裏切りの家臣に蔑視は注がれる
「これでなおのこと、楽になったな」
報せをもたらした兵がそう言った。
「確かにな」
駿岳はさりげなく言いながら、刀を確かめていた。刃には欠けも歪みもない。今すぐ戦になっても、問題なく戦えそうだ。
「大野郡で敵将の首を受け取って、我々は近江へ蜻蛉返りというわけだ。次は浅井長政の討伐か」
「そうなる」
「ぶっきらぼうだな、貴様は」
「戦で先に死ぬのは、決まって状況を楽観視する輩だろう」
駿岳に言われて、その兵は口をつぐんだ。思いがけず不意を突いた恰好になって、駿岳は自分のほうが遠慮してしまう。
「この先で戦になることは考えられないがな」
言って、その兵は笑った。
「そうだな」
駿岳は、刀を軽く振ると、鞘にしまった。
足羽川のせせらぎが、妙に心地よかった。
進軍は続く。やがてちょっとした峠を越えると、駿岳のいる軍隊は広大な盆地にさしかかった。ここが、大野郡だろう。朝倉義景が最後の決戦に挑むはずだった地。
五千の兵が動いているのだ。朝倉の勢力に抵抗する意思があるならば、すでに城から兵が出て、こちらへ迫っているだろう。だが見渡す限り、敵兵らしき勢力がこちらに向かってはいない。
本当に朝倉は投降するつもりらしい。
警戒する必要はない。武器の手入れが無駄になってしまった。
駿岳らの部隊は、ただ進軍を続ける。ゆっくりだが、止まることはない。ただ、盆地に点在する家々の近くでは、ここの住人たちが見つめてきている。彼らは怯えているようであり、疲れているようでもあった。
そういえば、ここの人の数は、建物の数の割に少ないように見える。
「おい、あれは何だ?」
隣にいる兵が尋ねてくる。彼が指差している先は、朝倉景鏡の潜む城ではなく、ここから北西の方角だった。人の群れが、盆地の道を進んでいる。数はこちらと同じくらいだ。
「
そう、景鏡からの使者から言伝があったという。大野郡より北の一帯に多くの僧兵を抱える平泉寺も、朝倉義景を見限った。
「このままだと、城周辺で鉢合わせになりそうだ」
「戦闘にはならないはずだ」
駿岳はその兵に言って聞かせる。
「どのみち連中は、強いほうにたなびく。我々に弓引く真似をすれば、後でどうなるかは知っているし、そうまでする度胸があるとも思えない」
城に近づいても、囲んでも、城から矢が飛んできたりすることはなかった。
やがて城門から、朝倉景鏡らしき人物とその取り巻きが出てくる。
「主君を裏切った軽率な輩が、のこのこと出てきたぞ」
駿岳のそばにいる兵が陰口をたたいた。
「今は静かにしておけ」
駿岳は声を飛ばす。
だが、この場にいる味方全員が、朝倉景鏡を蔑んでいるだろう。旗色が悪くなったという理由で、朝倉義景を討ち滅ぼした。そのような連中が、信頼されるはずがない。
きっとあの朝倉景鏡も、いずれ何らかの形で自らを滅ぼすだろう。
「それで、これからどうなる?」
隣にいる兵が問いかけてくる。
「越前に長居することはないだろう。皆が思っているように、すぐ近江に引き返すことになる」
北近江の
「それより、今は宿を気にしたほうがよさそうだ。民家は多くあるし、泊まることになる」
日も傾きつつあった。
「そうだな」
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