第18話:月曜日、学校にて。

昨日の夜、真琴たちが飛鳥の家から帰ってから、飛鳥のベッドで一緒に寝ていたエリカは、まだすやすやと眠っていた。


そして、先に目覚めたのは飛鳥だった。


「ふぁ~…。今、何時やろ?」


と、時計を見る。


「まだ6時前かぁ。エリカさん、良く寝てるなぁ。可愛い寝顔や。これで私らより一つ上やねんやもんなー。」


などと独り言を言いながら、エリカの寝顔を見つめていた。


すると、枕元に置いてあった飛鳥のスマホのLINEの音が鳴る。


「も、もしもーし?」

「あ、飛鳥?おはー。」

「あぁ、響香ちゃん、おはよう。」

「どしたん?」

「"どしたん?"って、今日ガッコやんか。そやから起こしたったんや。」

「え?あぁ、ありがとー。」

「電停一緒に行かへんか?」

「あ、ご、ごめんな、響香ちゃん。」

「ん?」

「今日はちょっと用事があってな。」

「そか、分かった。ほなまたな。」

「うん、ホンマごめんな。」

「ほななー。」

「うん。」


と、そこへ、エリカが、「ん・ん~…。」と、そっと目を覚ました。


「ふあぁ~…。」

「あ、エリカさん。」

「あら?飛鳥ちゃん?」

「おはようございます。」

「おはよう。そか、昨日私、飛鳥ちゃんのベッドで一緒に寝て…。」

「そうですよー。」

「今、何時かしら?」

「んー、7時半過ぎた辺りですね。」

「えー?!きょ、今日、学校じゃなかったの?」

「そうですよ?」

「何をのんびりと…。支度しないと…。」

「だって、エリカさんの寝顔が可愛かったから、ずっと見てたんです。」

「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないでしょう?」

「分かりました、って。

はぁ、何だかエリカさん、うちに来てからだんだん2人に似て来ました。」

「2人?」

「まこちゃんと響香ちゃんに、です。」

「そ、そうかしら?どの辺が?」

「私にいろいろ言って来るトコとか。」

「そ、そうかな?い、イヤ?」

「別に、イヤとかじゃないですけど。」

「ほ、ほら、早く準備しないと、学校遅刻しちゃうわよ?!」

「はぁい。」


そう言って2人は制服に着替え、部屋を出て、翠に、「行って来ます。」と言い、学校へ向かう。

そして、いつもの姫松駅の停留所で電車を待ち、天王寺駅前行きの電車が来たら、

それに乗り込み、学校へと向かい、駅に着くと、他の乗客たちに混じって電車から降り、

改札を抜け、階段を下り、地下街を抜け、JRのコンコースを学校へ向かって歩いていると、

後ろからエリカに声がかかった。


「青島さんっ!おはよう!」

「あ、追川さん、おはようございます。」

「おはよー、青島さん。そちらの方は?」

「え?あぁ、前にお話しした、今、私が住まわせて頂いてる知り合いの子です。」

「あぁ、あなたが。どうも、初めまして。」

「初めまして。」

「私、青島さんと同じクラスの、追川文香。あなたは?」

「わ、私は、1-Aの悠生飛鳥、って言います。よろしくお願いします、先輩。」

「よろしくね。ね、一緒に学校、行こ?」

「え?、あ、はい。」


そう言って3人は一緒に登校した。

そして、学校に着いた3人は、昇降口で、それぞれの靴箱で、上履きに履き替えた。


「じゃあ飛鳥ちゃん、また放課後にね。」

「はーい。じゃあ。」


そして、飛鳥とエリカは別れ、それぞれの教室へと向かった。


…ここは、1-A。飛鳥たちのクラス。

飛鳥の隣の席の真琴は、既に登校しており、こんなことを言って来た。


「飛鳥、おっそーい。何してたんや?」

「え?、あ、おはよう、まこちゃん。」

「おはようくない。」


と、そこへ、朝のHRが始まる予鈴が鳴ったので、教室内に居た生徒たちはみな、席へ着いた。

それから5分が経ち、ホームルームが始まるチャイムが鳴ったが、毬茂はなかなか来ないので、教室内が少しざわついていた。


「まりもん、どうしたんやろか?」

「さぁ。」


そこに、廊下をバタバタバタと慌てて走って来る音が聞こえたかと思うと、飛鳥たちのクラスのドアが勢い良くガラガラっと開き、息を切らせた毬茂が、ぜいぜい言って入って来た。

