58話 融合

 回収した淡く輝く消化液は相変わらず幻想的な輝きを放っている。

 こいつをどうにかしてコブコガネのこぶと混ぜてみたいのだが、これが難航している。

 とても難航している……。


 まず蛍が落ちた輝く消化液を大量に集めようと夜中に探索しそれを混ぜてみたのだが、発光色が違う液同士を混ぜると少し濁った後輝きが消えてしまった。

 蛍の発行色には6種のパターンがあり、その他の5種のどれかでも混ざってしまうと輝きが消滅し、ただの消化液になってしまう。

 最初はこれに気付かず集めた消化液が無駄になってしまった。

 しかもきちんと試験管に収納しふたをしておかないと光が抜けてしまうようで、朝になるとウツボカズラの壺から光は消えてしまう。

 故に集められるのは夜中に蛍が飛び回っている間だけ。

 勿論蛍を直接捕まえることも試みたが、こいつら意外にとんでもなく素早い。

 光を放ちながら優雅に飛んでいるくせに、狙われたと思うと一瞬で視界から消えてしまう。

 そんなこんなで、可能性があるかもわからない作業に三日も費やした。


 ようやくある程度集めたところで、光る消化液を金属にかけてみた。

 金属には特に変化は見られず、これまた消化液が無駄になる。


 今度はコブコガネに消化液をかけてみる。

 これもダメ、とても嫌がられた。


 ただの水が良くて消化液がダメなら、消化液から輝く素を取り出せば良いのでは?


 溶液から成分を抽出する方法は、水分だけを蒸発させ残った成分を回収する方法が一般的。

 試験管ごと火にかけ光る成分を抽出しようと試みるが、水がなくなった頃には試験管には何も残っていなかった。

 朝になるにつれウツボカズラから光が消えてしまうように、気化する温度が水よりも遥かに低いのかもしれない。

 そこで逆にアルコールなどを抽出する時に使う蒸留を思いついたのだが、この消化液はどうやら熱を加えるだけで輝きが消えてしまうらしく、抽出出来たのは光が消えたドロッとした何かだった。

 装置を作るのにも相当苦労したのに意味がなかった。

 まぁ意味がなかったことが分かったということに意味があったのかもしれないが……。


 一度心が折れかけ夜間の探索を一度休んだ次の日、久しぶりに昼の探索を行った。

 久しぶりと言っても5日だが、この星で一人で過ごしていた俺にとっては昨日のことがずいぶん前のことのように思える程だった。


 その久しぶりの昼探索で、以前見かけた蟻と共生するウツボカズラを目撃した。

 ここら一帯を散策したが、この特殊な蟻とウツボカズラの組み合わせはここに生えているものだけだった。

 相変わらずどの壺も元気に育っているし、蟻のおかげで栄養がうまくいきわたっているのか壺自体も他の個体と比べて大きい。

 そんなことを考えていると、ふとあることが頭に浮かんだ。

 もしこの蟻達が住まうウツボカズラの壺の中の消化液を光る消化液と取り換えたら、蟻達はどんな反応をするのか。


 蛍たちが意図的にこの蟻と共生するウツボカズラには近寄らないのか、それともたまたまなのかは分からないが、この個体で光る消化液を回収したことは今までなかった。

 故に蟻達がどういう行動を取るのか見当がつかない。

 この昼の探索は早めに切り上げ、夜を待った。


 その日の夜、蛍が飛び交う頃。

 俺は試験管に入れた光る消化液を持って例のウツボカズラの前に来ていた。

 しかし蟻達は昼行性なのか活動している様子はない。


 ここまで来たんだ、試さない価値はない。

 壺を一つ掴み、消化液を入れ替える。

 その振動で起きたのか、蟻達がぞろぞろと茎に開いた小さな穴から湧いて出てきた。

 新しい獲物が罠にかかったと勘違いして、俺が入れ替えた消化液の中に蟻達は飛び込んでいく。

 中身は光る消化液だけなので蟻達はそそくさと壺から上がってくるが、その体には消化液が滴っていて全身をきらびやかに輝かせていた。

 ならばと、中に消化中溶けかけた虫が入った壺の中身を入れ替えてみる。

 すると早速そちらの壺にも蟻達は飛び込んでいく。

 腹が減っていたのか溶けかけの虫を数回かじった後、一仕事を終えたような仕草で一匹の蟻が壺から上がってきた。

 勿論この蟻も全身が輝いているのだが、他の蟻と違うのは腹部が異様に輝いていたことだ。

 他の蟻は体の表面に消化液が付着しているのに対し、虫をかじってきた蟻は恐らく体内に消化液を取り込んでいるために腹の内部から輝きを放っている。

 腹を光らせた蟻を何匹か捕まえ、朝になってどういう変化がみられるか観察するため船に持ち帰った。


 翌朝、蟻達の腹部は輝いたままだった。

 日中でも輝いたままの状態を維持することに成功した瞬間だった。


 蟻達には可哀そうだが、輝く腹部を裂いて中の光る蜜を取り出す。

 その蜜をコブコガネの餌である金属にかける。

 するとコブコガネは、今までの食べっぷりが嘘のように蜜のかかった金属をモリモリと食べ始めた。

 その速度に比例し、コブも光を保ったまま成長していく。

 こうしてようやく、金属光る何かとの融合が実現した。

 神秘的な淡く光るこぶをしばし眺める。


 これであとは熱処理して光が抜けなければ……。

 崩さないよう慎重にケースに入れ、祈りを込めながらかまどの温度を上げていく。


 光る何かは水が蒸発するよりも低い温度で気化するため、そこまで高い温度は必要ない。

 熱した光るこぶは次第に赤くなり始め、そこで一度ケースをかまどから外した。


 こぶが冷めるのを待ちケースの中をしばらく眺めていたが、残ったのは黒く焦げたこぶだった。











「ちくしょう!!!!!!!!!!」









 思わず焦げたこぶをシェルターの内壁に叩きつける。

 荒れる息遣い、上下する肩を理性で何とか鎮める。


「あぁーーーー、これもだめか……。あぁーーーだめか……」








 よし……次だ。

 まだ出来る事はきっとある。


 いやしかし物に当たるのはよくなかったな。


 そう思い投げ飛ばしたこぶを拾い上げると、ポロポロと表面が崩れていった。

 そして中から現れたのは先程よりもさらに輝きを増した光るこぶだった。

 放つ輝きはN2達のそれに限りなく近い……と思う。


 ようやくだ……。

 ようやくここまで来たぞ、N2!!

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