76話 5分だけ

「レイ様……近い……です……」


 抱えた植木鉢の中で、赤く染まった頬を枯れ葉で隠しながら、ピノはそう言った。


「ぴ……おまえ………………よ、よかったぁああ!! 気が付いたか! 気が付いたんだな!? 体の感覚は!? どこか痛むところはないか!?」


「わわわわ、ちか、近いですってばっ」


「ご、ごめんッ!」


「いえ、あの、びっくりしただけで……別に……嫌というわけでは……。あの、それよりこの状況はいったい……?」


 植木鉢をそっと地面に下ろし、おそらく記憶が飛んでいるであろうピノにこれまでの経緯を説明しようとすると、N2がいつの間にかすっ飛んできていた。


「ピノ! 気が付いたんだね!」


 ミニN2達が後に続き、植木鉢の中を覗こうと全員がわちゃわちゃしている。


「わぁ、ちっちゃいN2がたくさん……。あれ、N2……ですよね? お久しぶりです。すみません、視覚機能が不安定なようで……ってあれ、お久しぶり……?」


「……無理もないよ。ピノ、お前はスヴァローグという黒い機械に……いや、なんでもない……。とにかくよかったよ……ほんとに……。で、どうだ? 体の具合は?」


N2達はピノの安否を確認すると、また作業に戻っていった。


「……? ええと、関節に土が詰まってギシギシしますが、それ以外は何ともなさそうです。けど……いったい何なんです? レイ様から木の実を渡されて以降の記憶が……。それに、N2達が宇宙船を壊しているように見えるのですが……。やっぱり視覚機能に異常が……レイ様、何ともないは嘘でした、不思議な光景が見えます」


 ピノは、あれ? あれ? と壊されていく宇宙船を見ては目を擦りを繰り返している。


 そりゃそうなるよな……。

 可愛いからもう少し眺めていたい気もするが、目の前の光景は事実だということは説明しておこう。

 それと、やっぱり記憶が飛んでたか……。

 今説明したら手伝うとか言いだしそうだしな。

 正直、寝起きに無理はさせたくない。


「実はいろいろあって、ピノには眠っててもらったんだ。大丈夫、後で全部話すよ」


 ピノは終始不思議そうな顔をしていたが、俺の意図を汲み取ったのか渋々了承してくれた。


「騒いだせいで起こしちゃったよな、ごめんな」


「いえ、大丈夫です。ピノも何だかご迷惑をおかけしてしまったみたいで……」


「迷惑なんて思っちゃいないさ」


 俺はピノを助けたくてもどうすることも出来なかった。

 実際ピノを直してくれたのはサイバイアリモドキ達だしな。

 虫が苦手なピノには、これは黙ってた方がいいのか……?

 いや、日を改めて伝えるべきだな。

 ピノの特徴解明に大きく前進出来るかもしれないし。


「もう少し寝ててもいいんだぞ?」


「いえ、あの……でしたら、わがままを言ってもよろしいでしょうか……?」


「ん? いいよ」


「手を……レイ様の手のひらを……貸して頂けますか?」


 植木鉢にしゃがみ込み、ピノに両の手のひらを見せるようにして広げる。

 ピノは自分と同じ大きさの枯れ葉を植木鉢から一枚取り、俺の右手のひらに置いた。


「し、し、し、失礼しますっ」


 ピノはそう言うと、頬を赤らめながら手のひらに敷いた枯れ葉の上に飛び乗った。

 そしてそのまま横になる。


「5分……いえ、3分で結構ですので……ここで寝かせてもらってもよろしいでしょうか……?」


 枯れ葉は俺の手を汚さないためか。

 別にいいのに……そんなの。


「あ、嫌ですよね……すみません、直ぐに下ります……」


 そそくさと下りようとするピノに左手を被せ、手のひらに閉じ込めた。


「気が済むまでいていいよ。N2達の作業がひと段落したら起こすけどいい?」


 ピノが枯れ葉の上で小さくなるのを感じた。

 返事はなかったけど、今度は起こさないようにじっとしてよう。



「5分だけ……」


 手の中のピノが小さく呟いた。

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