第5話 黒ずくめの男

 一つも取りこぼさないように感覚を尖らせアンテナをビンビンに張っている最近の俺が結婚式に行くと、情報量の多さに耐えきれずパンクしてしまう。なので大部分は既に失われてしまったが、かろうじて持ち帰った情報を考察していく。


 人の集まる場に出ると調子に乗り過ぎちゃう問題について。

 あれは誰だ? 本当に俺か?

 日々を硬派に生きている俺も、果てしなく軟派な男になってしまう“時”がある。気高きシルバーブレットがブラウンぶりっちょに成り下がるのだ。その“時”こそが人の集まる場に出たときなのだが、高みへ昇るため、今まで自覚はしていながらも放置していたこの問題に向き合わねばなるまい。


 何か違くね? この件はたっぷり語れそうだがやっぱ止めた。高みプロジェクトで俺が目指す高みは人間的高みではないし、面白くなさそうだから。というか、こういう思いを物語で伝える練習をすべきではないか? 第2話も第3話もアイデアを雑に消費してしまった。わざわざ俺の考えとして書かずとも、物語の土台として使えば良いだろう。パンツの話のように。

 というわけで、今から、そしてこれからも全て物語形式で書きます。フィクションなの!? ノンフィクションなの!? 今回のテーマは結婚式です。



私はグーしか出さないよ。それがジャンケンだろう?――byカヒロタラー・カガマナナジ博士


 目を覚ましてまず、身震いした。寒さではない。緊張だ。

 とうとうこの日がやってきた。今日は友人の結婚式に行かねばならない。“行かねばならない”か、嫌な言い方だ。言葉としては間違っていないはずだが、少しネガティブなニュアンスが含まれてしまっている。そんな気はなくとも、こういう言い方をしてしまうと、オタッキー達がインターネットアイドルの気を引くときのように「え? それって行きたくないってこと?ニチャァ」と絡まれてしまうので注意しなければならない。

 言い直すなら、そうだな――――今日は友人の結婚式に行く。シンプルにこれで良いだろう。言葉は飾らない方が無難である。


 と、起きて早々そんなことを考えていたので、前日までスーツで行くか私服で行くか悩んでいた俺だが、飾らぬ気持ちで私服で行くことに決めた。

 そもそも、冠婚葬祭はスーツ着用とは誰が言い出したのだろうか。誰が、何のために。目的があって手段があるわけだから、何かしらの目的のためにスーツ着用という手段を取ったのだろうが、その目的とは何だろう? 敢えてグーグルを使わずに考えてみる。


 パッと思いつくのは、「真面目ぶるため」だろうか。それとも、バレンタインなどでよく言われるような「業者の陰謀」だろうか。やはり現代を生きる若者である俺にはその程度しか思い付かず、結局俺にとって意味を持ちうる目的は浮かんでこない。元々の目的は分からないが、今現在スーツを着ることの目的になっているものは、大抵の人にとって「常識とされているマナーだから」や「周りから浮かないように」といった自分のための目的になっているのではないだろうか。相手ではなく自分に掛かる行為になっているように思う。


 人生に時々フラッと現れては全力で我々の足を引っ張っていく「常識、マナー、礼儀」この言葉達の目的は一体何なのだろう。

 これらは、複数人を同時に管理する際に便利な言葉だ。学校などが良い例だが、個人ではなく全体として人々を動かしたいときに、これらの言葉で制限することで、行動を管理しやすくなる。ああ、なんと前時代的なのだろう!

 本来我々が身につけるべきモノは常識ではなく善き心のはずだ。常識だから電車で奥に詰めるのではなく、奥に詰めると他の人が乗りやすくなるなという気持ちから詰めるべきなのである。だから奥に詰めない人間に対して常識という言葉でマウントを取るのは間違っている。我々は善き心で彼らに示し、啓発すべきなのだ。人を導くのは怒りではなく慈しみであるべきだ。

 清い心で考えてみると分かったのですが、相手を思う気持ちが服装に反映されて、正装であるスーツを着るようになり、皆がそう考えるものだからそれがいつしかマナーとなったのかもしれませんね。自分に論破された気分です。でも俺の正装はユニクロの1980円の茶色いパーカーなんだよ文句あんのか文句あるなら善き心で示してみろやボケ殺すぞ。


 というわけで、俺は私服で家を出た。スーツを持っていないのだから仕方ない、その分気持ちでカバーしよう、友人の新たな門出を全力で祝おう、そう思った。


 式場へと向かう道で、俺は迷子になった。何を隠そう俺は重度の方向音痴で、そのくせ入念な下調べを怠るので、初めて行く場所に真っ直ぐ辿り着けることは少ない。いつもこのパターンで遅刻してしまう俺だが、今日の俺はひと味違う。最近意識高く生きているため、多少迷子になっても間に合う時間に家を出ていた。自身の成長を実感した。

 迷ったからには道を聞かねばならない。普段迷っても絶対に道を聞かない俺だが、今日は友人を祝うことが何よりも重要で、常識からではなく、善き心から絶対に遅刻したくないと思っていたので、意を決して近くのおばさんに道を聞いた。決してパーカー男が式場に遅れて乱入することを恥ずかしいと思ったからではない。

「JRってこっちっすよね」

「あ、はい。そっちに真っ直ぐ行って突き当たりです」

「あぁ……」

 実に3ヶ月ぶりの、人との会話だった。このおばさんもビックリしたろう。道を教えてこんなに嫌な気分になるとは思わなかったはずだ。

 俺は「すいません」も「ありがとう」もすっ飛ばしてしまった。久しぶりの会話で、会話の基本が分からなくなっていたのである。これもやはり、常識を失していたのではない、善き心を失していたのだ。


 流石の俺も、いい加減気付いてしまった。スーツの件の気付きや、道を聞いた際の会話。つまりはそういうことなのだ。


 式場に着くと、案の定、黒ずくめの男達が待っていた。ブラウンぶりっちょの俺に為す術はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る