夕餉の親子
「ただいま」
息を切らしながら佐奈井は声を飛ばす。家の中は雑炊のにおいが立ち込めていた。
「遅いぞ。何をしていた?」
囲炉裏のそばで鍋をかき混ぜながら、
「ごめん、いろいろあってつい」
謝りながら、佐奈井は草鞋を脱ぎ、土間から上がった。囲炉裏のそばに寄る。鍋の中身がだいぶ煮えていた。
「だいぶ汚したな」
峰継は呆れた笑みを浮かべた。
佐奈井は、視線を落とす。自分の着ている物は土でしっかりと汚れていた。
「明日、自分で洗うからいいだろ」
佐奈井は言って、押入れにたたんで入れている寝間着を取り出した。汚れた着物の帯をほどき、寝間着に着替える。そそくさと父の隣に腰を降ろした。
「友達と遊んでいたのか」
「それ以外にないって」
慶充や香菜実のことを思って、くくっ、と佐奈井は笑った。あの二人も家に帰っただろうか。
「とにかく食べな」
「うん」
佐奈井はせかされるまま、雑炊を口にかき込んだ。疲れていたから、食欲が一気に押し寄せてきた。熱いのに耐えながら器を空にしていく。
「佐奈井、お前はずっと外にいたんだよな」
食べ終えたところで、峰継が話しかけてきた。
「ん? ああ」
「何か見聞きしたことはなかったか? 谷のことでだ」
「別に。いつもと変わらない」
ずっと森の中にいて、慶充と木刀で叩き合っていた。同じ農民の子たちとじゃれ合うのも楽しいが、慶充と一緒のほうがずっと充実している。
ふと、さっき見かけた甲冑の者たちのことを思い出した。妙な違和感があったが、佐奈井は口に出さないことにする。
「そうか、いや、ちょっと尋ねてみただけだ」
穏やかな峰継の声に妙な険しさがあった。峰継もまた、雑炊を食べていく。
「父さん、いい?」
「どうした?」
「最近、何か抱えてない? 隠しごとでもしているみたい」
父の目に険しいものがよぎる。やっぱり、聞いてはいけなかったらしい。父は叱りつけてくるかもしれない、と佐奈井は身構えた。
「なぜそう思う」
「なぜって言われても、そう思うから」
「なら、杞憂だな。お前は変に案じる必要はない」
子どもだから、とのけ者にされているみたいだ。佐奈井はむっとした。
「実際、今年も稲が多く実りそうだ。戦が続いて、また年貢を増やされそうだが、贅沢さえしなければ冬を越せる。心配することはない」
「本当に?」
「ああ」
そして峰継は、一杯目の雑炊を空にした。峰継は佐奈井から空の木椀を取り上げた。
「後の洗い物は俺がする。佐奈井は寝床の用意をしておいてくれ」
はぐらかされた佐奈井だが、深く問い詰めるのはよした。しつこいと怒られるだけだし、何よりももう疲れている。眠気も出てきた。
土間で洗い物を始めた峰継の傍らで、佐奈井は布団を広げ始める。
「お前は先に寝ていたらいい」
布団を広げ終えると、土間から峰継が声を飛ばしてくる。
――本当に殿が戦に出たことが気がかりなのか。
「おやすみ」
佐奈井が横になってすぐに、洗い物を終えた父が囲炉裏のそばまで戻ってきた。囲炉裏の火を落としにかかっている。
佐奈井は毛布にくるまりながら、こっそりとその様子を見ていたが、火が落ちて家の中が一気に暗くなると、そのまま目を閉じた。
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