「み、みんな、おは、おはよう。」

「おはようございます。」

「せんせ、今日はどうしたんですか?」

「遅刻なんて珍しいですやんか?」

「髪もボサボサですよ?」

「ま、まぁ、いろいろあるのよ。」

「いろいろって、なんですかー?」


「うふ。うふふふふふ。」


「せんせきもいー。」


「へっへん!何とでも言え、このガキどもめっ!」


「な、どうしたんや?今日のまりもん。」

「なんかいつもと違うで?」

「チョークも飛んでぇへんしな?」


「せんせー?」


「何でしょうか?」


「さては彼氏でも出来ましたか?」


「ななな、何を突然?」


「やっぱりー。」


「えぇ、そうよ。わたくし、岡本毬茂に、ついに彼氏が出来ましたっ!」


と言う毬茂の発言に、教室内がドッと沸いた。


「すごーい!」

「せんせ、おめでとーう!」


と、拍手が沸き起こった。


「せんせ、相手はどんな方なんですか?」

「知りたい?」


「もちろん!」


「年下よ?」


「おー!」


「どこで知り合ったんですか?」


「合コン。…って!もう、その話題はおしまい。ホームルーム始めますよー。」


「えーっ??!!」


と言い、飛鳥のクラスのHRがようやく始まった。

そして毬茂は今日の出来事を伝え、生徒たちに、1時限目の用意をするように言い、

チャイムが鳴ると職員室へと戻って行った。


その日の昼休み。


「なぁ、飛鳥?」

「何?まこちゃん。」

「今日は久々に2人でお昼、食べへんか?」

「そやな。学食行こか。」


そう言って2人は学食へ向かって、券売機の行列に並び、順番が来たら、

それぞれ好きなメニューを購入し、

オープンキッチンへと向かい、料理を受け取り、適当に空いてる席に座った。


「…にしてもビックリやったわ。」

「何が?」

「まりもんや。」

「あぁ~…今朝のな。」

「うん。なんか、周りは春が多いなぁ。」

「春?」

「あんたもや。」

「あぁ。」

「"あぁ"、て。昨日、彼氏出来立てのホヤホヤやんか。」

「ま、まぁな。」

「それよりな?」

「うん。」

「春の連休のさ、吹奏楽部の旅行、どうする?」

「私?私は、先輩も行くみたいやし、行きたい。」

「そか、ほな、ウチも行こかな。」

「うん、一緒に行こ行こ。なぁ?」

「んー?」

「エリカさんも誘わへん?」

「エリカさんも?」

「だってエリカさん、吹奏楽部に入る、言うてるやんか。」

「そやったな。いい機会やしな。」

「うん。」

「ほな今度、碧樹先輩来た時、ちゃんと話そか。ウチらも行きます、って。」

「うん。」

「それとな、まりもんにな、エリカさんのこと、話しとかなアカンな。」

「そやな。」


そんないろいろな話しをしているうちに、

午後の授業が始まる予鈴が鳴ったので、飛鳥たちも教室へ戻った。


…。


さて、毬茂に彼氏が出来た月曜日の放課後。

1-A、飛鳥たちのクラスは、先ほどホームルームが終わったところだった。


そして、飛鳥と真琴が吹奏楽部に向かおうとした時、飛鳥のスマホに、エリカからLINEのコール音が鳴る。

「もしもーし。」

「あ、飛鳥ちゃん?私。」

「あ、エリカさん。」

「ねぇ、今日はこのあとどうするの?」

「えと、部活に出ます。」

「ホント?じゃ、じゃあ、私も一緒に連れてってくれる?」

「あ、そっか、エリカさんも吹奏楽部に入りたいんでしたよね、OKですよ。」

「ありがとー。」

「ほな、職員室のドアの前で待っててもらえます?」

「職員室の?」

「はい。」

「私、顧問の先生に渡す物があるから、それを届けるのと一緒に、エリカさんのこと、先生に紹介しますので。」

