第19話 フラットであれ



 最近思うのだが、俺はフラットになるべきだ。

 俺の言うフラットとは、ドコモショップの店員のような、図書館の司書のような、マクドナルドの店員のような人が見せる、あの無害さというか、宗教の勧誘のような無垢さというか、そういうのが含まれた笑顔のことだ。俺に欠けているのはあの笑顔だ! と思うわけである。


 何故そう思うのかというと、フラットを向けられた際に、こちらが返すべき対応は、やはりフラットなのだ。フラット使いは例外なく、笑顔でガッツリこちらの目を捉えるわけだが、そのような状況になった際、こちらの取るべき行動は、笑顔でガッツリ相手の目を見るしかないだろう。もちろんフラット使いは、こちらがキョロキョロ目を泳がせていても、馬鹿にした態度はおくびにも出さず、そのまま笑顔で対応してくれるだろうが、第三の目で自分を俯瞰で見ていると、やはりその状況は俺の負けなのだ。

 俺は負けたくないのだ。


 現状の俺も、一応フラットであろうとはしていて、フラットを向けられた際は、相手が女性なら必ず、口をフムっと閉じて1ミリ程右の口角を上げ会釈し、「ドモ……」と言うようにしているのだが、これではフラットが足りていないと思うのだ。やはり笑顔である。何度か言及しているが、俺は未だにクールぶっており、格好良さの基準が中学校で止まっている。知らない人に笑顔を見せるなんて言語道断なわけだ。

 でも、いい加減止めようよ。俺にクールは無理なんだって。しかも友人相手だと普通に笑顔を見せるわけだから、クールで一貫すら出来てないし。

 何故友人に見せるような笑顔を、知らないお姉さんには見せられないのだ。メリットを考えろ。友人を喜ばせるよりも、お姉さんを喜ばせた方が、俺はうれしいはずだ。


 ここでオタッキーの皆さんは「てめーの笑顔ではお姉さんは喜ばねーよカス」とお思いかもしれませんが、それは浅はかな考えです。そういうことではないのです。フラットはクールとは違い、持ち主を選ばないものなのです。

  一つ勘違いしないで欲しいのは、俺自身が聖母マリアになろうとしているわけではなく、マリアからの愛に、愛で応えようという話をしているのだ。フラット使いはマリアなのだ。マリアが一番喜ぶのは愛を示したとき、つまり、フラットを返したときなのである。俗な考えは捨ててくれ。相手はマリアなのだ。

 いや、違うな。相手がマリアっぽかったら、俺自身がマリアになっても良い。

 分かったぞ!

 俺は、性格の良さそうな子にモテたいのだ!

 いや、モテたいなんて言葉を使うと、君たちオタッキーはまた勘違いしてしまうか。その、好意というか、好感が欲しいのだ。別に俺個人がどうこうってんじゃなく、頑張って働いて良かったなあとか、お互いに笑い合えるっていいなあとか、俺との関わりから正のエネルギーを感じて欲しいのだ。有象無象としての俺からね。

 そしたら、俺は俺個人として気持ち良くなり、お姉さん側は、何というか一つの大きな塊から、ささやかな気持ち良さを得られると思うのだ。そして、誰も損しない、気持ちの良い空間が成立する。

 これは別に、若い子に限ったことじゃなくて、良いおばさんなら、おばさんでも良い。俺が気持ち良くなれる範囲の人なら誰だって良いのだ。いやまた勘違いされるかもしれないが、あくまで受け手としての発言である。俺が自ら与えられる人間かってのはまた別の話だ。


 フラット使いには女性が多い。これは女性に適性があるのか、フラットが求められる仕事に女性が多いのか、まあ両方なのだろうけど、いいね! いいと思うよ俺は! だって、嬉しいもん!

 最近はフラットが求められる接客業の人達が年下になってきて、もう頑張れ!って思うのだ。そのまま元気に頑張って欲しい。このクソッタレな世界を、笑顔で乗り切って欲しい。悲しくなってくるんだ。今はこんなにニコニコしている子も、歳を取るにつれて、負の感情が心を支配し始めるのかと思うと……。

 フラット使いを守りたい。だが俺にはどうすることも出来ない。それならば、せめて、俺もフラットで返そう。それが、ほんの少しでも彼女たちを救うと信じて……。男は皆さんに任せます……。


 そういえば、俺はTSUTAYAを1ヶ月で辞めたのだが、今思うと、俺はフラットを1ミリも持ち合わせていなかったからあんなに辛かったんだ。接客業はキツすぎる。マリアじゃないと出来ない。肉体労働の方が遥かに楽だ。


 我々はティーダを小馬鹿にせずに、笑顔の練習をすべきだ。ユウナを……いや、未だ見ぬマリアを救うために。

キマリガシンダラ、ダレガユウナヲマモルノダ。

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