第9話:エリカの決意。

昨日の部活が終わってから一夜明けた今日は土曜日。土日は、飛鳥たちの学校は休みである。

その為、飛鳥は今日は、久しぶりに部屋でのんびり休んでいた。

このところ、いろいろあり過ぎて、実際疲れきっていたのであった。


で、今はまだ午前11時。

昨日顧問の毬茂から頼まれていた楽譜集を、父の会社のネットサイトの通販ページから探し出し、クリックして注文していた。


するとそこへ、飛鳥のスマホに電話がなった。


「はーい、もしもーし。」

「あ、飛鳥さん?私、エリカです。」

「あ、エリカさん、おはようございます。」

「おはよう。飛鳥さん、今どちらですか?」

「今?今は自宅の自分の部屋でネットしたりしてくつろいでたところですよ?」

「そうでしたか。あの、今日、今から、藤坂さんと一緒に、飛鳥さんのお家へお邪魔してもよろしいかしら?」

「え、う、うちへ来るんですか?」

「はい、いきなりはダメ、ですか?」

「ダメではないですけど、んー、家までの交通手段とか教えてなかったですよね?」

「はい。どうやって行けばいいんでしょう?」

「えとね、ハルカスを出た地下街を歩いて行ったら、路面電車の、"阪堺電気軌道上町線はんかいでんききどううえまちせんのりばはこちら"。って言う、停留所方面への行き方が書いてありますので、矢印の通りに進んで行って、

地上に上がったら、路面電車の乗り場がありますので、それの、"浜寺公園行き"か、"あびこ道行き"の、どちらでも構わないので、ホームに止まってる電車か、到着した電車に乗って下さい。電車が出たら、5駅先の、"姫松"、って言う停留所で、降車ボタンを押して、運転手さんに210円払って降りて下さい。私、停留所の分かりやすいトコに、私服でまこちゃんと待ってますから。」

「あ、ありがとう。」

「もし分からなければ、ホテルのフロントの方に、上町線の姫松駅までどうやったら行けますか?