「分かったわ。じゃあ、あとでね。」

「はーい。」


そう言って2人は電話を切った。


「飛鳥?」

「んー?」

「エリカさん、なんやて?」

「あぁ、うん、今日、吹奏楽部に来て見学したい、言うてたわ。」

「そうなんや。で、職員室の用事ってなんなん?」

「あぁ、これや。」


と、エリカが学生鞄から取り出したのは、一冊のA4サイズの本だった。

真琴はそれを、「んー…?」と、マジマジと見た。


「ご・がつ・て・ん・楽譜集?」

「五月天、って、メイデイのことやんな?」

「そや?」

「あぁー、この前のプレゼンの時に言ってた楽譜集か。届いたんや。」

「うん。」

「ちょい見して。」

「ええよー。」

と言い、飛鳥はその本を真琴に渡した。

そして真琴は、その本をパラパラとめくり、真剣に譜面を見る。


「おぉう…、結構複雑で難解な譜面やなぁ…。あ、恋愛ingも入ってるやんか。」

「そやろ?」

「うん、えぇやんか。これやったら先輩方も納得行くんちゃうか?」

「そうやといいんやけどな。」

「あ、エリカさん、職員室で待ってるんちゃうんか?」

「あ、そやった。」

「ちゃちゃっと帰る準備しぃ。」

「ちょ、待って!」


と、そこに、隣のクラスで同じ吹奏楽部員の鈴原がやって来た。


「くっすのっきさーん、ゆうきさーん、部活行こっ!」

「あ、鈴原さん。」

「あぁー、ごめんな、鈴原さん。」

「何がぁ?」

「私らちょっと職員室寄らなアカンのよ。そやから先、音楽室行っといてくれへんかな?」

「そうなん?」

「うん。ゴメンな。」

「分かった、ほなあとでなー。」

「ほーい。」


そう言って鈴原は教室を出て行った。


「さて、まこちゃん。お待たせ。職員室行こか。」

「うん。」


2人は教室を出て、廊下を歩いて、1階にある職員室まで行った。

するとドアの前には、鞄を持ったエリカが既に待っていて、飛鳥たちの姿に気付く。


「あ、飛鳥ちゃん!おっそーい!」

「ごめんなさいごめんなさい。ちょっと手間取っちゃって。」

「この子の準備が遅かったんです。」

「ま、まぁ、それはさておき、ささ、職員室へ入りましょう。」

「はーい。」


「失礼しまーす。」

と、飛鳥が言って、職員室のドアをガラガラと開け、毬茂の席へと行った。


「まりも…ん、じゃなくて、岡本先生。」

「あら?悠生さんに楠木さんじゃない。どうしたの?」

「えと、前のプレゼンの時に話してたバンドの楽譜集が届いたので、それを渡しに…。」

「あぁ、どれ?」


と言われ、飛鳥は自分の学生鞄の中から五月天の吹奏楽アレンジの楽譜集を出した。


「これです。」


「へぇ~…。」


と言い、毬茂は、中国漢字がたくさん書かれた表紙と、メンバーの写真などを珍しそうに見つめる。


「この五人の男の人たちがバンドのメンバーさん?」

「はい、そうです。」

「結構カッコいいのね。全員台湾の人?」

「そうですよ?」

「中を見てもいい?」

「はい。」


そう言うと毬茂はパラパラと本をめくり、真剣に楽譜集を読んでいた。


「うん、うん、うん。」

「ど、どうでしょうか?」

「意外と難解なコードなんかもあるのね。」

「そこはでもほら、アレンジして分かりやすくしちゃえば…。」

「まぁ、そうね。じゃあこれはあとで音楽室でみんなに発表するわ。部長もこのあと私のところに別件で来るからね。」

「はい。あ、それと、本の後ろに、見本DVDが付いてますので。」

「あぁ、これね。分かったわ。で、さっきから気になってたんだけど、そちらの女の子は?」

「あ、えと、エリカさん?」

「え?あ、う、うん。」

「先生初めまして。」

