刃は再び向けられて

 慶充よしみつに命令を拒絶された。篤英あつひでは片方の眉を上げる。

「何だと?」

 鬼気迫る声だ。今にも怒鳴りそうな。

「父上に従うことはできない」

 慶充は平然としていた。

 取り巻きの男二人も、驚き、目を見開いている。

 ――家や主君のためならばあらゆる命令を聞き入れるはず。

 ――そのように教えを受け、育ってきたのだから。

「ふざけるな」

 篤英が怒鳴った。すでにその右手は、腰に差している刀に添えられている。

「ふざけてはいない。香菜実の身が危うくなるかもしれない。そんな場所へ赴けるものか」

 慶充の声も負けてはいない。篤英が放つ陰湿な空気すら押し返すほどだった。

 佐奈井は、慶充の様子にほっとする。


 だが次には、篤英の目が佐奈井さないのほうを向いた。

「……こやつがいるからか?」

 佐奈井を見つめたまま、篤英は言う。

「こやつを消せば、貴様も香菜実かなみも戻る気になるというのか。そういえば、さっきの無礼。汚い手で儂を掴んだこと、見過ごすわけにはいかぬな」

 佐奈井は、篤英から殺気を感じた。

 慶充もまた、すぐにそれに気づく。

「よせ。佐奈井に手を出すなら、今度は刀を向けるだけでは済まなくなる」

 慶充の警告に、むしろ篤英の殺気は強まった。

「垂井で儂に刀を向けたこと、まったく改心していないようだな。いい機会だ」

 篤英が刀に手をかけた。一気に抜く。悪意に満ちた刀身が、鈍く輝いた。

 峰継が、篤英に駆け寄った。

「何をする」

 篤英が峰継に向けて刀を振り降ろす。だが峰継は、寸でのところでかわした。篤英の手首を掴み、自由を奪う。

「慶充!」

 峰継が声を飛ばす。すでに怒りに満ちていた。息子に手をかけようとする者への怒りだ。

 慶充はとっさに家の中に戻った。

「何をしておる? 早くその小僧を斬れ!」

 篤英が声を飛ばす。取り巻きの男二人もまた、慌てて刀を抜いた。佐奈井に切っ先を向ける。

「佐奈井、こっち。父上から離れて」

 香菜実がとっさに佐奈井の手を引いた。家のほうへと寄っていく。

 慶充が、峰継の刀を持って、出てきた。

「峰継」

 峰継に合図して、刀を投げる。

 峰継は篤英の手を放し、飛んでくる刀を掴んだ。佐奈井と香菜実の前にかばうようにして立ちはだかり、そのまま刀を抜く。

 慶充もまた刀を抜いた。峰継と慶充は隣同士に立ったまま、それぞれの切っ先を篤英に向ける。

「また刀を向けてきたな」

 篤英が毒づく。

「先に刀を向けたのはあなただ」

 もはや慶充は、篤英を父とは呼ばなかった。

 たとえ肉親でも許されない所業を、篤英は犯そうとしたから。

「ふざけるな」

 篤英が刀を振り上げた。息子であるはずの慶充に斬りかかる。慶充は冷静に受け止めた。

 金属同士がぶつかり合う虚しい音が周囲に響き渡る。

 取り巻きの二人が援護するように、峰継に斬りかかった。

「このおぉぉぉ!」

 峰継は刀を振り上げて一人の刀を振り払い、続けてもう一人の腹に蹴りを加える。取り巻き二人はどちらもよろめき、腹を蹴られたほうはもろに地面に尻をついた。

「父さん!」

 峰継の右足の古傷を心配して、佐奈井は叫んだ。

「佐奈井、お前は香菜実を連れて逃げろ」

 峰継が声を上げた。古傷が痛んだのか、かすかに声が震えている。だが力強い声はそのままだった。

「おのれ成り下がりの分際で」

 篤英が悪態をついて、峰継に襲いかかる。峰継は半身を切ってその刀をかわした。そのまま篤英と鍔迫り合いになる。低くうめきながら、篤英を押していく。

 篤英は後退しながら、信じられない、という顔をしていた。

 篤英は、峰継の息子に手をかけると宣言した。峰継の怒りが刀に宿って、篤英を圧倒していく。

 佐奈井は我に返った。とっさに香菜実の手を取る!。

 今は香菜実も危ないのだ。

「行くよ」

 香菜実の手を引いたまま、佐奈井は駆け出した。篤英やその取り巻き二人を大きく迂回し、その動きを警戒しながら、家から離れていく。

 篤英は佐奈井を追おうとした。すると慶充が牽制の突きを仕掛け、その足を止める。

 待て、という篤英の声を聞いたが、佐奈井も香菜実も止まることはなかった。

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