107.5話 アリス・イン・ワンダーワールド ~レプリカント・マザーグース~

 アリスを乗せた宇宙船が小さな星に不時着する少し前、ロムは苦渋の決断を迫られていた。

 惑星グリスから脱出出来たことは良かったものの、レーダーには背後から追跡してくる複数の敵機。

 ぎゃらくしーずの破壊を命じられたアーティファクト達がそう簡単に逃してくれるはずがなかった。


 後方からは好き放題に飛んでくるミサイル弾に対し、こちらは迎撃手段を持たない潜入用の宇宙船。

 小さな星へと続くワームホールまでにはしばらく時間がかかり、その間船が攻撃を受ければ打ち落とされてしまう。

 無論、その場合はアリスの命も潰える。


 ロムがすぐに思い浮かんだのは、宇宙船から飛び降りて、追って来ているアーティファクトを足止めする事。

 というよりも、アリスを生かすためにはそれ以外の方法を考えている余裕はない。

 しかしその手段を取るとすると、最悪の場合、ロムは永遠に宇宙空間を漂う事になる。



 ロムは苦しみながら横たわるアリスを一瞥し、決断する。


「……………………1にアリス、2にアリス……だね」


 船を自動運転に切り替え、アリスにメッセージを残し、ロムは船外へと飛び出していった。









 数時間後、小さな星へと不時着したアリス。


 信号が消えた人形達。

 ボロボロになった宇宙船。

 アリスが今の状況を予想するには十分な光景だった。



 戦闘中にあれだけアラートをあげていたセシリアの反応も今はなし。

 本土との通信は遮断され、救難信号を受け取っているはずのギルフォードからも応答はない。



 どんなに考えを巡らせても、明るい結末は見えてこない。

 ロムからのメッセージを確認するのに時間を要したのも、それが彼からの最後の言葉に思えてならなかったからだ。




 やっとの思いでアリスがメッセージを開いたのは、不時着から30分後の事だった。


 船体が激しくきしむ音の中、録音されたロムからのメッセージ。

 すがるような思いで、アリスはその音声に耳を澄ました。



「アリス……。君は知らないだろうけれど、ぼくたちは君がいない間に色々と話し合っていたんだ。

 ドクターのだらしないところとか、アリスの可愛いところとか、もう一度行ってみたい星とか、色々ね。


 その中でも、皆と意見が分かれた事が一つあって……。


 それはぼくらが思う、"平和"について。


 皆の意見は様々だったけれど、共通していたのは、アリス、君が笑って過ごせる世界だってこと。



 みんな口には出さなかったけれど、このまま人やロボ達を救っていっても、平和は来ないってどこかで気付いてたんだと思う。

 戦って、戦って、敵を作って……。

 争いの連鎖を断つには、どちらかが相手を認めなくちゃいけない。

 それが、間違った認識だとしても、ね。



 ……世界が協定を結んでも、ぼくたちがいる限り、いずれ戦争は起きる。


 だから……。




 ぐっ……もう時間がないみたいだ。



 このメッセージを君が聞いている頃には到着していると思うけれど、そこはぼくたちが内緒で作った秘密基地なんだ。

 地下室以外まだ何もないけれど……。


 無理にとは言わない……でも、どうか……どうか待ってて欲しいんだ!


 いつか争いのない世界が訪れるまで……その時になったら、必ず助けに行くから!!」




 メッセージはそこで終わっていた。


 再び船内は静寂に包まれる。



 待てるのならもちろん待ちたい。

 でも、それはいったい何年後? 何十年後?

 わたしは生きていられるの?


 少し前まで自分とぎゃらくしーずがいた星の方角を見据えながら、アリスの脳内を巡ったのはその考えばかりだった。





「地下室……」



 メッセージ内にあった内容を思い返し、アリスはその地下室を探しに星へと降り立った。


 本来ならば地表で隠れていただろう地下室への入り口は、不時着時に地面がえぐれていたおかげですぐさま見付かった。

 頑丈そうな自動扉をくぐり、アリスにとって少し狭い空間へと足を踏み込む。


 ふかふかな土に優しく生えた芝生。

 地上から差し込んだ光が、穏やかに室内を照らしていた。


 アリスがふと壁に目を向けると、見覚えのある品々が丁寧に飾られていた。


 それはアリスが彼らぎゃらくしーずとの冒険で出逢った品物達。

 メンバーの一人一人が、アリスとの思い出をここに大切に保管していたのだ。



 ローズと共に弔った、母親オオカミの牙。

 とある星の洞窟でアリスが見付け、ニアがとても欲しがった白色に発光する石。

 フィルと一緒に作った花飾り。


 彼らとの記憶を思い返す度、泣き崩れそうになるアリス。



 しかしここでアリスは、その品々の異変に気が付く。

 3カ月前に作ったはずの花飾りが劣化しておらず、摘み取った頃のまま保管されていたのだ。

 それだけでなく、ここに保管されていたジッドの私物であろうアリスが以前作ったお菓子が、出来立てのように温かい。



「もしかして……ここって……」



 理屈は分からないが、物体が時を止めたように状態を保っている。

 ロムからのメッセージを都合よく解釈すれば、何年、あるいは何十年でも、ここで生き抜く事が出来るかもしれない。

 もちろん確証はない。

 それでも、アリスの決断を後押しするには十分だった。



「帰る場所が残っていないと、きっとみんな、迷子になってしまうものね」















 世界から星のアーティファクトが消えた後、人々にとっての平和が訪れた。

 過去の過ちを葬り去った世界。

 戦争も、アーティファクトもない世界。



 月日は巡り、様々な禁止事が定められる中、法を犯して宇宙を探検する一族が、とある小さな星を発見した。

 小さな星を持ち帰り、それ以降彼らは探検を止め、その星についての研究を始める。

 やがてその一族は王族にまで昇りつめるが、その難解な星の仕組みについては、一族が何世代かけても深く知る事が出来ないままだった。

 銀髪の少女は、レイが惑星グリスに不時着した現代も、王都の地下で眠り続けている。














――――――――――――――――――――――――――――――

あとがきです。

お読みいただきありがとうございます。

ということで、アリス編でした。(こんなに長くなるとは思ってなかった……)

どこを描写しようか迷いに迷い、前回更新から1か月近くたってしまった気がします、すみません。

書ききれなかった部分は気が向いたらまた書こうかと思いますので、その時はお付き合いいただけると幸いです。

次回更新からはまた、やんちゃなN2と、それに振り回されるレイ、そして新たな敵(?)も登場するので、お楽しみに~。

感想待ってまーす。

ではでは!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る