「初めまして。」

「私、2-Fに先日転入して来ました、青島エリカと申します。」

「あら、転入生さん?」

「はい。」

「2-Fと言えば、尾之上先生のクラスよね?」

「はい。」

「えーと、尾之上せんせー?!」

「あ、はーい。なんでしょう?岡本先生。」

「ちょっと来てもらえます?」

「なんでしょう?岡本先生?あら?青島さん。どうしたの?」

「先生、私、吹奏楽部に入りたいんです。」

「あぁ、だから岡本先生のトコに来たのね?で、そちらの1年2人は?」

「飛鳥ちゃん?尾之上先生。私のクラス担任の。」

「あ、ど、ども、初めまして。悠生飛鳥です。」

「初めまして。」

「私、今、この悠生さんの家で生活してるんです。」

「そうだったの?」

「はい。」

「2人は親戚か何か?」

「えと、父同士が面識ありまして…。

で、私が大阪に引っ越したい、って言ったら、だったら飛鳥さんの家にお世話になりなさい、と言われまして。」

「そうだったのね。」

「はい。」

「で、吹奏楽部に入りたいから岡本先生のところに来た、と…。」

「はい。」

「先生はどう?」

「んー…、あなた、希望のパートは?」

「えと、フルートです。」

「フルートね。今、木管、メンバーが少ないの。だから助かるけど、経験は?」

「前の学校で、初等部に居た頃から吹いてます。」

「ほうほう、ほな、即戦力じゃない。心強いわ。」

「じゃ、じゃあ…。」

「喜んで歓迎します。ようこそ、鈴ヶ丘吹奏楽部へ。」

そして3人は、手を取って、「わーい!」と、喜んでジャンプした。


「じゃあ2人は先に音楽室へ行っててくれるかしら?」

「あ、はい。」

「私はもう少し青島さんと会話してから彼女を連れて音楽室へ行くから。」

「はーい。」

「じゃあエリカさん、あとで音楽室でね。」

「うん、あとで。」


そう言って3人は職員室でエリカと別れ、飛鳥と真琴は音楽室へと向かった。


職員室でエリカと別れた飛鳥と真琴の2人は、いろいろ話しをしながら音楽室へと向かった。

そして、音楽室のある新校舎5階に着いた2人は、音楽準備室へ入り、カバンを置いて、

楽器棚からそれぞれ自分のクラリネットを出し、音楽室へと向かい、ガラガラ、とドアを開け、

「おはようございまーす。」

と挨拶をし、室内へと入って行った。


「あ、来た来た。やほー、お2人さん。」

「あ、鈴原さん。さっきはごめんねー。」

「ううん、で、職員室には何の用事だったの?」

「それはあとから分かるよ。」

「そうなんだー。」


と、そこへ、吹奏楽部部長の、新田朱里が音楽室に入って来て、教壇に立ち、

大きな音で手を叩いた。


「はいはーい!みんな静かにーっ!!」


と言う部長の合図があると、1年から3年まで、部長を含めて合計47名居る部員たちは、一斉に席に着いた。


「はーい。今日からしばらくは、文化祭の吹奏楽部枠で演奏する楽曲の練習をしまーす。」


「はーい、部長。」

「はい!宮原さん。」

「今年の文化祭ではどんな楽曲を何曲くらい演奏するんですか?」

「んー、それはですね、多分もうすぐ、まりもんが持って来ると思います。」

「なんですのーん?それ?」


「文化祭が終わったら、次は夏のコンクールです。」


と言う部長の言葉が出ると、室内は急にざわめき始めた。


「コンクール!今年こそは府予選くらいは勝ちたいなっ!」

「そやなー。」


「はいはい!しーずーかーにっ!」


「んでやね、今年のコンクール用の楽曲は、先日のプレゼンの時、1年の悠生さんが提案してくれた楽曲を、私ら風にアレンジして、更に壮大な演奏にして、勝ちに行きたいと思っています!」


