未知の星
1話 ソウグウ
スクリーンにはお気に入りの映画。
右手にはポップコーン。
泣く子も逃げ出す作業を何とか乗りきり、控えた大連休へのささやかな祝杯を船内で挙げているところだ。
それにしても、今回はかつてない程の大仕事だったな。
惑星間の運送業を始めてそろそろ1年経つが、あの量の積荷を依頼されたのは初じゃないだろうか。
何に使うのかは分からないが、機械のスクラップを積めるだけ持ってきてくれだなんて。
依頼主のおっちゃんも、まだ16の若造にあんな大仕事を頼むなんて、まったくどうかしてるぜ。
今度からは、負担の少ない荷物だけ受注するようにしよう。
うん、絶対そうしよう。
まぁ働かずとも生きていけるこの御時世に、運送業なんてやってる俺も、変わり者といえば変わり者か。
同業者は力仕事のほとんどをロボットに任せているし、未だに人力作業の俺なんかは肩身が狭く、お陰で商売上がったりだ。
でもまぁ、それでも、客からの感謝と、行先の星の景色が見れるだけで、満足しちまうんだよなぁ……。
海へと沈む夕日なんて、この仕事してなかったらなかなか見れないし。
まぁ、おっちゃんが困ってたら、また来てやってもいいかな……。
いやしかし、相当に疲れた。
ポップコーンを咀嚼する元気もない。
スタンバっていた睡魔を迎え、シートを倒し、マジで就寝5秒前。
もう既に数十回は見たであろう映画の続きを一時中断し、スクリーンを収納すると、そこには輝く星々が描いた、吸い込まれるような景色が広がっている。
にしても、やけに流れ星が多いな。
そういえば、たしか今日は流星群だったっけ……。
到着まで、あと1時間。
この景色を肴に眠るのも悪くない。
少し遠回りをしていくか。
スペースナビの経由地を新たに設定し直し、星空の揺蕩いに身を任せるとしよう。
意識外で異変を感じ、目を覚ます。
感覚からしてそこまで寝てないはずだが、様子がおかしい。
既に揺れが止まっている。
走行中は少なからず揺れを伴うものなのだが、それがないということはつまり、宇宙船が着陸済みだということを意味している。
到着と同時にアナウンスがあるはずだが、それを聞き漏らすほど熟睡していたのか?
それに、船内がどうも薄暗い。
多分主電源が落ちている。
恐る恐る外を覗くと、やはり着陸しているようだったが、周囲は霧が立ち込めていて、辺りの様子が確認出来ない。
ナビによる着陸地点は星によって複数設定されているのだが、この静けさと霧の濃さは俺の知っているどの星のそれにも該当しない。
操作したスペースナビの目的地を間違えたか?
よくよく考えたら、主電源が落ちているのもおかしな話だ。
下手な操作でもしない限り、セーフティが起動するはずなんだが……。
眠気を覚ましながら、主電源を入れなおす。
……反応がない、多分バッテリーが空だ。
つまり、それ程の途方もない距離を飛んだ事になる……。
ひとまず予備電源に切り替え、再度船の状況を確認。
……マジかよ。
通信機含め、その他諸々の機能がイカれてる。
この未知の星からすぐに脱出、というわけにはいかなそうだ。
宇宙運送業では安全過ぎるが故に、宇宙での遭難は自己解決というのが主流だ。
宇宙船に使用される機器はとても頑丈で、ある程度の事故には耐えうるように出来ている。
だから、コックピットごと大破しない限り故障の心配はない。
現に、今までこういった出来事に遭遇したこともなかったからな。
それに万が一故障したとしても、最低限近くの星まで飛んで修理する備えはある。
つまり、人がいない星にわざわざ故障しに行くようなことでもない限り、遭難の心配はない。
現在発見されている主要な惑星以外は、生命反応がなく、さながら文明も発達していない。
その事実は政府からも発表されていて、おそらくこの星も例外ではないと思う。
つまり、状況は最悪。
帰ったら、『機械に頼りすぎた運送屋の末路』とかいう本でも出版しよう。
救助の期待はできないが、ひとまず船外へ出て探索する必要があるな。
もしかすると、同じように遭難した人がいるかもしれない。
幸いにも外気センサーは気圧、温度の安全性を示していて、防護スーツなしでの船外活動が可能らしい。
意を決して外に出た。
10メートル先は目視できない程の濃い霧が立ち込めている。
船を見失わないようにしばらく散策すると、地面に錆び付いた金属片が落ちていることに気付く。
かつて文明が栄えていた星だったのか?
