18話 キノミ

 雨。

 大気中の水蒸気が一つの雫として集まり、地上に降り注ぐ天候の一種。

 遭難時に発生していた霧が、何らかの形で雨となり、目の前の光景を作り出しているのだろう。

 宇宙船の外気センサーは、人間が活動する上で問題ない数値を示していたが、雨となると話は別だ。


 俺の星でも酸性雨などといった、鉄をも溶かす異常気象が、科学の発展により発生した。

 工場などで発生したチリやガスが大気中に放出され、それが雨という雫の中に濃縮されて降り注ぐ現象だ。

 そういった背景もあって、この星の雨にも注意すべきだと判断した。


 判断したのだが……。


「あはは! アメ!」


 N2は、雨の中を無邪気に走り回っていた。

 銃弾を跳ね返す程のロボットだ。

 雨粒なんて脅威でもないのだろうが、ひとまずN2に影響はなさそうだ。

 サンプルとして少量の雨を採取し、空のペットボトルに保存しておく。



 ひとしきり雨を堪能したN2がシェルター内に戻ってきた。


「アメは英語でなんと言うのだ?」


「英語で? えーと、rainだったけな」


「レイン……。

 【レイ】が入っているね!」


 どういったリアクションを取るべきか分からなかったので、雨について軽い薀蓄を披露した。


「日本語を使ってた祖先たちは、空を眺めるのが好きだったらしくてさ。

 特に雨なんかは、度合いによって呼び名がたくさんあるんだ」


 濡れたN2をタオルで拭きながら言葉を続ける。


「鬼に雨と書いた【鬼雨】とか、雨の言葉を使わない【狐の嫁入り】なんて言葉もあるらしい。あとは季節によって呼び方が変わることが多いな。春なら春雨、秋なら秋雨みたいにな。雨一つにここまで名前を付けてあるのも日本語以外にないと思うぜ。それほど雨に恩恵を受けていたのか、雨に五月蠅い神様がいたのか、どういった経緯でそこまで増えたのかは分からないけれど、いろいろ考えちゃうよな」


 N2からは、ほぇーと、なんだかよくわかっていないようなリアクションを返された。


「じゃあ今降っているアメは?」


「んー、もたらす雨と書いて、齎雨せいうなんてどうだ? 半分そうなったらいいな、っていう願望を込めてだけど」


「おー! レイが考えたのか? すごいな! それにしよう!」


 あぁ、きっとこんな風に些細なきっかけで、いろんな言葉が生まれてきたんだなと、何となく思った。

 この雨が悪いことをもたらすのではなく、良いことをもたらしてくれることを願う。




 しばし雨を眺めたのち、腹も膨れたせいもあってか、眠気が襲ってきた。

 遭難してからまだ数時間しかたっていないが、思えば色々あったな。

 休めるうちに休んでおこう。


「N2、俺ちょっと寝るわ。見張り頼めるか?」


「おーけー!」



 やりかたは任せる、とN2に一任し、備え付けのベッドに潜る。

 やはり相当疲れていたらしく、意識が途絶えるのは一瞬だった。





(レイー。起きて―。)


 夢の中でも幻聴が聞こえるまでになったか。

 ほんといつも騒がしいなあいつは。


(レイー。結構大変かも。起きたほうがいいかも。)


 何だよ、その微妙なアプローチは。

 新しい芋でも見付けたのか?

 それに何だか、甘い匂いがするような……。



「外の植物がどんどん成長してる。それと、レイが食べられそうな木の実を少しとってきたよ」


 次第に鮮明になっていくN2の声。

 あ、これ夢じゃないわ。


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