園枝と理世

 理世りせという娘は、土間に並ぶ普段よりも多すぎる履物の数に気づいたらしい。足音が止まった。

「そのまま上がって」

 園枝は声を飛ばす。

 理世は言われたとおり、土間から上がった。襖を開けて、その場にいる見知らぬ四人と目を合わせる。

 慶充と同い年くらいだろう。佐奈井と香菜実はかしこまって、ゆっくりと頭を下げた。

「私が入れたの。賊に襲われて、そこの若い人が怪我をしたというから。気にしないでちょうだい」

園枝が娘に声をかける。

「ええ」

 理世は、しかし警戒する目つきをしていた。佐奈井は、彼女の視線をたどる。理世は慶充ではなく、彼の近くに置かれた刀を見ているらしかった。

 まずいものを見られたな、と佐奈井は内心で焦った。慶充だけでなく峰継も刀を持っている。対して相手は女の人二人だけで、大して武器になる物も持っていない。用心されないほうがおかしいというものだ。園枝はなぜ、こんな自分たちを家の中に通そうなどと思ったのだろう。

 同じことを、慶充も考えていた。

「こんな物を見せびらかしてすまない」

 慶充は園枝に頭を下げた。だが園枝は、首を横に振った。

「構わない。それより私たちから頼みがあるの。傷の手当ての見返りに」

「何を頼むつもり?」

 理世が母を見つめる。


「私たちの護衛。大野郡まで。どっちみちあんたらもそこに向かうなら、構わないよね」

「どうして? 母さん」

 理世は反対のようだ。今にも大きな声を出しそうだった。

「武器の扱いなら手慣れているみたいだから。私たち二人だけで賊に襲われたら、どうすることもできないでしょう」

「知らない人たちなのに」

「妙なことを企んでいたら、とっくに何かされている。いいかしら、峰継さん」

「構わない」

 佐奈井にとっては、少し嫌だった。園枝という人ならば話が通じそうだ。だが理世という人にこうもあからさまに警戒されては、一緒にいづらい。話しかけただけで険悪な雰囲気になりそうだ。

「もうここに留まれる状況ではないことは、理世もわかっているでしょう。それに賊に襲われて、私たちだけで何とかできる?」

 理世は、いまだに慶充や峰継の刀を見ていた。だが、

「この人たちのこと、信じてもいいよね」

「傷の手当てをしてくれた。恩には背かない」

 慶充の冷静で毅然とした言葉に、理世はいまだに不服そうな顔をしているが、

「わかった。この人たちと一緒に行く」

 園枝は口元を緩ませ、うなずいた。


「傷を負った慶充は無理だとしても、峰継さんなら何とか戦えそうだし」

 園枝がつぶやくと、慶充は首を横に振った。

「私もいざという時には力になるさ。腕が動かないほどの傷ではない」

「無理をしないで」

 香菜実がとっさに声をかける。

「兄思いの妹ね」

 園枝の言葉に、香菜実は頬を赤らめ、顎を引いた。さっきから難しい顔をしていた理世が、香菜実を見て少し笑う。

「ああ。香菜実にはいつも助けられている」

 慶充が香菜実の肩を軽く叩く。

「……やめてよ」

 強がっているが、あまりの声の弱々しさに、佐奈井もまた、つい笑いをこらえた。

 園枝は外を見た。空は茜色がかっていて、村は薄暗い。

「といっても、もうすぐ夕方ね。出発は明日にしましょう」

 

 護衛の最中に倒れられたら困るから、と園枝に言われて、夕餉も少しだが振る舞われた。

 佐奈井は夕餉を食べながら、落ち着けずにいた。慶充の傷の手当てをしてくれたから、園枝はきっと気を許してもいいだろう。だが理世は、あからさまに自分たちを警戒していた。気さくに話しかけることはできそうにない。

 だが、その理世という娘のほうから、佐奈井に近づいてきた。

「まだ名前、聞いていなかったね。あなた」

 さっきと違って、声に棘がなかった。

「佐奈井」

 木椀を持ったまま、ぶっきらぼうに答えておく。

「ちょっと怖がらせたかしら。あんな風に話していたから」

「怖がったつもりはないけど」

 案外、年下には優しいのかもしれない。そういえば、香菜実を見る時も、理世の目に穏やかなものがあった。

「あなたは、香菜実っていったよね」

 理世は香菜実にも話しかける。

「ええ」

「知り合い?」

 さすがに理世も、佐奈井たちと慶充たちが家族ではないことはわかるのだろう。着ている物からして違う。


「友達同士」

 佐奈井はつい、思ったことを口に出してしまった。まずい、と佐奈井は理世や園枝の顔を覗う。農民である自分が、武士の家の者である二人を友達と呼んだ。普通なら無礼と咎められることだ。

 だが理世は、佐奈井を咎めることはしなかった。

「仲がいいんだ」

 なおさら理世は笑みを浮かべている。

「変に思ったりしないのか」

 佐奈井は尋ねる。

「身分の違いとか、今は気にしても何にもならないから。どう知り合ったのかはさておき」

 本当に年下には優しい。

「園枝は?」

「娘と同じ。今は無事に安全な土地に向かうのが先でしょう」

 まあいいか、と佐奈井は思った。自分と慶充との関係を変に思われていないならば、それはそれでいい。

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