第10話:歓迎の晩餐。
飛鳥の家からホテルの部屋に戻った藤坂とエリカの2人は、滞在していた部屋で、
それぞれ自分たちの荷物を、大阪へ来てから購入したキャリーバッグに片付けていた。そこでエリカが藤坂に話しかけた。
「ねぇ藤坂さん?」
「なんだい?」
「飛鳥ちゃんたちに、ホントのこと話して、良かったね。」
「そうだね。僕も何だかスッキリしたよ。」
「私も。それに今夜から、飛鳥ちゃんの、あんな豪華なお屋敷で、2人で同じ部屋でしばらく一緒に暮らせるんですから、私、今、とっても幸せです。」
「僕もだよ、エリカ。いろいろありがとうね。」
「そんな、私、何もしてませんよ。」
「ね、エリカ、こっち来て?」
「はい?なんでしょう。」
そう言ってエリカは藤坂の元へ近付いていくと、藤坂は、エリカのちっちゃな身体を、そっと優しく包み込むように抱き締めた。
「エリカ?目をつぶって?」
「は、はい。」
エリカは目をつぶる。すると、藤坂は、目をつぶっているエリカの可愛い唇に、そっとキスをした。
それは、とてもとても優しくて甘い、長いキスだった。
「ん、ん…。」
「エリカ?舌を出して?」
「へ?こ、こう?」
「そう。」
そして2人は、舌を絡め合うようにディープなキスを続けた。
それは、10分ほど続いて、藤坂の方からエリカの唇から離れた。
「ふぅ…。」
「はぁ…。」
「どうだった?エリカ。」
「はい、とっても気持ち良かったです。」
「飛鳥ちゃんの家だとしばらくキスも出来ないだろうからね。」
「さすがにそうですね。」
「さ、さっさと片づけを終わらせちゃおう!」
「はい。」
時計の針は夜8時を過ぎていた。
その頃、悠生家の飛鳥の部屋では、飛鳥と真琴が、メイデイの音楽を聴きながら、
エリカからの連絡を待っていた。
「んー…。ねぇ、まこちゃん。」
「なにー?」
「遅ない?あの2人。」
「そやなー。」
「何してんやろか?」
「ホテルが最後の夜やから、2人でエッチでもしてんちゃうか?」
「ななな、そ、そんなん!」
「イヒヒヒ。なーんてな。」
「もう、まこちゃんのいけず。」
「でも、大阪の夜景をバックにキスくらいはしてるかもよ?」
「まぁ~…恋人同士やからなぁー…。いいなぁ、私もキスくらいははよ卒業したいわ。」
「ま、あんたはちゃっちゃと千春先輩とくっつけば、キスやて出来るんやから。」
「そうは言ってもな、そんな簡単にはいかんわ。私はエリカさんちゃうんやから。」
「そらそうやわな。」
「なんやねん、その納得はっ!」
と言う普段の2人の普通の会話をしていた。
ーーーーー
戻ってここはエリカたちの部屋。
「エリカ?久しぶりのキスはどうだった?」
「うん、すっごく気持ち良かった。出来れば、エッチもしたいけど、時間無いし…。」
「そうだね、飛鳥ちゃんたちがお家で待っててくれてるからね。」
「うん。片付け、私は終わったよ?藤坂さんは?」
「あぁ、僕も終わったよ。忘れ物とか無いか、最後にチェックしようか。」
そう言って2人は部屋の中を全てチェックし、忘れ物がないか確認し、ドアを開けて、最後に藤坂が部屋の中を見回してからドアを閉めた。
「さ、エリカ、行こうか。」
「はい。」
と言って、2人は手を繋ぎながら藤坂が、もう片方の手で、少し大きめのキャリーケースを転がしながら、エレベーターでフロントフロアまで降り、カウンターでホテルマンに今までありがとう、と挨拶をし、
残っていた宿泊分の料金も、藤坂のクレジットカードでチェックアウトの清算をして、最後にもう一度、ホテルマンにお礼を言い、2人は手を繋いでホテルを出て行った。
「さ、エリカ?」
「はい。」
「これからは、大阪で2人の新しい生活が始まるよ。」
「楽しみです!」
「僕もだよ。あ、そうだ。」
「どうしたんですか?」
「飛鳥ちゃんに、今から戻る、って、エリカから電話してよ。」
「あ、うん、そうだったね。」
