頼孝の家で

 一人で暮らしているらしい頼孝よりたかだが、世帯が急に増えたことに対してとやかく言ってくることはなかった。いつこの地が織田信長の軍勢に攻め込まれるかわからない以上は、細かいことに気をとらわれてはいられないのかもしれない。

 とにかくその日は、持ち寄った食料を分け合って、少しばかり腹を満たした。

 その間、佐奈井さないはよく動いていたと、峰継みねつぐは思う。着いたばかりだというのに、日中は水汲みに出ていたし、薪が不足すると、やはり調達に出ていった。

 だからだろう。夕餉を終えると、佐奈井が眠たそうに目をこすった。横たわって寝ようとしないのは、他人の家にいるという遠慮ゆえかもしれない。

「佐奈井、もう寝たらいい」

 峰継はそっと息子に言った。

「頼孝さん、息子を休ませてもいいか?」

「なぜ尋ねる」

 頼孝は囲炉裏の火を見ながら、どうでもよさそうに言った。

「好きにしたらいい。どのみちこれ以上の無理はさせられんよ。他の者も気を遣うな」

「だそうだ。佐奈井、もう休んでもいいだろう。今日はよく動いた」

「うん」

 佐奈井はそのまま横になった。峰継は乱れた息子の髪をそっと撫でて整える。頼孝が言ったとおり、佐奈井はよく働いてくれた。父親である自分が動こうとすれば、とどめようとすらして。

 佐奈井はたぶん、自分の足の古傷を気にしていたのかもしれない。三年前に足を負傷して以来、長距離の移動はしたことがなかったし、賊と戦う場面もあった。実際、足の古傷が痺れてきている。

「頼孝さん、私らを受け入れてくれたのは、感謝している」

「気を遣うなと言っただろう」

 頼孝は素知らぬ顔のままだ。

「受け入れたのは、やはり護衛のためか?」

 峰継は尋ねた。

「刀の扱いには手馴れているのだろう。園枝そのえから話は聞いている」

 ということは、古傷のことを知られないことは都合がいい。この場所にいさせてもらえる。

「峰継さんも、そろそろ寝たらどうだ?」

 そう言って、頼孝は囲炉裏の薪を抜きにかかった。

 慶充よしみつも、香菜実かなみを寝かしつけている。

「香菜実も寝たらいい」

「うん、おやすみ」

 昨晩と同じく、床の上に寝ることになるが、峰継にはどうでもよかった。自分も横になり、佐奈井の寝息を聞いているうちに眠りに落ちる。


何もないまま次の朝を迎えた。兵が押し寄せて民家に放火することはなければ、戦が起こることもない。静かだった。変わっていることとすれば、相変わらず一乗谷から逃れてくる者がいるくらいだ。

「身のまわりのことはやれるから」

 起きたばかりの佐奈井は、昨日の疲労があるだろうに、そそくさと外に水汲みに出ていった。戻ってくると、頼孝の炊事を手伝いにかかる。

「佐奈井、昨日の薪があるだろう。くべていってくれ」

「わかった」

 佐奈井は土間に下りて、積み上げられた薪を抱えられるだけ抱えた。戻ってくると、せっせと火の中に薪を放り込んでいく。香菜実は囲炉裏のそばで野菜を切り始めた。頼孝はそれを、湯を張った鍋に入れていく。

 だが佐奈井は、やはり昨日の疲れが残っているらしかった。痛むのか、薪をくべながら、昨日まで酷使していた足をさすっている。

「佐奈井、代わるか」

 無視するわけにはいかない、と峰継は息子に近寄った。

「いや、いい。このままやらせて」

 佐奈井は大きな声で押しとめてくる。昨日と同じだ。また無茶をして、と峰継は呆れたが、後ろから肩を掴まれていた。慶充だった。

「峰継さんは休んでいたほうがいい。いざという時に万全でないといけないだろう」

 慶充は言って、古傷があるほうの足を軽く叩いてくる。

 峰継の足の古傷は、いまだに痺れていた。足を引きずるほどではないが、やはり歩くだけでもつらい。慶充は、さすがに峰継の足の不調に気づいているのだろう。

「でも、疲れているのに無理させるわけにはいかないわね」

 園枝そのえが、佐奈井や香菜実のそばに寄った。

「どいて、佐奈井はゆっくりしていて。香菜実も」

「でも」

「佐奈井、あんたが無茶をするから、香菜実まで引きずられているだろう」

 叱られた。しかも香菜実の名が出されたら、返す言葉もないらしい。

「ごめん」

佐奈井は香菜実に謝って、しぶしぶ囲炉裏から離れた。

「私も手伝わないとね。叔父さん、代わるから」

理世も囲炉裏のそばに寄った。頼孝に代わって、煮える鍋の中を見始める。

「怪我人はそのままじっとしていて」

 理世がいたずらっぽく声をかける。香菜実がくすっと笑った。

「誰が」

 慶充が苛立った声を出す。

 足軽として戦場を駆けまわっていた慶充を、理世が怪我人と呼んだことがおもしろくて、峰継も笑いをこらえる羽目になる。

 そうしているうちに、だいぶ鍋の中身が煮えてきた。園枝が木椀に煮物を注いでいく。

 朝餉を済ませると、後片付けも園枝や理世りせがやってくれた。

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