と、朱里が壇上でトークをしている時、突然音楽室のドアがガラガラと開き、男性が2人、入って来た。


「うぃーっす!現役の諸君!しばらくやったなー。」

「どもー。」


「あ!碧樹先輩に那珂先輩っ!」

「お?なんや朱里、ミーティング中やったか?」

「えぇ、まぁ。ってか、先輩!いっつも言いますけど、校内は禁煙ですよ?!」

「あぁー。すまんすまん、つい、クセでな。」

「で?今日はお2人揃ってどうされたんですか?」

「あぁ、連休に行く、嵐山の旅行の件や。」

「嵐山?」

「そや?あ、そっか。前の日曜日はお前、おらんかったから知らんか。」

「はぁ。」

「岳川には伝えたんやけどな。」

「えぇ、私は知ってますが。」

「なんやお前、新田に話してなかったんかいな。」

「私もいろいろ忙しかったですし、部長も生徒会とかいろいろ忙しかったので。」

「そか、今日は現役、全員揃っとるな?」


「はーい。」


「まぁ、進学や就職で受験を控えてる3年には、無理矢理に参加せぇとは言わん。」


「えー?!」と、3年部員たち。


「当たり前やないか。」


「でも先輩っ!私らかて息抜きくらいしたいですわ!」


「そうか。まぁ、多分、まりもんが学校の大型バス2台、確保してくれとるやろうから、30人くらいやったら行けるやろ。運転は俺と那珂の2人がするさかいにな。

お?クラ1年の2人、今日はるやないか。で、どうや?お前らは旅行、行けるんか?」


と、聞かれると、飛鳥が碧樹に向かって、こう言った。


「はい、先輩。私も楠木さんも行けるようになりました。」

「おー、そうかそうか。それは楽しみやな。で、鷹梨先生?」


と、碧樹は、千春のことをからかい半分にそう呼んだ。


「な、何ですか?」


「お前は行けるんか?」

「僕ですか?」

「そうや。」

「は、はい、一応、行けます。」

「そうかそうか。お前来んかったら絡む相手おらんからな。良かった良かった。」


「でや。今日は部員全員居るからちょうどええし、今、ここで、旅行に行ける現役のメンバーの数決めるさかいに、行けるヤツは那珂が数えるから手ぇ、挙げぇ。」


と、碧樹が言うと、1年~3年までの全部員のおよそ半数、20数名が手を挙げた。


「えーと、23人くらい、か。あとはまりもんやな。」


「あ、せ、先輩?」


「なんや?クラ1年。」


「あ、す、すいません。私、悠生飛鳥、って言います。」

「おぉ、すまんな、1年の名前、まだ全員覚えとらんで。」

「い、いえ。あ、あの、もう一人居るんです。」

「何が?」

「そやからその、旅行行く人。」

「は?」

「多分もうすぐ岡本先生が連れて来ると思います。」

と、そこへ、

「はーい、みんなー、お待たせー。」と言いながら、音楽室のドアをガラガラと開け、毬茂が、エリカを連れて入って来た。


「あら?何か私、タイミング悪かったかしら?」

「あ、せんせ、ちょうどえぇトコに。」

「あら、碧樹君に那珂君。お2人揃っていらっしゃい。」

「どうも。お?せんせ、その子は?」

「あぁ、今から言うところよ。」


「みんなー、静かにしてくださいねー。じゃあ、青島さん、壇上に立って挨拶してくれるかしら?」

「え?あ、は、はい。」


そう言われ、エリカが壇上に立つと、室内が少しざわついた。


「うわー、背ぇ、ちっちゃー。」

「むっちゃかわいー。」


などと口々に言う。


「はいはい!しーずーかーにっ!」と、部長の朱里が言う。


「え、えと、皆さま初めまして。私、青島エリカ、と言います。10日ほど前に、

静岡県の粟生野女学院から、この鈴ヶ丘学院高校に転入して来ました。クラスは2-Fです。皆さま、どうぞよろしくお願いします。あ、担当はフルートです。」


と、エリカの丁寧な挨拶があったあと、部長がすかさず、こう言った。


「はーい!みんなー!盛大なはくしゅー!!」


と言うと、部員全員が笑顔と拍手でエリカを出迎えてくれた。

もちろんその中には飛鳥と真琴の姿もあった。


「おーい悠生。」

「あ、は、はい。先輩。」

「さっきうてたもう一人ってゆーのは、この子のことかいな。」

「あ、はい、そうです。青島さん、今、私の家で一緒に生活してますので。」

「え?え?何の話しをしてるの?」と毬茂。


「あぁ、せんせ。今度の連休に行く嵐山旅行の話しをしてたんです。」