って聞いたら、快く教えてくれますから。」

「ありがとうね。じゃあ今から藤坂さんと出掛ける準備してそちらへ向かいますね?」

「はーい、まこちゃんにも連絡して待ってまーす。」


そう言って2人は電話を切った。

そして飛鳥は真琴に電話した。


「もしもし?まこちゃん?おはー。」

「あ、飛鳥、おはー。どうしたん?」

「今な、エリカさんから電話あって、今から家来たい、って言って来てん。」

「そうなんや。」

「でな、まこちゃんも来ぇへんか?」

「行きたいっ!」

「エリカさんと藤坂さん、ちん電で来るから停留所で待ってます、って言うといてん。」

「そうなんや。ほなウチも服着替えて電停向かうわ。」

「うん、ほなあとでなー。」


そう言って2人はそれぞれの家で、お気に入りの可愛い服を着て、姫松の停留所へ向かった。

停留所には、飛鳥の方が先に着いた。

そして、しばらくして、真琴も到着した。


「まこちゃん、おはー!」

「飛鳥、おはよー。」

「さっきのあとからエリカさんから電話あった?」

「んー?まだやで?多分電車乗る前に電話あると思うわ。」


と、そこへ、飛鳥のスマホに電話が鳴った。


「ほらな?」

「ホンマや。」

「もしもーし。エリカさん?」

「あ、飛鳥さん?今、路面電車のホームに居て、"浜寺公園駅行き"、ってのが止まってるんだけど、それに乗ったらいいの?」

「あー、そうです。それに乗って下さい。で、姫松、って言う停留所でボタン押して210円払って降りて下さい。天王寺から10分くらいで着きますから。」

「分かったわ、ありがとう。」

「私たち、停留所で待ってますから。」

「はーい。ありがとう、じゃああとでね。」

「はーい。」


2人は電話を切った。

「飛鳥、エリカさん、なんやて?」

「あー、うん、今から電車乗るって。」

「そうなんや。ほな、10分くらいで着くな。」

「うん。」


で、電停で談笑していたところへ、遠くの方から、路面電車の姿が見えた。


「あ、あの電車に乗ってんちゃう?」

「かもな。」


そして、その電車は、飛鳥たちの前で停車し、ドアが開くと、前部の降車ドアから、

エリカと藤坂が、他の乗客に混じって降りて来た。


「あ、飛鳥さん、真琴さん、おはよう!」

「おはようございます!藤坂さんも、おはようございます!」

「おはよう。やぁ、2人とも、おはよう。」


電車を降りたエリカは、周りを珍しそうにキョロキョロする。


「素敵な雰囲気の住宅街ですね。」

「そうですか?ありがとうございます。」

「じゃあ私の家に行きましょうか?」

「はーい。」


その途中、歩きながら4人は談笑していた。


「楠木さん?」

「はい、なんでしょう?藤坂さん。」

「楠木さんの家もこの近くなの?」

「はい、コッチとは反対側ですが。」

「そうなんだ。」

「うわー、なんか、豪華な家がたくさんだねー。」

「そうですか?ここは、帝塚山って言って、大阪市内一の高級住宅地なんですよ。」

「へぇ~。」


そう話しながらゆっくり歩いていき、みんなは、飛鳥の家の前に到着した。


「ここが私の家です。」

「おぉー。すごーい!おっきい!」

「さすが、お金持ちのお家、って感じだね。」

「まぁ、どうぞどうぞ。」


そう言って飛鳥は門を開け、中庭を歩いて行き、玄関のドアを開けると、

ちょうど廊下を歩いていた翠と会った。


「あ、お嬢様、お帰りなさいませ。」

「ただいまー。」

「これは真琴さま。ご無沙汰してました。」

「あ、翠さん、ご無沙汰です。」

「お嬢様、こちらのお二方は?」

「あ、お友だちだよ。」


「は、初めまして。」

「初めまして。」


エリカと藤坂は翠に挨拶をした。


「じゃあ私の部屋に行きましょう。」

「お邪魔しまーす。」


みんなは、大きな階段を上り、飛鳥の部屋へと入って行った。


「うわー、オシャレな部屋ー。」

「そ、そうかな?」

「うん、素敵素敵っ!」


その頃、1階の玄関先では、飛鳥の父親、雅輝が、玄関に置いてあった靴の数に驚き、翠を呼んでいた。


「翠さんっ!居るかい?!」

「あ、はい、だんな様。」

「この靴の数は一体?飛鳥か直輝のどっちかが友だちでも呼んでるのかい?」

「あ、おぼっちゃまではなく、お嬢様のお友だちだそうです。今、部屋で談笑されてますので、

お紅茶とお菓子などをお持ちしようかと…。」

「そうか、どれ、私もちょっと顔を出すかな。お菓子はその後でいいからね、翠さん。」

「かしこまりました、だんな様。」


そう言うと雅輝は、飛鳥の部屋へ行き、ドアをノックした。


「はぁい。」

「飛鳥、私だよ。入っていいかい?」

「あ、お父様。ちょっと待って。今、開けるから。」


飛鳥はドアを開けて、父を招き入れた。


「やあ、皆さん、いらっしゃい。ようこそ、悠生家へ。」

「あ、おじ様、お久しぶりです。」

「おや、真琴ちゃんじゃないか。お久しぶり。

その後、学校はどうだい?飛鳥は迷惑かけてないかい?」

「もうー!お父様!かけてないわよー!」

「そんなことないですわ、むしろ飛鳥ちゃんを巻き込んでるのは主に私ですから。」

「まぁ、学校が楽しいならそれでいいよ。で、そちらのお2人は?」

「あ、は、初めまして。飛鳥さんと真琴さんのお友だちをさせて頂いてます、青島エリカです。」

「初めまして、藤坂歩です。」

「やぁ、初めまして。今日はゆっくりして行ってね。」

「ありがとうございます。」

「あ、そうだ。お父様?」

「なんだい?飛鳥。」

「"青島貿易"って知ってる?」

「もちろん。」

「このエリカさん、そこのご令嬢なんだって!」

「えぇっ?!そ、そうなの?君、青島貿易の社長さんのお子様?」

「はい。父のこと、ご存知なんですか?」

「知ってるも何も、経済界の交流会などで何度かお話しさせて頂いたことあるからね。とても素敵な方だよ。」

「あ、それなら話しが早いんじゃない?ねぇ、エリカさん。」

「何がだい?」

「私のお父様から、エリカさんのおじ様と直接話ししてもらったら、大阪引っ越したいもすんなり行くんじゃ?」

「あ、そ、それはいい考えね。」

「一体全体、なんの話しだい?」

「あのね、お父様。このエリカさんね、静岡県から大阪に引っ越したい、って言ってるの。でね、おじ様は東京暮らしで、エリカさんは静岡の実家暮らしだから、なかなか会えないんだって。」

