親子の戦

 慶充と峰継は、いまだに戦っていた。

「よくも息子を!」

 峰継は近づいてきた篤英の取り巻きを、刀で薙ぎ払う。取り巻きは刀を飛ばされた。痺れ、刀の消えた手元を、信じられないとばかりに見つめている。

 動きを止めた相手の首筋に、峰継はもろに峰打ちを仕掛けた。ぐうっ、とみっともない音を上げて、相手は倒れる。

 峰継は、獣の目をしていた。獰猛に獲物を襲う獣のそれではなく、まさに子が襲われて猛る親の目だ。

「貴様も!」

 峰継は、取り巻きのもう一人に刀の柄を突き出す。動じていた相手は、もろに鳩尾に攻撃を食らった。倒れ、もう一人と同様に動かなくなる。

「もう二対一だ。諦めろ」

 慶充は自分の父親を引き止めながら、高らかに告げた。

 一乗谷で殴られるままだった頃と立場が逆転しているが、何も感じない。

「黙れ」

 篤英は目に焦りを浮かべながら叫ぶ。

 篤英が斬りかかってくる。見え透いた動きだった。慶充は半身を切ってかわしていく。

「この出来損ないがぁ」

 篤英が横振りを仕掛けてきた。慶充は大きく後ろに跳ねて、篤英から間合いを取る。

 峰継が、慶充の前に割って入った。

「このっ」

 峰継が刀を大きく振り上げる。篤英は刀で受けたが、背をのけぞらせてよろめいた。慶充がとっさに峰継の脇を抜け、篤英の足を蹴り払う。

「お前……」

 慶充に毒づきながら、篤英は地面に倒れ込んだ。起き上がろうともがいたところで、慶充がとっさに切っ先をその喉元に突きつける。父親の命は、自分に握られた。

「そこまでだ」

 父親を見下ろしながら、慶充は言い放つ。

 篤英は、慶充の意図を探っているのだろう。罵るのでもなく、慶充の目をじっと見つめている。

 だが慶充には殺意はなかった。

 おとなしくしてくれるのならば、それでいい。

 峰継もまた、篤英の胸元に刀を突きつけた。とどめを刺さないのは、慶充の父親だからという恩情だろう。

 他の二人も殺さなかっただけ、ましなのかもしれない。佐奈井に手をかけようとしたことに対する峰継の怒りは、すさまじい。

「これ以上妙なことをするなら、こちらにも考えがある」

 刀を寸分も動かさず、慶充は言い放つ。

「……出し抜いたつもりか、こわっぱめ」

 篤英が横になったまま、不気味に口角を吊り上げる。視線が慶充から別の方向を向いた。

 慶充はとっさに視線を追う。

 取り巻きの一人が立ち上がろうとしていた。峰継が鳩尾を打って倒した者だ。痛む腹を押さえながら、峰継と慶充を睨みつけている。手放して地面に横たわっている刀を拾い、そして切っ先をこちらへ向けてきた。

 戦場に立てなくなった男と、父に二度も歯向かった少年。遅れを取ったことに対する屈辱がその目に潜んでいる。

 警戒がその男に向かっている最中、篤英が身を転がした。慶充と峰継の足元から離れ、立ち上がる。

 慶充がとっさに刀を突き出すが、篤英は刀を振り上げた。勢いに負けて、慶充の刀が上を向く。胸や腹ががら空きになった。

 ――しまった。

 とどめを刺されてもおかしくない隙。しかし篤英は、斬りつけてくることはなかった。代わりに左足の脛を蹴ってくる。

「――っ」

 左足の鋭く重い衝撃に、慶充は後ずさる。かろうじて転倒する前に踏みとどまった。

 篤英は駆け出した。

「待て」

 慶充が声を飛ばす。追いかけようと足を踏み出したが、地面を蹴ると左足がずきりと痛んだ。

 よろめいた慶充の背が軽く叩かれた。脇を走り抜けた峰継だ。

「私が追う」

 峰継は刀を抜いたまま、篤英の後を追いかけていく。

 篤英が佐奈井や香菜美を見つけたら、何をしでかすかわからない。だが、今は慶充に任せたほうがよさそうだ。佐奈井と香菜実も、上手く身を隠せているはず。

 それよりも――

 慶充は、その場に残された篤英の取り巻きを見つめた。峰継に鳩尾をやられた敵は、再び刀を構えていた。さすがに痛みで、上手く走れないのだろう。篤英や峰継を追いかけようとしない。

 いや、

 自分を捕らえるためか。

「父上はなぜ香菜実にこだわる? 私さえ連れ戻せればそれでいいのだろう」

 桂田長俊を守る必要がある、と篤英は言っていた。その長俊に対する民衆の不満は大きいし、朝倉の旧家臣同士での対立も、陰で大きくなりつつあるという噂だ。

 いつ、民衆が蜂起してもおかしくないほどの――

「決まっているだろう。娘もこの地に置いておけば危険だからだ」

 その男は、慶充を半ば嘲るように言った。

「何が起こってもおかしくない状況。しかもここはなじみのない土地。万が一の事態が生じたとして、妹を巻き込むつもりか?」

 嘲っている裏で、何か焦りを感じた。

 いなくなった父に、問い正したいことがたくさんある。

 この地で、何が起こるのか。

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