「あぁ、あの話しね。」

「で、今日は部員が全員おるから、ちょうどいい思いまして。」

「そうなのね。青島さんはどうかしら?旅行。」

「旅行、ですか?」

「えぇ、この部の恒例なの。」

「ま、まぁ、悠生さんとか行くなら…。それに、皆さんと仲良くなれる良い機会ですし。」

「じゃあ決まりね。」

「はい。」

「新田さん?」

「はい、せんせー。」

「余ってた椅子、一個あったわよね?」

「あ、はい、確か準備室にあったと思います。」

「それ、青島さん用の椅子にするから。」


「あ、じゃあ私、持って来ます。」と、飛鳥。


「いいの?悠生さん?」

「そんな雑用、部長になんてさせられないですから。」


と、自ら率先して準備室へ行き、エリカ用の椅子を取りに行って、戻って来て、

フルート担当の部員たちの並びに持って来た椅子を置いた。


「ありがとう、悠生さん。じゃあ、青島さん、その椅子に座ってくれるかしら?」

「はい。」


そう言ってエリカは、飛鳥が用意した椅子に腰掛けた。

そして、部長が毬茂に話しかける。


「で、せんせ?」

「はい。なにか?新田さん。」

「今、嵐山に行く話しがちょうど終わったトコなんですけど、せんせももちろん行きますよね?」

「もちろん!」

「良かったです。顧問が付いて無いと旅行、行けませんから。」

「まぁ、ね。」

そこに、碧樹が話しに割り込んで来る。


「ほな僕たちはいつもの椅子に座って練習見守っときますんで。」

「分かったわ。静かにしててね。」と、毬茂。


「で、せんせ?その手に持ってる本は?」

「あぁ、これね。

悠生さんがプレゼンの時に話してくれてた台湾のバンドの吹奏楽用楽譜集の本よ。」

「あー。」

「新田さん、ちょっと見てくれるかしら?」


と、毬茂は新田にその本を手渡した。

すると新田は、パラパラとページをめくり、時に真剣に、じっくりと音譜を確かめる。


「せんせー?」

「はぁい?」

「これ、かなり難しいコードとかありますね。」

「でしょ?」

「まぁでも、あなたたちなら大丈夫よ。」

「そんな簡単に言いますけど。って、あら?」

「どうしたの?」

「これ、後ろに付いてるDVDは?」

「あぁ、それ、見本用みたいですよ。」

「ほな、今日は全員居ることですし、みんなでこの見本用DVD、見ましょうか。」

「そうね、それがいいわ。」


「1年生!」


「はいっ!」と、飛鳥たちを含む、新1年8名が、一斉に返事をした。


「プロジェクターとDVDプレイヤーの準備、そして暗幕を閉めてセッティングしてくれるかしら?」


「はいっ!」


と、部長からの指示で1年のみんなはきびきびと動き、DVDを見る準備が整った。


「じゃあせんせ、今から映像、流しますね。」

「あ、えぇ。」


そして新田が、プレイヤーにディスクを入れると、再生が始まって、オープニング映像が流れた後、飛鳥が大好きな台湾のロックバンド:五月天(メイデイ)の代表曲数曲のメドレーの、吹奏楽風にアレンジされた映像が、プロジェクターに映し出された。


演奏は約20分流れた。


そして、映像が終わり、毬茂が部屋の電気を付けた。


「で、みんなの反応はどうだったかしら?」


「わ、私、今の演奏、すっごく気に入りましたっ!」と、とある3年部員。


「僕もです!」と、晴喜。


その言葉に反応した飛鳥と真琴はお互いの肩を突き合って笑顔になった。


「じゃ、じゃあコンクールと文化祭用の楽曲は、この演奏でいい、ってことで良いのね?」


と、新田。すると、室内からは、「はーい!いいでーす!」と言う声が響いた。


「それじゃ私、今日中にこの楽譜集のコピー、全員分を用意しておくから、あなたたちはミーティング続けてくれるかしら?」と、毬茂。


「分かりました。」と、新田。


「で、ですねー。最初の話しに戻りますが…。3年生は、今度の文化祭が、吹奏楽部員として、最後の文化祭です。」


「そっかー。そやなー。」

「なんか寂しいなぁ。」


「そんなことを言うてる間は無いわよっ!文化祭のあとは夏のコンクールが控えてるんですからねっ!ま、まぁ、私もいつまでも部長をしているわけにはまいりません。

ご存知の通り、私は、生徒会の会長も兼務してますし。文化祭と、夏のコンクールの間には、生徒会長選挙もありますから?文化祭が終わったら私、生徒会長と部長を引退します。」