そう言って、天王寺の地下街で2人は通行人の邪魔にならないところで立ち止まり、
エリカはスマホを取り出し、飛鳥に電話をした。
「あ、もしもし飛鳥ちゃん?」
「はーい。」
「さっきホテルをチェックアウトして今、藤坂さんと2人で路面電車の駅へ向かってるところ。」
「あ、待ってましたよ。」
「遅くなってゴメンね。荷物が多かったから…。」
「いえいえ、だいじょぶです。」
「さっきの停留所まで、20分くらいみておいてもらったら着くわよね?」
「はい、着きますよ。じゃあ、外も真っ暗ですし、
まこちゃんもまだ私の部屋で待ってるので、また2人で停留所まで迎えに行って待ってますね。」
「ありがとう。じゃああとでね。」
「はーい、気を付けて。」
そう言って2人は電話を切った。
「飛鳥ちゃん、何だって?」
「うん、またさっきの停留所で真琴ちゃんと待っててくれる、って。」
「そっか、じゃあ早く行かないと。」
「そうだね。」
2人は上町線のホームへ向かい、止まっていた電車に乗り込んで、空いている席に適当に座って発車を待っていた。
そして、飛鳥の部屋では…。
「まこちゃん、もうすぐ2人が帰って来るよ。」
「そっか、結構時間かかったね。」
「荷物が多かったから、って言ってたよ。」
「そうなんだー。実はエッチしてたりとかして~?」
「も、もう!まこちゃん!」
「冗談冗談っ!さ、飛鳥っ!もうすぐ来るんでしょ?電停まで迎えに行こっ!」
「うんっ!」
そう言って2人は停留所へ向かう為、上着を着て、部屋を出て、1階の廊下を歩いていると、
父の雅輝と出くわした。
「おや?2人とも、どこか行くのかい?」
「あぁ、うん、もうすぐエリカさんたち戻って来るから電停まで迎えに行って来ます。」
「そうか。暗いから気を付けるんだよ?」
「はい。」
「おじ様、行って来ます。」
「あぁ、行ってらっしゃい。」
そして飛鳥と真琴の2人は家を出て姫松の停留所へ向かった。
電停に着いた2人は、少し談笑し、時間もラッシュタイムな為、
電車の本数も多いので、待っている間にも2~3本の電車が2人の前を通ったが、
エリカたちはまだだった。
そこへ、次の電車のヘッドライトが遠くから見えて来た。
「あ、ひょっとしてあの電車に乗ってんちゃう?」
「あぁー、そうかもな。」
そして、その電車は、速度を落としてゆっくりと2人の前で停車し、ドアが開き、
7~8名の降車する乗客に混じって、エリカたちが降りて来た。
「エリカさん!藤坂さん!お帰り!」
「あ、飛鳥ちゃん!真琴ちゃん!ただいまー!」
満面の笑みのエリカが電車から降りて来て、藤坂は、2人分の運賃、420円を払ってあとから降りて来た。
「やぁ、2人とも、ただ今。」
「あ、藤坂さん、お帰りなさい!」
「ささ、家へ戻りましょう。お2人が生活する部屋もちゃんとキレイに準備してありますから。」
「飛鳥さん、ホントに、何から何までありがとう。」
「いえいえ。」
そんな会話をし、4人は飛鳥の自宅へ戻って来た。
「ただいまー。」
「あ、お嬢様、お帰りなさいませ。皆様も。」
そこで、エリカが、翠に挨拶をした。
「あ、え、えと、青島エリカです。
これからこちらのお家でお世話になります。よろしくお願い致します。」
「これはこれは、エリカ様。ご丁寧にありがとうございます。
私はこちらのお宅で40年近くメイドをさせて頂いてます、芳川翠と申します。
これからどうぞ、よろしくお願い致します。だんな様からお話しはちゃんと聞いていますので、
エリカ様のことは、お嬢様と同等に対応させて頂きますので、ちょっとでも何か不自由なことがあれば、遠慮なくお申し付けください。それと、私のことは気軽に、"翠さん"とお呼び下さいね。」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします、翠さん。」