「まぁ、あれだけの大企業の社長さんだからね。」

「だからね、今、大阪に来てる間にね、私の家に来てもらったの。で、お父様からおじ様に直接話ししてあげて?」

「うーん。」

「それでね、エリカさん、家に一緒に住まわせてあげて?」

「家は構わないが、その子はいくつなんだい?」

「私より一つ上の高2だよ。」

「高校生か。で、学校はどうするんだい?」

「だから、私とまこちゃんと同じ鈴ヶ丘に転入したい、ってエリカさん言ってるの。」

「そうか、分かったよ。えっと、エリカ、さん、だったかな?」

「はい。」

「とりあえず、エリカさんのケータイから電話して、お父様に事情説明してくれるかな?そのあとで、私がその電話に出て、ちゃんと上手く行くように話し取り付けてあげるから。」

「あ、ありがとうございます!おじ様っ!」


そう言ってエリカは、自分のスマホを取り出し、父の番号に電話した。

すると、5コールほどでエリカの父親が出た。


「やぁ、エリカじゃないか。おはよう。」

「お、おはよう。」

「じいやから聞いたけど、なんだって?今、大阪に居るんだって?」

「う、うん。でね、そのことでちょっと長くなるお話しがあるの。聞いてくれる?」


そう言うとエリカは、大阪に来た理由と、今、藤坂と付き合ってること。

そして、大阪で出来た友人・飛鳥と真琴のこと、そして今、飛鳥の家に居て、

飛鳥の父が、エリカの父と面識があることや、飛鳥の父が、家に住まわせてもいい、

と言うことなど、何も隠さず、全てを話しし、途中、飛鳥も電話を代わり、

エリカの父親と話しをした。

そして、長い電話のあと、エリカの父は、飛鳥の父と変わるように話した。


「もしもし?」

「やぁ、悠生さん。ご無沙汰しておりました。何だか娘がいろいろお世話になっているみたいで。」

「いえいえ、私はたいしたことはしておりませんが。」

「なんでも、娘が大阪に引っ越したい、と駄々をこねてるみたいで、申し訳ない。」

「いやいや、家は構わないですよ。空いてる部屋もありますし。

エリカちゃんも、うちの娘たちと同じ学校に通いたい、と言ってるみたいですし。」

「そうみたいですね。」

「どうしましょうか。」

「まぁ、エリカの決心は固いようですので、あとは悠生さんにお任せします。

静岡の高校の方には、私から連絡を入れておきますので。」

「分かりました。では、エリカさんは、大阪に引っ越し、と言う事で良いのですね?」

「はい、構いません。彼女にとっても、静岡の田舎でくすぶってるより、大阪に出た方がこれから先、人生の刺激にもなるでしょうし。」

「分かりました。青島さん、少し待って下さいね?エリカちゃん?」

「あ、は、はい。」

「お父様のお許し、頂いたよ。」

「そ、それじゃあ…。」

「あぁ、こっちに来ていいそうだ。」

「や、やったー!!あ、ありがとうございます!おじ様っ!!」

「もしもし?悠生さん?今のはエリカの声だね?」

「ええ。」

「もの凄い喜んでるね。」

「そのようで。」

「では、エリカの学校のことは、私が退学手続きを取っておきますので、大阪の学校のことは、

悠生さんにお任せしますね。」

「分かりました。エリカちゃんのことは、責任を持って、悠生家がお預かり致します。」

「よろしくお願い致します。」

「分かりました。」

「それでは失礼します。」

「では、また東京に行った時にはゆっくりお話しでもしましょう。」

「そうですね。それでは私はこれで。」

「失礼します。」


そう言って、2人の父親同士の電話が終わった。


「エリカさん?」

「は、はい。」

「お父様のお許しが出たよ。」

「あ、ありがとうございます!」

「それと、エリカさんには、この家に住んでもらいます。当面の必要な家具やその他もろもろは、悠生家で揃えてあげるからね。」

「はい。」

「学校は、飛鳥や真琴ちゃんと同じ、鈴ヶ丘でいいんだね?」

「はい。」

「じゃあ、そちらは私が転入手続きの準備を進めよう。」

「ありがとうございます。」

「えっと、藤坂君、だっけ?」

「はい。」

「君は、男性だから、私がこのすぐ近くにマンションを用意してあげよう。うちにも君と同じ年頃の大学生が居るんだ。

