望まなかった再会

 家の前に知らない男が三人いた。慶充よしみつと同じように、破れ目のないしっかりとした着物をまとい、袴を着けている。そしてそれぞれの腰には刀が差されていた。

 ただの人ではない。佐奈井さないもすぐに察した。

 そしてそのうちの一人が、佐奈井たちに目を向ける。

「……父上」

 香菜実かなみがつぶやいた。

 想定しなかった言葉に、佐奈井の血の気が失せていく。

 かつて慶充に狼藉を命じ、逆らった罰として乱暴を働いてきた男。織田信長の軍勢が一乗谷に侵攻する直前、北近江での戦に発って、行方知れずになったはずだ。佐奈井自身、慶充と香菜実の父親は死んだだろうと思っていた。

 それがどうして、こんなところにいる?

「香菜実、生きていたのか」

 そばにいる佐奈井など見えていないように、男は声を出す。そして歩み寄ってきた。

「慶充はどこにいる? あれも生きているのだろうな」

 香菜実に対して問いかける。父親の高圧的な態度に、香菜実は言葉を失っていた。手が震えている。

 肉親との再会に喜んでなど、ない。

 ――この男は本当に、慶充に乱暴を働いてきたんだ。

 佐奈井はすでに、男を警戒していた。

 ――父上の名は、篤英あつひでだ。そこまで教えても意味がないがな。

 佐奈井はかつての慶充の言葉を思い出す。この男が、篤英。

「あんた、誰なんだよ」

 佐奈井は篤英の名を知っていて、あえて尋ねた。

 篤英は佐奈井の問いかけに応じなかった。勝手に佐奈井たちの家に近づいていく。


「慶充はここにいるのか? 粗末だな」

 家に向かいながら、篤英は独り言をつぶやいている。

「あんた、勝手に近寄ってくんなよ」

 躊躇する仕草もない篤英の背に向かって、佐奈井は大声を出す。

 だが篤英には、威嚇など無駄だった。足を止め、背後の佐奈井をじっと睨みつける。

 穀物を食い荒らす鼠でも見るかのような目だった。あからさまな嫌悪を感じ取って、佐奈井は身が固まりそうになる。

 篤英が何か言おうとした。

「どうした、佐奈井?」

 峰継みねつぐが外の慌ただしさに気づいてか、外に出てくる。

 そして篤英と目を合わせた。

 峰継は、篤英を見て足を止めた。警戒している。

 ――父さんも篤英を知っているのか?

 佐奈井は思った。

「……峰継か」

 篤英がつぶやく。峰継を軽蔑していた。

「死に損ないが。そこに慶充がいるのか」

 父は答えない。

「ここに」

 慶充が、峰継に続いて外に出てきた。

「ご存命でしたか、父上」

 慶充は臆する様子もなく、声を出す。

 だめだ、と佐奈井は思った。慶充がこの場に出てきてはいけない、と心の中でわめくが、言葉にできない。せめて香菜実を篤英と取り巻きの男から引き離したいが、足も動かなかった。

 変な動きをしたら、篤英に何をされるかわからない。

「お前は、このような場所で何をしている?」

 慶充にもまた、生き別れた肉親と再会したとは思えないほど、冷たい言葉を吐きかけた。生きていたことを喜ぶのではなく、長きにわたって音沙汰がなかったのを詫びるのでもなく。