「藤坂さまも、マンションが決まるまでの間は、ぼっちゃまと同じように対応させて頂きますので、
よろしくお願い致します。」
「ありがとうございます、こちらこそ、エリカと2人、これからよろしくお願いします。」
と、4人と翠が玄関先で会話をしていると、父の雅輝が歩いて来た。
「やぁ、2人とも、お帰り。待ってたよ。」
「あ、おじ様、ありがとうございます。」
「飛鳥ちゃんのお父様、これからしばらく、よろしくお願いします。」
「あぁ、2人とも、自分の家のように自由に生活してくれていいからね。」
「ありがとうございます!」と、2人は口を揃えてお礼を言った。
「ささ、2人が一緒に生活する為の部屋も準備してあるから、飛鳥?」
「はい!」
「お2人を部屋に案内してあげて?」
「はーい。」
「真琴ちゃんも、今夜は泊まって行きなさい。」
「え?いいんですか?」
「当たり前だろ?」
「わーい。」
「落ち着いたら晩ご飯にしよう。」
「はーい。」
そう言って4人は大きな階段を上がり、飛鳥と直輝の部屋の前を通り、
一番奥の、少し広めの部屋のドアを開けた。
「じゃーん、こちらがこれからお2人が暮らすことになるお部屋です。」
「うわー、広いお部屋っ!」
と、そこへ、直輝がやって来た。
「やぁ、待ってたよ。2人とも。」
「お、お兄様、お待たせしました。」
「おぉ、その響き、いいねぇ!“お兄様”だなんて、飛鳥から言われたことなんてないからね。」
「よろしくね、エリカ。」
「ちょっと!直兄っ!いきなり呼び捨ては…。」
「ええやん、藤坂クンはマンションが見つかるまでだけど、エリカちゃんはこれからずっとココで過ごすんだから。」
「ま、まぁ、そうやけど…。」
「さ、荷物の後片付けなどは食事のあとにしようじゃないか。今夜は翠さんが頑張っていつもより凄い食事を作ってくれたんだから。」
「わーい!」
そして、一旦部屋に荷物を置き、上着を脱いで、ラフな格好になったエリカと藤坂は、エリカは飛鳥と真琴、藤坂は直輝と話しながら、みんなと食堂へ向かった。
広い食堂に着いた飛鳥たちは、上座に座って待っていた父・雅輝が、こう言った。
「飛鳥と直輝は自分の席へ。」
「はーい。」
「はい。」
「真琴ちゃんは良く座る席に。」
「はい、おじ様。」
「エリカちゃんは、そうだね、飛鳥と真琴ちゃんの間がいいだろう。」
「ありがとうございます。」
「藤坂君は、直輝の隣にお座り。」
「はい。」
「それじゃあ、エリカちゃんと藤坂君の歓迎晩餐会を始めようじゃないかっ!」
そう言って雅輝はワインの入ったグラスを高々と頭上に上げ、「乾杯っ!」
と言うと、みんなもグラスを持ち、
ジュースやワインなどで乾杯っ!と言って、それぞれに談笑していた。
そこで、あることに気付いたエリカが、こう言った。
「あれ?」
「どうしたんですか?エリカさん?」
「そう言えば、飛鳥ちゃんと直輝さんのお母さまは?全然見てませんが…。」
と言うと、少し場がシーンとなった。
「あ、え、えと、お母さまは、ね…。お父様、どうしよう?」
「あぁ、まぁ、いいか。これは私から説明しよう。」
「エリカちゃん、藤坂クンには知っていておいてもらいたいんだけどね、飛鳥の母、名前は、
「そ、そうだったんです、か…。すいません、知らなかったこととは言え、そんなことを聞いてしまって。」
「ううん、大丈夫だから。」
「長期休暇には帰って来るし、その時にはエリカさんたちもお母さまに会えるから。」
「う、うん。あ、一番上のお兄様、お名前は?」
「浩輝って言って、私より10コ上で、直兄より5つ上なんだ。」
「へぇ~…。」
「そうそう、エリカちゃん?」
「はい、おじ様。」
「先ほど、君たちがホテルに戻ってた間に、君のお父様から電話があり、君の部屋の荷物の件で電話があったよ。」
「ベッドとか勉強机、パソコンやテレビ、壁に貼ってあるポスターやCDなどなど、
趣味や生活の物はどうするんだい?ってね。」
