敵同士で
落ち着けないのは、同じ屋根の下に駿岳がいるからだ。
隣で横になっている
隣の佐奈井が、唐突にうなった。苦しそうで、慶充は思わず身を起こす。
同時に、峰継も起き上がった。
「また悪い夢を見ているな」
峰継がつぶやきながら、息子の背に手を当てる。
「仕方がない。こんな状況が続いて、神経をすり減らしているんだ」
慶充は言って、佐奈井の手を取った。刀の稽古でよく豆をこしらえた手が、弱々しく震えている。
「ああ。日中は、元気そうにしているんだがな。何かと無理をする子だから」
峰継は佐奈井の頭を撫でる。父の大きく優しい手に、佐奈井の震えがおさまり、寝息が落ち着いてきた。
峰継は、立派な父だ。
佐奈井の手を取ったまま、慶充は笑みを浮かべる。
「……まだ起きているのか」
「何か用か?」
慶充が駿岳に応じる。
「慶充と話がしたい、と思っただけだ。できれば峰継とも。他の者に聞かれたくないから、外に出てだ」
三年前のこと、だろう。
「わかった」
慶充は佐奈井の手を放し、立ち上がった。
「俺は、しばらくここにいていいか。息子の様子を見たい」
「構わない」
月明かりの中で、慶充と駿岳は外に出た。兵たちは、宿を見つけて落ち着いたのだろう。出歩く者は一人もいない。
「……三年前の礼は、まだ言っていなかったな」
駿岳は話し始めた。
慶充は、呼吸が苦しくなるのを感じた。
「……礼を言われる筋合いはないはずだ」
三年前、家族を助けると約束しておいて、駿岳の妻が殺された。
「だが息子は助かった。お前が作ったあの一瞬で」
「その息子、
不躾だ、と慶充は思う。気軽に尋ねていいことではない。だが駿岳は気にしていないらしかった。
「もちろんだ。そして初陣を迎えている。別行動をとっているがな。若すぎるゆえに、敵地の奥深くへの同行は許されなかった」
当時の亮は、今の佐奈井くらいの年頃だった。兵になっていてもおかしくない。
「息子の名を覚えているということは、妻の名も覚えているのか」
「ああ」
顔も、今でも思い出すことができる。
三年前、慶充の目の前で殺された兄の死に顔はよく覚えている。刃を向けた自分を咎め、顔を歪めた父の様子も同じだ。だがそれよりも、彩愛の顔を夢に見ることが多かった。彼女の短い悲鳴を思い出しては、苦しい夜を過ごし、香菜実に心配されながら目を覚ましてきた。
「妻を覚えているだけでも充分に、報われるというものだ。……では本題に入るか。なぜ、私を殺そうとしない?」
「殺す?」
「三年前のあの時、私が手をかけた者の中には、お前の兄がいたんだろう」
――兄上、やめてくれ。
確かに慶充は、あの場でそう叫んでいた。
「仇を討つ機会ではないのか」
「仇討ちなどしている場合ではない。そんなことをすれば、佐奈井や園枝さんたちの立場も危うくなる」
「兄の恨みはまったくないというのか」
「兄の行動はとても許されないものだった」
同じ釜の飯を食べ、共にすごした兄を失ったのは惜しいし、兄の死に泣く香菜実を見るのもつらかった。
だがその兄は、咎められるいわれもない民に手をかけようとした。
恐らく兄は、彩愛だけではなく駿岳も、さらには子どもの亮も殺めようとしたはずだ。息子を守ろうとした駿岳の行動は理にかなっているのに、どうして仇とみなすことができよう。それは、身勝手だ。
戸が開いた。中から峰継が現れる。
「佐奈井は?」
慶充は尋ねる。
「落ち着いてきた。で、何を話していた?」
「過去のことだ。峰継さん、この人を覚えているか」
峰継は、じっと駿岳を見つめていた。
「覚えている。三年前のあの時、あの場にいた」
やはりだ。
「佐奈井という少年は、お前の息子だな」
駿岳の問いかけに、ああ、と峰継はうなずいた。
「私の目の前で慶充をかばってできた足の傷は、相当に深かったはずだ。足の動きが不自然なのは、あの時の傷によるものだろう。よく息子を守れたな」
「息子に助けられてきた、と言ってもいい。戦場には立てなくなったが、佐奈井がいたがために、田を耕すことができた」
「自慢の息子というわけか」
「そういうことになるな」
峰継は淡々と話している。
駿岳の目には、穏やかならぬものがある。落ち着き払った顔の皮一枚下に、憎悪が潜んでいた。頼孝の家に立ち入った時からずっとそうだ。
峰継は駿岳の内に潜む悪意に気づいていて、動じるつもりはないと態度で示していた。
物音が聞こえて、峰継と慶充は振り返った。閉めたはずの戸がかすかに開いていた。戸の裏に潜んでいる誰かが開けたのだ。
「誰だ」
峰継が声をかける。戸を開けた者は、観念したのかもしれない。戸を大きく開いた。
佐奈井だった。
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