 篤英はあえてか、沈黙を保っている。慶充も黙ったままだ。

「殿は最後まで抵抗なさろうとして、そして腹を切った。どうしてお前は生き長らえている? 殿が馳せ参じて付き従うべきだったろう」

「もし殿と同行していれば、香菜実が危なかった。ここにいる者たちも……」

 篤英がずかずかと慶充に詰め寄った。胸倉を掴む。

「たわけ。主君を裏切ったな。香菜実を出汁にして、貴様はただ死にたくなかっただけだろう」

 それで、佐奈井は怒った。篤英の背を掴む。篤英の取り巻きが、おい、とそれぞれわめく。

「おい、それ以上しゃべるな」

 篤英は振り返り、佐奈井を見て、ぎょっとしたらしい。農民の身なりをした子に着ている物を掴まれた。

「慶充は香菜実を守っていた。そんな言い方をされるなんて変だ」

 よせ、という慶充の声も聞こえない。

 篤英の目に怒りが浮かんだ。

「黙れ!」

 篤英が慶充を放し、佐奈井の足を蹴り払った。佐奈井は倒れ、背を打った。

「―――うっ」

呼吸が詰まるが、篤英の顔から目を離さない。

 ――醜い顔だ。

 痛みに耐えながら、佐奈井は思う。峰継と違って優しさの微塵もない。

 次には、篤英とは別の手に掴まれていた。乱暴に後ろへと引きずられていく。

「貴様、何をしている?」

 佐奈井を引きずった篤英の取り巻きがわめく。佐奈井は、取り巻きの男が拳を固めるのを見た。

 ――殴られる。

 しかし、その拳が振り下ろされることはなかった。峰継が、取り巻きの拳を掴んだからだ。ひねり上げて、取り巻きの男が痛みにうめく。

「息子への乱暴はよしてくれないか」

 そう言って、峰継は取り巻きの手を放した。佐奈井のそばにかがみ込んで、半身を起こし、打った背をさすっていく。

 足を蹴られ、背を打ったせいで、佐奈井は動けない。しばらく立てそうにないが、それでも、痛みが楽になっていく。

「ここに来たからには何か理由があるのだろう」

 峰継が佐奈井に寄り添ったまま問いかける。篤英は眉間に皺を寄せたまま、

「成り下がりの峰継か。足をやられて戦場に立てなくなった」

 侮蔑した。そして、

「単純だ。慶充と香菜実を連れ戻しに来た」

 ――今さらかよ。

 佐奈井は罵りたかったが、息が詰まっていて声も出なかった。しゃべれたら、罵っているところだ。

 今までずっと、慶充を虐げ、香菜実を怯えさせた上に、放置していたくせに。

 当の慶充は、香菜実の隣にいた。相手は自分の父親だというのに、香菜実は怯えていて、慶充は彼女をかばおうとしているみたいだ。

「一乗谷に帰れ」

 慶充に向かって、篤英は当然のごとく命じる。

「兄上たちはどうなったのですか」

 命令に対して、慶充が質問で返す。

「皆が死んだ。織田信長の追撃にあってな。家の者で生き延びているのはお前たち二人だけだ」

 だから、慶充らを連れ去ろうというわけか。

「断ることは許さない」

 篤英はさらに言う。

 佐奈井の痛みが和らいで、呼吸も楽になってきた。

「……だめだ」

 やっとの思いで口を開く。

「今、一乗谷に戻ったら、何に巻き込まれるかわからない」

 さっき頼孝から不穏なことを聞いたばかりだ。ここらの民は、もうすぐ蜂起する。殺到するとすれば、一乗谷だろう。

「だからだ」

 篤英は平然と答える。

「一乗谷で長俊様を守り、有事の際に備える。当然だろう。儂の息子ならば、それくらいはしてもらうぞ、慶充」

 長俊――桂田長俊のことだ。佐奈井は、普段から大人の噂話を聞いているから、その名を知っていた。かつては朝倉義景の家臣で、前波長俊と名乗っていた。だが突如として、織田信長の軍勢に寝返った。

 長俊は先日の織田信長による越前侵攻の際、道案内をした。その功績を認められて、越前を統治している。前波長俊から桂田長俊と名を改めたのも、この時だ。

 つまり慶充の父篤英は、かつて裏切った家臣に仕えているということだ。

 変だ、と佐奈井は思った。さっき篤英は、慶充が君主である朝倉義景の元に馳せ参じず、滅び行く様を見守るだけだったのを非難したはずなのに。

 ――慶充の父親に、何があった? こいつらは何をしようとしている?

「……断る」

 慶充の言葉が、はっきりと響いた。

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