と言う、いきなりの引退宣言に室内からは、驚きの声がした。


「えー?!部長、部活、辞めるんですかー?!」


「誰が辞める、言いましたかっ!“部長を引退する”、って言うたんです!!コンクールが終わるまでは在籍しますー。」


「良かったー。」


などと、室内がざわざわし始めた。


「それでですね。みんなに、次の部長を、今はまだいいから、私が引退する前くらいまでに考えておいてほしいの。次の部長は誰がいいか、ってね。」


「わかりましたー。」


「じゃあ今日のミーティングはこれでおしまい!各自、個人練習をするように!」


そして、ミーティングが終わり、部長の新田、そして副部長の岳川と毬茂の3人は、

文化祭とコンクールで演奏することになった、メイデイの楽曲の話しをしていた。


それから約3時間。個人練習が終わった、夕方6時半。


毬茂が、大きな音で手を叩く。


「はーい、みんなー。静かにー!!」


「今日の練習はこれで終わりです。文化祭・コンクール用の楽譜は今日中に私が用意しておきますので、次の練習の時に、皆さんに渡します。

じゃあ今日はこれでおしまいです。皆さんも気を付けて帰ってくださいね。お疲れ様でした。」


「お疲れ様ー。」

「なぁ、帰り、MIO寄ってかへん?」

「あ、それ、えぇなぁ。」

「ジャンカラ行こやジャンカラっ!」


などとそれぞれ自由に話していた。


「青島先輩?」

「あ、は、はい。って、悠生さん。」

「私たちは帰りましょうか。」

「え、えぇ。」

「まこちゃん、行こ。」

「え?あ、う、うん。」


「それじゃあ皆さま、私たちは今日はこれで。」


「はーい、おつかれー。」


そして、飛鳥と真琴、エリカの3人は、音楽室から出て行って、準備室で楽器を片付け、自分たちの学生鞄を持って帰ろうと準備室を出た時、音楽室のドアがガラガラと開き、自分のホルンを持った千春が入って来た。


「あ、先輩。」

「や、やぁ、悠生さん。」

「こないだはありがとう。」


と、その会話に、真琴がピンと来て、エリカにこう言った。


「ささ、エリカさん、邪魔者は退散しましょしましょ。」

「え?あ、そ、そうね。じゃあね、飛鳥ちゃん。私たちは先に行ってるわ。」

「え?あ?え?ちょ、2人とも!」


そう言い、真琴とエリカは廊下を走って階段を下りて行った。


「飛鳥ちゃん!」

「せ、先輩…。」

「あ、こ、ここやと他の部員に見つかるから、ちょっと待っててくれる?ホルン、片付けて来るから。」

「は、はい。」


そう言うと千春も準備室へ入り、ホルンを片付け、自分の学生鞄を持って出て来た。


「お待たせ。」

「い、いえ。」

「じゃあ行こうか。」

「え?い、行く、って?」

「帰る、って言う意味。」

「あぁ、は、はい。」


そして2人は無言で一緒に歩いて階段を下りて、昇降口まで行き、それぞれの靴箱で、革靴に履き替え、一緒に学校を出た。


「せ、先輩と帰るの、初めて、ですね。」

「そやね。」

「せ、先輩?」

「ん?」

「昨日はデート、ありがとうございました。」

「こちらこそ。」


「あのあと家に帰る途中、ちん電で、響香ちゃんと偶然会って、デートどうやった?って聞かれました。」

「で、家にまこちゃんも来て、エリカさんも混ぜて、女の子4人で夜遅くまで先輩の話し、してました。」

「は、はずかしいなぁ…。」

「でも、みんなから、"よう告白したなぁ。"って言われました。」

「そっか。」


2人はぎこちない会話を続けながら、天王寺駅へと歩いて行った。

そして、JR天王寺駅の構内を抜け、エスカレーターで地下街まで来ると、千春が。


「あ、ぼ、僕、御堂筋線だから。」

「あ、は、はい。」

「ね、飛鳥ちゃん?」

「はい。」

「また今度、デート、しよね。」

「は、はいっ!!」

「じゃあ、また学校でね。」

「はいっ!」


そう言うと千春は、御堂筋線の改札を通って地下のホームへと消えて行った。


その様子を柱の影から見ていた真琴とエリカが、そーっと飛鳥に近付き、「わっ!」と驚かした。


「あわわわわっ!!だ、誰やねん??!!」


と、振り向くと、真琴が笑顔で立っていた。


「な、なんや、まこちゃんとエリカさんかいな…。ってか、何でこんなトコおるん?

帰ったんちゃうん?」

「ふっふふ~ん♪見ったでぇ~。あんたら、ラブラブやなー。」

「え、えぇやんか!!も、もう!!知らんっ!!」


と言い、飛鳥は一人、さっさと地下街を上町線ホームに向かって歩いて行った。


「ちょ、あーっすか!!待ってぇなー!!冗談やんか!!じょーだん!!」


そう言いながら、真琴とエリカも走って飛鳥を追いかけた。

そして3人は、いつもの上町線の路面電車に乗り、家路に着いた。

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