第11話 隣人との仁義なき戦い
台風によりベランダの仕切り板が破壊されて、もう半年程になる。
凄まじい台風であった。窓を閉めていても浸水する、凄まじい雨量。信号機や立木を薙ぎ倒す凄まじい風量。ウチのマンションの仕切り板はほぼ全て破壊されていた。
台風が過ぎ去った後の街は、さながらゾンビの世界であった。俺は硬派な男なので写真は撮らなかったが、あのぶっ飛んだ歩行者用の信号機や、反対向いた自動車用信号機は写真に収めておくべきだったと後悔している。
もう一つ後悔があって、台風が過ぎた後に近所を散歩していると、コンビニの前を通った際に、いかにも関西のおばはん風の関西のおばはんに声を掛けられた。
「にーちゃん、アイスただやから持ってったって!」
「お、まじすか」
俺は精一杯の愛想で応じ、コンビニに入っていったのだが、レジに行列が出来ていた。電気が止まっているため、おそらくだが全品半額になっていて、アイスは溶けるからタダってことだったと思うのだが、俺がジャンボ二つを取って颯爽と店を出る際に、レジに並んでる人達に「あいつ火事場泥棒じゃね?」って目でジロジロ見られて、確かに何故俺は店の前でタバコを吹かしているおばはんを、確認もせずに全面的に信用してしまったのだろうと、後で思った。まあ事実だったとは思うのだが、一応店員に確認すべきだったなあと思う。硬派な俺もまた台風という非日常に浮ついていたのだ。精進が足りぬ。
まあ俺がしたいのは仕切り板の話なんだけど、仕切り板の破片は全て俺のベランダに飛び散っていた。ちなみに隣人がベランダで育てていたのであろう植物の葉っぱも全て俺のベランダに飛び散っていた。
俺は角部屋に住んでいるので片側しか被害が無い。隣人はツイてないなと思ってたんだけど、俺のベランダから見て奥の仕切り板は無事で、隣人のベランダは奇跡的に被害がほとんど無かった。俺のベランダと隣人のベランダは完全に開通したので全て見えるのだが、椅子やら机やらが置いてありながらも無事で、精々植物が駄目になった程度である(葉っぱは全て俺のベランダ)。この時点で、「台風来るの分かってんだから植物部屋の中に入れとけや」と思わなくもないが、まあいいさ。俺はこの程度で怒ったりはしない。心に余裕のある男だからね。
何を隠そう、俺がジャンボを二つ取ってきたのは、ベランダが開通したことで隣人と顔を合わせるかもしれないなと思い、そのときに一つあげようと思ったのだ。実際外に出た際、同じ階に住んでいるおばちゃんに会い、
「台風凄かったですねー」
「そっすねー」
というやりとりを交わしていたので、隣人に会う可能性も全然ある。ベランダが繋がってるんだから、なんなら様子を見に出てくる可能性の方が高いだろう。
俺はベランダでジャンボを食ってみた。完全に隣人が出てくるの待ちである。
一つ食べ終えても、隣人は出てこなかった。ここで俺は作戦を切り替えた。二つ目のジャンボを食べ、その間に出てきたら、
「今そこのローソンでアイスただで貰えますよ」
と教えてあげようと思った。そうしたら
「あ、そうなんですねー」
となるはずで、朗らかなやりとりが出来る。
ゆっくりと二つ目のジャンボを食べ終えても、隣人は出てこなかった。
俺は腹が冷えた。心も冷え始めるのを感じていた。
台風の日からしばらく経って、ウチのベランダはまだ台風の日のままだった。破片と葉っぱは散らばりっぱなしだ。
管理会社に電話すべきなのだが、ウチのマンションのほぼ全ての仕切り板が破壊されていたので、もう電話はジャンジャン行ってるはずだし、いずれ管理会社側から一括で修理の連絡があるだろうと、頭を使える人間ぶっていたが、一切の音沙汰が無い。気付いたら、玄関を出た位置から見える他のベランダの仕切り板は直っていて、「ああ、連絡しなきゃいけなかったんだ」と分かる。
でも修理のためには業者を部屋に入れなければならなくて、そのためには最低限の部屋の掃除をしなければならなくて、ゴミを山のように積んでいる俺は掃除が面倒だったので、心の中で隣人に託した。こっちばかりが被害を受けたのだから、そのくらいの面倒を見てくれても良いと思ったのだ。俺の心はどんどん冷え続けていた。