「あぁ、それも全部まとめて送ってください、って、あとで、私が直接父に話します。そしたら多分、うちの執事たちが全部してくれると思いますので。」
「そうかい?じゃあそうしてもらえるかな。」
「はい。」
「そしたら、ベッドは、君のベッドが到着するまでは、今ある仮のベッドでもいいかな?」
「そ、そんなの、全然大丈夫です!ありがとうございます、おじ様。」
「いいよいいよ。それとね、2人もね、姫松駅の停留所…、上町線沿線住民のほとんどは、
停留所と呼ばないで、“電停”と呼ぶ人も多いみたいなんだが、これからここに住むわけだし、飛鳥や直輝も毎日学校や部活があるし、私も普段は仕事だし、翠さんも家事などで忙しいから、電停までの道順は、それぞれ覚えてね。住所や家の電話番号と私の携帯の番号も教えるから。」
「はい、分かりました。」
「それと、エリカちゃんも飛鳥と同じで、良くネットをするそうだね。」
「はい。」
「既に飛鳥から聞いているだろうけど、家は、IT関連の仕事をしているので、
この家中に、超高速の無線WiFiが飛んでいるから、自分のパソコンが届いたら、
好きなだけネットをしてくれて構わないし、料金ももちろん払わなくていいから。」
「あ、ありがとうございます!何から何まで…。」
そしてみんなは談笑しながら楽しい晩ご飯を食べていた。
中でも一番楽しそうにしていたのは、飛鳥と真琴、そしてエリカだった。
その様子を見ていた雅輝と直輝、そして藤坂の3人は、多分、心の中で同じコトを思っていたに違いない。
「あぁ、エリカちゃん、幸せそうだな…。」
と。
そして、長い歓迎の晩餐会は終わって、飛鳥と真琴、そして、エリカと藤坂の4人は、
みんなで2階の部屋へ戻った。
「飛鳥ちゃん?」
「はい、なんでしょう?」
「明日は、学校は?」
「明日は日曜日ですよ?」
「あ、そうか。大阪へ来てからずっと休んでるから、曜日感覚が無くなっちゃったよ。」
「そうですね。あ、でも明日は、吹奏楽の練習が朝からあるので、まこちゃんと2人で学校まで行かなきゃ、なんですが。」
「そうですか。じゃあ私たちはどうしましょう?藤坂さん。」
「そうだね…。とりあえず、この辺を散策してみる、ってのはどうだい?」
「あ、それがいいですね。」
「散策するんですか。」
「どこかいい場所でも?」
「えと、ちょっと歩いたところに、"万代池公園"があったり、ちん電で浜寺公園方面行きに乗っていたら、"住吉大社"って言う、大阪ではかなり有名な神社もありますし、この辺は見所も多いので、お2人でデートでもしてみては?」
「あ、それ、いいね。じゃあそうしようか、エリカ。」
「はい。」
「じゃあ、私とまこちゃんは明日の練習に向けて、そろそろ寝ますね。
お2人共、改めて、これからよろしくね。」
「こちらこそ。」
「よろしくね。」
「じゃあ、お休み。また明日。」
「はーい。」
「お休みなさーい。」
そう言って飛鳥と真琴は部屋から出て行き、2人は飛鳥の部屋へと向かうと、
既に真琴の寝る布団も敷かれていた。
「ふぅ…。」
「どしたん?飛鳥。」
「うん、何か疲れたな、って。」
「まぁね。でも良かったやん。」
「何が?」
「エリカさんのこと。」
「え?」
「そやから、エリカさん、ウチらより1コ上やん?で、この家に住むんやから、あんたにとっては、お姉ちゃんが出来た、ってことや。」
「そ、そうやね。それは嬉しいなぁ。なな、まこちゃん。」
「なに?」
「ウチ、パジャマないけどどうしよ。」
「あ、私のロンTで良ければ。」
「うん、じゃあそうするわ。」
そして飛鳥は自分のパジャマに、真琴は飛鳥が貸してくれたロンTとジャージに着替え、2人は飛鳥のベッドに潜り込み、電気を消して、抱き合って眠りに付いた。
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