添えて視線を夕日に染まった地面に落とすと、彼女はじっと考え込みながら確認するように呟く。


「そうですよね……。さっきからどうやって追い払うかばっかり考えてましたけど、向こうが自主的に逃げ出してくれる方がいいですよね。どうにかして……自分から逃げ出したくなるような……何か……」


 フランシアの呟きに、集まったドワーフたちも互いに顔を見合わせた。何かないか。そんな思いを込めた視線を送りあう中、ある者は首をひねり、ある者は首を振る。しばらくの思索の時間が過ぎ、やがて、ぽんとヨルグが手を打った。


「魔法はともかく、あいつ真っ先に地下水の出口塞いだってこたァ、やっぱ水は嫌いなんだろォ? だったらあの地下水の口を掘り起こして……」

「またすぐ塞がれるのがオチじゃ。それに、大人しく掘らせてくれるわけなかろう」

「寝てる時ならこっそりいけねェかなァ。無理かァ?」


 ガラの悪い若者のようにしゃがみこんだヨルグの提案に、グンターがゆっくり首を横に振る。そのやりとりがフランシアに小さな閃きをもたらした。人差し指を唇にあて、彼女は己の知識の中から使えそうなものを検討する。


「……寝てる時は危ないですけど、寝かせた後ならいけるかもですね」


 ドワーフ二人のやり取りに、フランシアはそう口を挟んだ。どういうことか、と、顔を上げる二人に、彼女は唇にあてていた指を軽く振り、にこりと微笑む。


「普通に寝てる時だったら何かの拍子で起きちゃうことがありますけど、お薬で寝かせちゃえばしばらく起きません。ここの森に生えてるネムリイバラのつるをいぶした煙なら、竜族でも眠らせられると思います。寝かせたとしても、今のわたしたちにはあれを傷つける手段がないですから倒すのは無理ですけど、その間に……」


 フランシアの説明の途中で、不安げにしていたドワーフの一人が勢いよく頭を上げた。少しだけためらうような気配を見せた後、彼は思いつめたような顔で彼女を見つめて早口に問いかける。


「そ、それなら、わしらの家族はもう助けられるんじゃないのか?」

「ええ。逃げ出したり、荷物を持ち出したりはできると思うですよ。ですけど……」

「だったらもうそれだけでええ! みんな、その草を探してつるを――」

「おい!!」


 それぞれの得物を握りしめ、色めき立って森へ分け入ろうとするドワーフたち。だが、その背中にゲオルグが大きな怒鳴り声を投げつけた。自分の斧の柄をぐいと押しのけて歩み出ると、彼は足を止めた仲間たちをぎろりと見まわす。


「な、なんだゲオルグ」

「この人間を捕まえたとき、こいつらが何をしに来たのかお前らも聞いたろう」

「それは……聞いたが」

「だったら『それだけでいい』ってのはおかしいんじゃないのか。おい」


 地面に突き刺した大斧の隣で腕組みし、ゲオルグは険しい顔でドワーフたちを睨みつけた。フェレスには通じなかったその眼力に圧され、ドワーフたちは一歩、二歩と後ずさる。


「ワシは人間は好きじゃない。だが、お前らはネムリイバラなんて知ってたのか。この娘が言わなきゃ名前も知らなかっただろう。こいつらが教えてくれたから、ワシらの仲間は助かる可能性が出てきた。いいか、相手が人間でも、たとえエルフでも義理だけは通せ。誰かに力を借りて自分だけ助かるような不義理はワシが許さん」


 丸太のように太い両腕を組んで、ゲオルグはもう一度仲間たちを睨みつける。やがて、一人、二人、ドワーフは担いでいた得物を下ろすと、フランシアたちに向きなおって言った。


「……わかった。悪かったよ、娘さんとぼうや。みっともないところを見せたな」


 ぼうや、という単語にフェレスの眉が若干寄るのを横目に、フランシアは頭を下げるドワーフたちにふんわりと笑みを返した。気にしないでくださいね、と、軽く手を振ると、今度は彼女はゲオルグに視線を向けて浅く一礼する。


「ありがとうですよ、ゲオルグさん。ちょっとうれしくなっちゃいました」

「ふん。で、どうする気だ」

「そうですね……あれが自分から逃げ出してくれるようにっていうのはいいなと思うんですけど、方法がまだちょっと。ただ、どうするにしてもネムリイバラは必要になるですから、せっかくかっこよく収めてもらったですけども、やっぱり集めてくれるです?」

「なんだァ。ゲオルグはかっこつけ損かァ?」


 ヨルグがニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべると、ゲオルグが不機嫌そうな表情をまた見せた。

 しかし、他のドワーフたちとは違ってヨルグはひるむ気配もなく、のんきに両手を頭の後ろに回してフランシアを見上げ、体を揺らしながら能天気に言う。


「集めるのはいいけどよォ、オレらァ森のことも草のこともなんも知らねェぞォ。さっきはみんな勢いで行きそうになってたけどなァ?」

「それについては……フェレス、ネムリイバラはわかるですね?」

「ああ、大丈夫だ」

「それじゃ、教えてあげてくださいです。わかってると思うですけど、トゲにはじゅうぶん気を付けて」


 そう言いながらフランシアが差し出した〈解毒アンチ・ポイズン〉の小さな魔法符を受け取って、フェレスはひとつうなずくとドワーフたちを先導し夕暮れの森へと入って行く。

 心配そうにその背中を見送った後、フランシアはゆっくりとひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着け、連れてきた馬へ歩み寄って荷物に手をかけた。


「さてと。それじゃこっちは対策考えながら野営の準備をするですか……」

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