多分良い友だちになれると思うよ?飛鳥、直輝、呼んで来てくれるかな?部屋に居るはずだから。」

「はい、お父様。」


そう言って飛鳥は部屋を出て直輝を呼びに行った。

そして、飛鳥の部屋では、先ほどの話しが続けられていた。


「ありがとうございます。僕たちの為に、何から何まで。」

「で、君は、タレントさんなんだってね。」

「はい。」

「じゃあ、仕事で東京に行くことも多いんじゃないかな?」

「はい。」

「あ、おじ様?」

「何だい?真琴ちゃん。」

「えと、藤坂さんと私、何度かお仕事でご一緒してるんです。それで10日くらい前に阿倍野で、私が飛鳥ちゃんと待ち合わせしてたスタバで、エリカさんと藤坂さんの2人が居るところに偶然再会して、そこから仲良くなったんです。」

「そうだったんだ。」

「でも、藤坂さんと私の所属する事務所は違うし、大阪と東京で離れてるから、どうしましょう?」

「じゃあ、真琴ちゃんと同じ事務所に移動しちゃえば?」

「えー?!お、おじ様、そ、そんなことまで出来ちゃうんですか?」

「まぁ、真琴ちゃんの事務所の社長さんとも何度かお会いしたことあるからね。」

「そっかー、良かったですね、藤坂さん!」

「え?あ、うん。君と一緒の仕事が増えると僕も嬉しいよ。」

「で、大学はどうするんだい?」

「んー…、それは、これから考えます。大阪にも良い大学が多数ありますし、僕の偏差値ならだいたいどこでも入れるかと。」

「そうだね。時間はたっぷりあるからね。ま、そんなわけだからみんな、ゆっくりくつろいで行ってね。」

「はーい。」


そう言って飛鳥の父は、手を振って笑顔で部屋を出て行った。

そして、飛鳥の部屋では藤坂が、


「いやー、さすがに大企業の社長同士の会話だね。こんなにすんなり話しが進むとは思わなかったよ。」と、藤坂。

「はい、私自身もビックリです。絶対反対されると思ってましたから。飛鳥さんのおじ様とうちの父、何だか凄く良く知ってたみたいですね。」

「やっぱ凄いですね。大企業の社長さん同士の会話って。」と、真琴。

「そっかな。」

「そうですよ!」

そこへ、直輝を連れて飛鳥が戻って来た。


「ただいまー。直兄なおにいつれて来たよー。ってあれ?お父様は?」

「あ、おじ様なら今さっき出て行ったよ、飛鳥。あ、直兄、久しぶりー。」

「あれ?真琴じゃないか。しばらくぶりだね。その後、学校は?」

「うん、楽しいよ。」

「それは良かった。で、そちらのお兄さんが、さっき、飛鳥が言ってた方かな?」

「あ、うん、藤坂歩さん。モデルの、藤坂佑輔さんだよ。」

「あぁ、知ってるよ。ファッション誌やテレビなどで良く見かけるからね。

初めまして、藤坂さん。僕は、悠生家の次男・悠生直輝ゆうきなおき。どうぞよろしく。」

「あ、ふ、藤坂歩です、本名は佑輔です。よろしくお願いします。」

「あー、藤坂さん、珍しく緊張してるー。」

「そ、そりゃ、飛鳥ちゃんのお兄様の前だからね。」

「そんなに緊張しなくていいよ。」

「ありがとうございます。」


と、そこへ、"トントン"と、部屋をノックする音が聞こえた。


「はーい。」

「お嬢様・おぼっちゃま、お紅茶とお菓子をお持ち致しました。」


飛鳥がドアを開けると、翠が紅茶などを持って、部屋に入って来て、みんなが囲んでいるテーブルの上に置き、

「失礼します。」と言って、部屋を出て行った。


「さ、みんな、召し上がって。」

「はーい。」

「んー、やっぱ翠さんの入れてくれる紅茶は美味しいねぇ。」

「そ?」

「うん。」

「私は毎日飲んでるから…。お2人はどうですか?」

「あ、美味しいっ!」

「うん、美味しいね。」

「クッキーも翠さんの手作りなんだよ。」

「へぇ~…。」


その後、直輝も混ぜて、5人で、飛鳥の部屋で談笑していた。

そこで、エリカが、飛鳥の部屋に貼られている大量のポスターに気付いた。

「飛鳥さん?」

「はい、なんでしょう?」

「さっきからずっと気になってたんだけど、このポスターの写真に映っている五人の人たちは?ギターとかいろいろ持ってるけど…。」

「あぁあ、それ、私がずっとファンしてる、台湾出身のロックバンドで、“メイデイ”


