6話 ショクリョウ
赤暗い景色の中、周囲を警戒しながら進んでいく。
よほど「おーけー」が気に入ったのか、ミニN2が方向を変えカメラでの安全確認をするたびに「おーけー」を唱えている。
「気に入った?」
『「あぁ。二文字を伸ばしただけの言葉なのに、きちんと意味があるところが素晴らしい。日本語以外はもっと単純な作りをしているものなのかい?」』
「一概にそうとは言えないな。英語にも長い単語なのに意味が端的なものや、短いのに複数の意味があるもの。どこの言語かは忘れたけど、音の高さや抑揚で意味がほとんど変わってくる言語とかがあるよ」
『「ふむぅ、興味深いな。機会があれば調べてみよう」』
そんなやり取りをしつつ歩き続けると、遠目から確認した物体の全貌が見えてきた。
人の胴体ほどの大きさの金属の塊が5つ数珠繋ぎになっていて、端の一方は千切れたような跡があり、もう一方は所々損傷してはいるが手の形をしている。
半分ほど地面に埋まってはいるが、どうやら腕のようだ。
「腕――みたいな形状だな。この腕の大きさだと全体像はかなりでかいんじゃないか? 7、8メートルくらいありそうだな。N2の知る限りだと、N2の他にいるのはあの黒い生命体だけなんだよな?」
『「そのはずだよ。これほどの大きさの腕の持ち主が活動していたら、嫌でも目に付くさ。つまり私が黒い機械から逃げ続ける前から、この腕は放置されていたと推測するのが正しいだろう」』
「そうかー。益々分からないことが増えていくなぁ。N2の能力でこいつを直すとかは……」
『「今のところ無理だろうね。
改修用の部品が足りないという以前に、全体が把握できる状態でないと解析のしようがないね」』
N2のチート能力でも、こいつの分析は困難らしかった。
元の姿がどういったものかぐらい判明すれば、星からの脱出が少し早められたかもしれなかったのだが。
ちなみにこの金属製の腕も、劣化がひどく宇宙船の材料にはならないらしい。
謎が深まるばかりか、自分が置かれている現状が、思っているよりも危険な状態にあるかもしれないという不安要素が増えただけだった。
『「引き続き、探索を続けよう。レイ、まだ行けるかい?」』
「大丈夫。もう少し進んでみる」
腕を発見するまでに一直線上で歩いていた道に戻り、歩みを進めた。
周囲は変わらず夕景を描いていて、しばらくは現在の明るさを保った状態のようだった。
この星の夜は夕方くらいの明るさなのかもしれない。
夜空に星が出ていれば何かの手掛かりになったかもしれないが、期待は望めなかった。
腕を発見した場所からさらに進んでいくと、ひと際大きな窪みが現れた。
直径は50メートル、深さは10メートル程。
歩いてきた道からは地面がへこんでいるような窪みしか確認出来なかったが、この窪みはへこんでいるというより抉られたような様子だ。
あの腕を見てからだと、こういう窪みが違う意味で見て取れる。
窪み内をよく見ると、下層部に転がる岩に違和感を感じた。
岩に、というより「岩の周りの地面や砂」にという方が正しいか。
普通なら、斜面の方向に砂や砂利は落ちていくはずだが、岩の周りの砂が斜面とは逆方向に登っていく。
岩自体は見た目からしてこの星のものだろうし、急に飛び出して押しつぶしてくる、なんてことにはならないだろう。
幸い斜面は俺でも問題なく下ることが出来そうなので、岩を確認するため窪みを下ってみることにした。
斜面からむき出しになっている岩は俺の肩くらいの高さはあった。
近付いて確認すると、岩と岩の隙間から風が吹いていることが分かった。
斜面と逆に登っていく砂の正体は、岩の間から吹く風だった。
「N2、この岩、呼吸しているぞ!」
『「そんなわけないだろう。この岩の奥は恐らく空洞になっているんだ」』
「まじめか。冗談だよ。俺もそうだと思う」
『「冗談? なぜここで冗談を?」』
冗談の使い方についてN2に問われたが、ボケの説明をするほどみじめな光景はないので、N2を軽くあしらう。
岩と地面の接着点を少し掘ってみると、地面が少し崩れて小さな穴が姿を現した。
私が少し見て来よう、とN2が言い出したので、崩れてできた小さな穴にミニN2をそっと入れる。
ミニN2が穴の奥へ奥へと入っていき、やがて姿が見えなくなった。
少し不安になる。
おーいと呼び掛けても返事はない。
静寂と夕景が相まって、俺が不安を感じ始めたころ、N2の声が穴の奥から聞こえてきた。
ミニN2がキュルキュルと車輪を回転させながら、
『「レイー、なんだろうこれは?」』
と、自身と同じ大きさの芋のようなものを、両手で抱えながら穴の奥から持ち帰ってきた。
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