しばらく経つ。隣人が動く気配は無い。
近い内に、また大きな台風が来るらしい。破片が飛んでいったら危ないので、破片だけは回収しておくことにした。その頃には葉っぱはほとんど無くなっていた。飛んでいったのだろう。
amazonの空き段ボールに、破片を入れていく。破片は意外と固く重く、大変な作業だった。段ボールのサイズに収まるよう割ったり、手を切りそうになったり。ずっと地べたで晒されていたのでちょっと触っただけで手が真っ黒になった。
作業をしながら、隣人のベランダを見る。……綺麗なものだ。彼は俺のベランダを見て何も思わないのだろうか。仕切り板の半分の所有権を持っていることを理解して無いのだろうか。
俺はすっかり隣人を嫌いになっていた。
なので、作業をする際、
「あぁ! チッん~~~ダルいなぁあ! んあぁ!」
などと、いちいちダルいアピールをしながら作業をした。お前の分の破片まで俺が回収しているのだと、聞かせたくて堪らなかったのだ。俺は一日中部屋にいるので隣人の生活サイクルが何となく分かるのだが、どうやら隣人は土日は家に居るらしい。この時は確か土曜の朝だったので、隣人は居たはずだ。これで隣人が管理会社へ連絡してくれることを願った。
回収した破片は未だに俺の部屋にある。夏までに捨てないと虫が湧きそうだ。
しばらく経つ。隣人が動く気配は無い。
俺はもう隣人が憎くて憎くて仕方が無くなっていた。一人で先走ったせいで人質になるヒロインより嫌いだった。
ベランダが開通してから急に、ゴキブリが出るようになった。完全に隣人のせいだと思った。出たときは夜で、もうコーナンが閉まっていたので、眠れぬ夜を過ごした。ムカついたので、外用のブラックキャップを隣人側のベランダ前に大量に並べた。
隣人は土日になるとカナヅチで何かを叩くのだが、仕切り板が破壊される前より五割増しでムカついた。
隣人のベランダに吊してある、下向きの洗濯ばさみがいっぱい付いてる小物用のアレが風でユラユラ揺れている影が、日差しの強い日だと俺のカーテンにチラチラ映ってムカついた。部屋の向き的に、俺の方にだけ映るんだ。この苦しみを貴様は知らんだろうなぁ!
俺は完全に意地になっていた。俺の方からは絶対に管理会社へ連絡しないぞと固く誓った。奴の分の破片に。
しばらく経つ。隣人が動く気配は無い。
そうこうしている内に、管理会社が変わった。その際封筒が送られてきていて、台風の被害状況についてのアンケートが含まれていた。直してもらう必要があって、今なら無料で対応するとのことだった。
ようやく修理のきっかけを得た。俺は“破損しているがまだ管理会社に連絡していない”にチェックを付け、返送した。隣人を思った。彼はどうしたろう。
しばらく経つ。隣人が動く気配は無い。
新しい管理会社から電話がかかってきた。おそらく仕切り板の件だ。
俺は敢えて電話に出なかった。俺が出なければ、隣人に話が行くはずだ。俺はインターホンの電源を切っているので、訪問でも連絡を取ることが出来ない。
勝利を確信した。
これは昨日の話だ。
携帯電話の番号から電話がかかってきた。基本的に俺は電話には出ないのだが、間の悪いことに、俺は求人に応募していた。休日なので、採用担当から直接電話が来たのかと思い、電話に出てしまったのだ。
その電話は、管理会社から委託された修理業者からだった。おそらく、あまりに連絡の取れない俺と隣人に業を煮やした管理会社が、アポまで業者に任せ、あまりに連絡が取れないのでわざわざ休日に電話をかけてきたのだろう。
俺は敗北した。
何故、何故なんだ。何故俺なんだ。いっつもいっつも。俺俺俺俺俺俺俺俺死死死死死死死死死隆隆隆隆隆隆隆隆隆――――――――
――――――――俺は春麗になっていた。
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