って言う、とっても凄くて素敵なロックバンドの人たちです!」

「これだけの数貼ってる、ってことは、かなりの大ファンなんですね?」

「あ、エリカさん!」

「何?真琴さん。」

「この子ね、この人たちのライブがあるとね、一人で台湾や香港まで飛んでちゃってライブ観て来て、ケロっとして帰って来るんです。」

「へぇー…。海外まで追っかけてるんだっ!」

「はい。日本じゃあまりライブ、してくれないから。それに、地元のライブの方がムチャ楽しいですし。」

「へぇー。どんな音楽なのかしら…。」

「あ、エリカさん今、爆弾投下しましたよっ!」

「え?え?」

「あぁーあ、またこいつのメイデイタイムか…。」

「なぁによぉ2人ともっ!エリカさん、これからこの家で一緒に暮らすんだから、

これくらいのことと、藤坂さんにも知っておいてもらわないと!」

「まぁ、そりゃそうだけどさ…。」


そう言うと飛鳥は、少し大きめの液晶モニタを装備したデスクトップパソコンの電源を立ち上げ、メディアプレイヤーで、自分なりに好きなナンバーを編集した、メイデイの音楽を、アップテンポでノリの良い曲から流し始めた。


「あ!」

「え?どうしたんですか?藤坂さん。」

「僕、この人たち、知ってるよ?!」

「えぇ?!」

「確かボーカルの人の名前、"アシン"さんだったよね?」

「え、は、はい。」

「僕よりも背が高くて、男から見てもカッコいいって、思ったよ。現場でお会いした時。」


「えーーーーーっ?????!!!!!ふ、藤坂さん、阿信と一緒にお仕事したことあるんですかっ??!!」

「え?う、うん。一度だけだけどね。確かその時、LINEのアカウント、交換したような…。」

「えーと…。」


そう言って藤坂は、LINEの友だち一覧のメニューを探す。

そして、それを飛鳥に見せる。


「あーーーーーっ!!!!!こ・こ・こ・この人ですぅ~~~~~!!!!!

す、す、凄いです…。さすが、芸能人…。」

「そんなに凄いことなの?」

「凄いですよっ!!!!!ちょっと待ってくださいね?」

「あぁあ、飛鳥のメイデイスイッチが入っちゃったよ…。」

「なぁによー、直兄っ!!」


そう言って飛鳥はネットのトップページを開いて、メイデイの日本語版公式サイトを開き、バイオグラフィーのページを開け、それを藤坂に見せる。


「藤坂さんっ!この記事、全部読んで下さいっ!!椅子に座ってくれていいですから。」

「んー?どれどれ?」


と、藤坂は、飛鳥のパソコンデスクの椅子に座り、記事を読んだ。


「へぇ~…。凄いね。ライブ観客動員数、全世界で1500万人超えかぁ…。

何々?アジアのビートルズ?キング・オブ・コンサート?な、何だかすんごいグループじゃん!」

「そうですよ!アルバムはまだ9枚しか出してませんが、世界中での人気はもの凄いんですからっ!!」

「へぇ~…。確かに、言葉は分からないけど、聴いてると何かグッと来るものがあるね。」

「でしょでしょ?!」


もう、飛鳥は興奮しっぱなしだった。それもしょうがない。自分が一番憧れているバンドのボーカルと、藤坂が一緒に仕事をしたことがあって、その2人がLINEのアカウント交換をしてたのだから。


