三年越しの再会

 兵たちは散り、それぞれ宿になる家を探していく。

 野宿でも構わない、というのが駿岳しゅんがくの本心だ。これまでの進軍と同様、道端の木陰で夜を明かすことは何度もあって、慣れている。それに進軍先の民家を宿にした場合、その家の住人に寝首をかかれる心配もあった。

 だが兵たちは、連日夜に這いまわる賊や獣を警戒しながら道端で眠り、移動に移動を続けてきた。さすがに屋内が恋しいのだろう。次々と適当な民家を見つけては、中に入っていく。

 駿岳は一人で歩いていたが、ふと奇妙な声に気づいた。

 男の怒鳴り声だ。戦の最中のような威勢がある。だが今は戦闘など起こっていないはずだ。

 駿岳は走り、道の角を曲がった。

 甲冑をまとった兵が、子どもの胸倉を掴み上げている。男の子だった。胸倉を掴む兵の手を、小さな手で掴み返している。すぐそばには地面に手をついた子どもがもう一人いて、こちらは女の子だった。

「わざとぶつかったんだろう。押し倒すの見ていたんだぞ」

 掴まれている少年は、足が半分宙に浮いている。だが、その目にはあからさまに反抗の光があった。

「小僧は黙れ!」

 兵がまた怒鳴った。今にも斬り捨ててしまおうとするような気迫だ。少年の反抗的な目はそのままだが、手が震えている。

「いいよ、佐奈井さない。私が不注意だったから」

 少女は必死で佐奈井と呼んだ少年をなだめている。立ち上がろうとしないのは、腰が抜けたからか。

 兵は少年の体を投げ捨てた。少年は短い音を上げて地面に倒れる。

 兵は少年を見下ろしながら、刀の柄に手をかけた。

 まずい、と駿岳は駆け出す。

 だが駿岳の他に、もう一人、駆けつける者がいた。その者は素早く兵に肉薄すると、刀を抜こうとする手を掴み、止める。

 すぐ隣に何者かが入ったことに、兵はぎょっとして、その顔を見つめる。若い男だ。

 駿岳も、割って入った者の顔を見て、足を止めた。

 ――密かに探していた者の顔の面影がある。いや、その者だ。

「やめてくれ」

 若い男が声をかける。

「貴様、どういうつもりだ。斬られたいのか」

 兵が声を荒らげる。乱暴に手を振りほどき、後ろに跳んで距離を取った。刀の柄に手をかけたまま、今度は殺気を若い男に向けている。

「この二人はただの子ども。一方的に斬りつけるのは、無慈悲ではないのか。それとも戦に勝ったなら、無関係な者への乱暴も許されるとでも」

 若い男は冷静だった。

「生意気を言うな」

 兵が威嚇する。

 駿岳は、再び足を動かした。

「そこまでだ」

 駿岳は声を上げる。兵は驚愕の目をこちらに向ける。

 威張り散らしているが、子ども相手に刀を抜こうとするなど、気弱な兵なのだろう。あるいは、進軍続きで鬱憤がたまっていたのか。

「ここの住民に対しては乱暴を働いてはならない。命令を忘れたか」

 若い男は、駿岳の姿に冷静だった瞳が揺らいでいた。駿岳は、気にしていないふりをする。とにかく、目の前の兵を落ち着かせるのが先だ。

「この者たちを手にかけるというならば、見過ごすわけにもいかない。然るべき手段に出るが」

 兵は、何も言い返さない。くそが、と悪態をついて、無言のままその場を去っていった。


 少年は思い出したように、立ち上がった。少女の手を取って、立ち上がるのを助けている。

 駿岳は若い男と向き直った。

「お前は、慶充よしみつか」

 あえて名を尋ねる。そばにいる子ども二人が、驚いた目を若い男に向けた。若い男はうなずく。

「駿岳か。このような場所で会うとはな」

 若い男が、こちらの名を言い当ててくる。やはりこの者は慶充だった。

 しかもこちらの名を覚えているということは、も覚えているのだろう。

「慶充、どういうことだよ。知り合いなのか」

 佐奈井という少年が、慶充に尋ねている。動揺からか拳を握っていた。

 本来ならば、慶充と自分は敵同士という立場なのだ。知り合っているはずがない。

「こちらに敵対するつもりはないし、慶充に怪しむべき事情はない。変に疑うのはやめてくれ」

 とりあえず、佐奈井と少女に告げる。そうだろう、と慶充とも目を合わせた。

「ああ、たまたま知り合った、それだけだ」

 慶充は平然としているようで、指先がかすかに震えている。駿岳を恐れているように。

「慶充、ここで会うことすら想定していなかった」

 駿岳は駿岳の動揺に気づかぬふりをしていた。

 ――あり得ないはずの再会が、かなってしまった。

 ふと駿岳は、奇妙な点に気づいた。朝倉義景の旧家臣は、すべて捕虜として景鏡の居城にいるか、殺されたはず。

「お前は確か、朝倉義景の家来だったはずだ。なぜこのような場所にいる」

 駿岳は尋ねて、安易な問いをしたことに気づいた。難しい事情を抱えているはずだ。答えられるはずが……。

「とうに見限った」

 慶充があっけなく答えてきた。

「もし殿と同行していれば、戦に巻き込まれて討ち死にするだけだ。現にお前たちが来る前に、殿に従っていた家臣も大抵が殺された」

「簡単に裏切りができるお前には見えないが」

 慶充は、そばにいる少女の頭に手を載せた。

「妹の香菜実かなみだ。そちらの子は佐奈井。弟というわけではないが、顔見知りで、面倒を見ている」

 そういうことか、と駿岳も納得した。

「確かに、お前らしい。もし君主に従って討ち死にというなら、その二人も巻き添えになる。こんな子どもが、今回の騒動に巻き込まれる理由はない」

 佐奈井と香菜実が互いに目を合わせている。

「それで、慶充、これからどうする?」

「この二人は必ず生き長らえさせる。それだけだ」

 具体性がないということは、先の見通しができていないということだ。今の慶充たちは根無し草も同然なのだろう。

「私はそろそろ去る。もし必要なら、力を貸すつもりだ。かつての恩を忘れるつもりはないのでな」

「あんた、一体何者なんだ? 恩ってどういうことだよ」

 佐奈井が尋ねてくる。

「言われただろう。たまたま知り合っただけだと。それに恩というのは他愛のないことだ。……私はこの男に、助けられたことがある」

 慶充の手の震えがぴたりと止まった。何か言いたそうだ。

 だが駿岳は、三人に背を向けた。離れていく。

「また会うのか」

 佐奈井がさらに尋ねてきた。

「たぶん、すぐにな」

 駿岳は振り向きもせずに答えた。

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