第4話 小説 不気味なパンツ

 マンションに備え付けられている共用のコインランドリーを使うと、前に使った人の小物が紛れ込むことがある。これはよくあることなので、洗濯機の後ろの窓の桟に、紛れ込んだのであろう靴下やタオルが、誰が指示したでもなく、置かれている。俺はここで自分の靴下が見つかったことがあるし、他人の靴下をここに置いたこともある。


 さて、これは俺が昨日洗濯したときの話だが、洗濯物を回収して部屋でハンガーに掛けていたとき、例によって、小物が紛れ込んでいるのに気付いた。紛れ込んだ小物は小さな布で、それはまさしくパンツであり、もっと言うとおパンティーであった。飾り気の無い白のパンツで、正面部分にレース(俺にパンツの知識は無い)がついたシンプルなおパンティーである。心臓が高鳴った。このドキドキは、意図していないとはいえ女性のパンツを手に入れてしまったという罪悪感と、性的な興奮両方であったように思う。親族以外の女性のパンツを、間近で、履いている物ではなくパンツそのものとしてまじまじ見たのはこれが初めてだったかもしれない。

 異常な興奮状態の中で、俺は、おそらく接合部であろう箇所にシミがあるのを見つけた。俺は女性の生理にまつわるあれこれについて全く知識が無いが、生理絡みでそういうシミが出来ることは何となく知っていて、もう一度言うが異常な興奮状態だったこともあり、迷うことなく匂いを嗅いだ。匂いはいわゆる腐卵臭というやつで、所謂オリモノという奴なのだろうと思った。

 

 ここで、俺は冷静になった。これでは変態ではないか。パンツを嗅ぐという行為の滑稽さによって、罪悪感と性欲のバランスが前者の方に傾いたのだろう。俺はパンツを所持していることが何よりも恐ろしくなった。


 冷静になった頭で考えてみると、このパンツのおかしさに気付く。何故かこのパンツは濡れていないのだ。

 前に利用した人のパンツが洗濯機に残っていた場合、俺の洗濯物と一緒に洗濯されているはずなので、パンツは濡れていないとおかしいのだ。実際、俺の他の洗濯物はまだまだ乾いていなかった。また、洗濯したにもかかわらずシミがついたままで、まあそれはそういうものだとしても、匂いまでバッチリ残っているのは、いささか奇妙に思えた。


 俺の頭に、様々な考えが浮かんだ。

「ドエロいお姉さんが、自分のパンツを俺の洗濯物に紛れ込ませたのではないか」

「ヤンキーがいたずらで、隣の洗濯機の洗濯物からパンツを取り出し、俺の洗濯機の方に紛れ込ませたのではないか」

「誰かが乾燥機を使おうとしたところ、乾燥機にパンツが入っていて、処理に困り、既に止まっていた俺の使っている洗濯機に入れたのではないか」

「乾燥機から洗濯物を引き上げた際にパンツを落としてしまい、そのパンツを拾った誰かが、既に止まっていた俺の使っている洗濯機に入れたのではないか」

「何者かが俺をモニタリングして笑っているのではないか」

「やはり、パンツが乾くのが早かっただけなのだろうか」

「このパンツは持ち主を探して彷徨う呪われたパンツである!」


 どれもイマイチしっくりこない。今にして思うとパンツを落とした説が一番可能性が高いのではないかと思うが、昨日の俺は、やはり冷静では無かったのだろう、ドエロいお姉さん説が最も可能性が高いと思ってしまった。なので、これはドエロいお姉さんからのプレゼントだと思い込み、我が物にしようと目論んだのだ。我ながら浅はかである。

 我が物としてしまえば話は簡単だ。今度は性欲に傾いた天秤が股間に熱を集め、早速致そうとするのだが、やはり、パンツの匂いを嗅ぐ俺が駄目なのだ。どうしても罪悪感が強くなり、誰も居ないにもかかわらず、何者かの視線を感じてしまう。致そうとし、止め、致そうとし、止め、繰り返す中で、とうとう俺は健全な男になろうと決心した。最後に息いっぱいに香りを吸い込み、手放す決心をしたのだ。

 俺の陰毛が付いてないか入念にチェックし、我々が紛れ込んだ物を置いているスペースに、誰も居ないのを見計らってパンツを返してきた。


 俺の後悔は、もはや言うまでも無いだろう。はたして俺は本当にパンツを返してきて良かったのだろうか?


 今日、コインランドリーの前を通ると、パンツは既に無くなっていた。持ち主の元へ帰ったのか、おっさんの手に渡ったのか。おそらく後者だ。そうとしか思えない。俺は、こうなることくらい想像できたはずだ。公衆の面前に晒されたパンツを持ち帰るなんて、持ち主本人であっても持ち帰り難いではないか。まして、そのパンツは、誰かが部屋まで持ち込み、ことによっては致したかもしれない代物だ。現に俺はその寸前まで行き、幾度も香りを吸い込んだ。そんなパンツを持ち帰ろうなどと思うだろうか。

 最悪なパターンは、持ち主がパンツを確認して持ち帰らないことを決め、次にその場を見たらパンツが持ち去られていた場合だ。自分のパンツが何者かに持ち去られているのを見たときの、彼女の心の傷はいかほどのものか!


 ああ、これは明確に俺の罪だ。あのパンツは、俺の洗濯物に紛れ込んだ時点で、俺の物にするにしろ捨てるにしろ、俺が面倒を見なければならなかったのだ。

 昨日、俺は最悪の選択をしてしまった。


 あのパンツが、装備を解除することは出来たので呪われてはいなかったにせよ、曰く付きの、不気味なパンツであったことを願うばかりだ。

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