「なぁ、飛鳥?」

「なに~?まこちゃん。」

「少し落ち着きぃ~って。」

「分かった、分かったよ。」

「ごめんなさい、みんな。取り乱しちゃって。」

「僕と真琴は別にいつものことだから別にいいけど、この子、えと、エリカちゃん、だっけ?驚きまくってるんだけど。」

「あ、え、エリカさん、す、すいません。調子乗っちゃって。」

「いえいえ、私は全然構わないよ。私だって、大好きな声優さんのこととかになったら多分、飛鳥ちゃんと同じ気持ちになるかも、だから。」

「そっか。そうですよね。」


部屋の中にメイデイの音楽が流れる中、しばらく飛鳥はさっきまでの勢いとは正反対に、放心していた。


「はぁ~…。」

「飛鳥?」

「ん~?」

「少しは落ち着いた?」

「う、うん。」

「紅茶でも飲んだら?」

「うん。」


そう言って飛鳥は紅茶を少し飲んだ。


「僕、凄い人と一緒に仕事したんだねぇ…。」

「羨まし過ぎです~…。」


「なぁなぁ、藤坂クン、だっけか?」

「は、はい。」

「君も、大学生だって?」

「はい。」

「何回生?」

「えと、2回生です。」

「そっか!じゃあ僕と同じ歳やなっ!」

「え?そうなんですか?」

「そやでっ!なぁ、うちの大学、来ぇへんか?」

「え?」

「こっち引っ越して来るんやろ?エリカちゃんと一緒に。」

「は、はい。」

「君も一人で新しい環境に移るよりかは、誰か知った人が一人でも居た方が楽しいんじゃない?」

「まぁ、そうですが…。直輝さんは、どちらの大学に?」

「えっと、僕は、私立・龍鶴院大学りゅうかいくいんだいがくだよ。」

「あぁ、聞いたことあります。確か、IT関連の研究がとても優れた大学ですよね?」

「そうだよ。僕はそこで、IT関連の勉強や研究をしているんだ。」

「そうなんですか。」

「どうだい?一緒にITの研究とか、興味ないかい?」

「直兄っ!無理矢理進めちゃアカンて!」

「あ、そやったな、悪い悪い。でもまぁ、うちの大学は、ITだけじゃなく、いろんな学部や学科があるから、

君も、今の大学で専攻してる学部と似たような学部があれば、そこに入ればいいさ。」

「そうですね、考えさせえて頂きます。」

「で、君とエリカちゃんは今、ドコに泊まってるんだい?」

「あぁ、ハルカスにあるホテルです。」

「凄いね、さすが芸能人だね。」

「そ、そんなことは…。」

「何泊くらいしてるの?」

「えーと、もう12日くらいは。」

「じゃあさ、今夜から家に泊まりなよ。」

「え?」

「いくら君が凄い芸能人でも、ハルカスのホテルだと、かなりお金が必要だろう?」

「ま、まぁ…。」

「君たちは恋人同士なんだよね?」

「は、はい。」

「そしたら、僕が親父に言って、君のマンションが見つかるまでは、君たちが同じ部屋で過ごせるように言っておくから。」

「え?いいんですか?」

「いいっていいって。」

「わぁい、飛鳥ちゃんのお兄さん、ありがとうございます!」

「いやいや、それくらいは全然構わないよ。」


と、そこで、藤坂がスマホの時計を見た。


「今、何時だろ?あ、もうこんな時間か…。」


時計は、夕方の6時を回っていた。


「えと、直輝さん?」

「何かな?」

「そしたら僕たちはこの後どうすれば…。」

「そうだね、阿倍野から来たんだったら、上町線で元の天王寺駅まで戻れるよね?」

「は、はい、多分。」

「じゃあ、一度部屋に戻って、荷物まとめて、それを全部持って、チェックアウトして、

そのあと再び家へ戻っておいでよ。」

「2人が戻って来るまでに、部屋の用意はこちらでしておくから。飛鳥?真琴?」

「なに?」

「はい?」

「とりあえずお2人を電停まで送ってあげて?」

「え?い、今から?」

「だって、家でみんなで晩ご飯食べた方が楽しいやろ?真琴も、今夜は家で食べてきなよ。親父と翠さんには僕から言っとくから。」

「分かった。そうするわ、直兄。」

「ほなエリカさん、藤坂さん。停留所までお送りしますよ。」

「あぁ、ありがとう。」

「また、天王寺から戻って来る前に電車乗ったら電話くださいね?」

「うん、ありがとうね。直輝さんもいろいろ、何から何までありがとうございます。」

「ありがとうございます。」

「いや、いいって。ほな僕はこれで。またあとでな。」


そう言って直輝は部屋から出て行った。


…直輝が部屋から出て行ったあと、少ししてから飛鳥はパソコンのメディアプレイヤーの音楽を消し、電源を落とし、真琴と2人で上着を着て、エリカと藤坂の2人もホテルへ戻る準備をし、4人で飛鳥の部屋を出た。


玄関では、翠が待っていた。


「じゃあ翠さん、私とまこちゃん、ちょっと2人を電停まで見送って来るから。」

「かしこまりました。」

「2人、今日からしばらくこの家で生活する話しはもう聞いてるよね?」

「はい、旦那様とぼっちゃまから聞いておりますので、お2人のお部屋をキレイにしておきます。」

「うん、ありがとう、よろしくね。」

「真琴さまの晩ご飯をご用意しておきますので、真琴さまのご両親には、私から連絡を入れておきます。」

「ありがとー、翠さん。」

「じゃあ、行きましょうか、お2人。」

「はーい。」


と、4人が靴を履いていると、飛鳥の父親が顔を出した。


「ん?みんな、ドコか行くのかい?」

「あ、お父様。直兄が、2人を今夜から家で生活してもらう、って話し、聞いてます?」

「あぁ、聞いてるよ。部屋も翠さんに用意してもらってるよ。」

「ありがとう。で、今から2人、ホテルに置いてある荷物を取りに一度戻って、

チェックアウトの手続きして、それからまたココへ戻って来るから、私とまこちゃんとで、

今から電停まで見送りに行って来ます。」

「うん、分かったよ、行っておいで。あ、そうだ。エリカちゃん?」

「は、はい。なんでしょう?おじ様。」

「あのあとね、君のお父様と、もうちょっと込み入った会話をしておいたよ。」

「あ、ありがとうございます。父、何て言ってました?」

「あぁ、エリカちゃんの部屋の荷物類は全て、宅配便で送るよう、本宅の執事たちにさせるから、静岡には戻らなくていい、って言ってたよ。」

「あ、ありがとうございます。」

「それと、えーっと、粟生野…女学院、だっけ?」

「はい。」

「そちらの退学手続きが完了し次第、鈴ヶ丘学院への転入手続きが出来る準備もしておくから、とも話していたよ。優しいお父様で良かったね。」

「あ、ありがとうございますっ!」

「君も、この家を拠点に、大阪でいろんなことを吸収して、学んで、いい大人になるんだよ?」

「は、はい!ありがとうございます!おじ様っ!」

「いやぁ、娘が2人出来たみたいで僕も嬉しいよ、実際。」

「藤坂クンは、どうするんだい?」

「え?」

「静岡での君の部屋のこととか生活のこととかいろいろだよ。」

「あー…。僕は、エリカのことが一段落付いたら一度静岡へ帰って、アパートの荷物片付けて、

改めてこちらに戻って来れるように、自分でちゃんとケジメ付けて来ます。」

「うん、そうだね。さすが、学生と芸能人を両立させてる子はしっかりしてるね。うちの直とは大違いだよ。」

「そ、そんな。」

「じゃあ、君が大阪に戻って来るまでの間に、この家からの近くにマンションを用意しておくから。」

「何から何までありがとうございます。」

「じゃあ、ホテルまで戻ってチェックアウトしておいで?戻って来たらみんなで夕食にしよう。」

「はーい。」

「じゃあお父様、ちょっと行って来ます。」

「あぁ、気を付けるんだよ。」そう言うと雅輝は家の中へ消えて行った。

「はーい。」

「行ってらっしゃいませ。」と、翠がみんなを見送る。


そして、悠生家を出た4人は、姫松の電停へと向かっていた。


「いやー、優しいお父様だねー。」

「え?そ、そうですか?」

「うん。」

「藤坂さん?」

「なんだい?エリカ。」

「藤坂さん、静岡に一旦戻るんですか?」

「まぁね、僕は、店の近所のアパートで一人暮らしだし、君たちの家みたいにメイドさんや執事さんなんて居ないからね。」

「そ、そうですよね。」

「それに、店のオーナーにも最後に会っておきたいしね。」

「あ、オーナー…。私、会えないです…。」

「大丈夫大丈夫、僕が全部、ちゃんと事情説明しておくから。」

「ありがとうございます。」


そんな会話をしている間に4人は姫松の停留所に着き、待つこと2~3分。

天王寺駅前行きの電車がやって来た。


「それじゃ、お2人、気を付けて戻って来て下さいね。」

「うん、いろいろありがとうね。」

「私たち、待ってますから。」

「分かったよ。」

「じゃあ。」

「またあとで。」


そう言って4人は手を振って、電車のドアが閉まり、電車は天王寺方面へ向かって走って行った。


さてさて、エリカと藤坂の2人、大阪での生活はどうなりますことやら…。

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