実はこれ、かなりの大発見なのではなかろうか、などと考えていると、船内にいたときには気が付かなかった、金属を叩く音のようなものが聞こえてきた。
人か……? それとも……。
不用意に近づくべきではないが、この際しかたがない。
なるべく気配を消しながら、音のする方へ向かうことにしよう。
宇宙船からそう遠くない場所に、音の原因はいた。
音の発生源は、地面から何かを掘り起こそうと蠢く、小さなガラクタの集合体だった。
距離にしておよそ10メートル。
大きさは15センチくらいか?
人の形をしたガラクタの集合体が、おそらくその辺で拾ったつるはし状の金属片で、カツンカツンと地面をほじくっている。
取り出そうとしているのは、爪の大きさ程の歯車のようだ。
人型のガラクタは、機械的であるようで、はたまた人為的であるような、今まで見たことのない不規則な動きをしている。
力なくつるはしを持ち上げたかと思えば、それを地面に振り下ろす。
そんな単調な動作を、ガラクタは何度も繰り返していた。
何度目だろうか。
しばらく様子を窺っていたところ、そいつが突然、首だけをくるりとこちらに向けた。
まずい、目が合った……!
つるはしを一度持ち直し、よたよたとこちらに近づいてくる。
体が小さく、動作も弱々しいさまに油断してか、あるいは興味本意かは分からないが、そいつがとうとう目の前にまで来てしまった。
すると人型ガラクタは、腕を精一杯伸ばし、持っていたつるはしを俺によこして、更にもう片方の腕で掘り起こそうとしていた歯車の方を指し示した。
俺に……手伝えと?
念のため、いつでも逃げられるように警戒しながら、人型ガラクタの後に続き歯車の埋まっている場所へと歩き出す。
いったい何が起こっているのかわからないが、コイツからは不思議と危険な気配はしない。
まだ半分ほど埋まっているであろう歯車の採掘作業を始めるが、人型ガラクタの何倍の大きさもある俺にとっては、容易い作業だった。
土から拾い上げた歯車を眺める。
大きさの割に少し重いが、何の変哲もない錆びた金属製の歯車だ。
他にも似たような金属片はそこらに落ちているのに、なぜこれを?
立ったまま歯車を眺めていると、足元で見せて見せて! と言わんばかりに、ガラクタがぴょこぴょこと跳ねている。
何でそんな必死に? と含み笑いを零してしまう。
そんなこともあり、すっかり警戒を解いてしまったので、今度はきちんと膝をたたんでそいつに手渡してみた。
この歯車をどう使うのだろうかと期待を込めつつ見守っていたのだが、ひとしきり眺めたのち、ポイっと放り投げてしまった。
いや、捨てるなよ。
どうやら、ガラクタの目当てのものではないらしいかった。
また、どこかへよたよたと向かおうとする人型ガラクタ。
おい、つるはし忘れてるぞ、と声をかけようとしたその時、目の前のガラクタが、金属が激しくぶつかり合うような甲高い音と共に吹き飛んだ。
聞きなれない音に、全身が逃げ出せと危険信号を発していたが、時既に遅し。
霧の向こうから、黒々とした金属を全身にまとった機械生命体が現れた。
身長は俺の腰あたり、2足歩行の足はあるが胴体の部分の代わりに頭のような部分がある。
更に、頭の隣には拳銃のバレルみたいな物体を積んでいる。
何なんだコイツは!?
どっから現れた!?
状況が分からず、ガラクタとその機械を交互に見る。
すると、ガラクタが起き上がろうとしたと同時に、先程の甲高い音と共に、ガラクタが更に後方へと吹き飛ばされた。
明らかに無防備なガラクタが、この黒い機械生命体に攻撃されている。
黒い生命体は俺には目もくれず、吹き飛ばしたガラクタの方へと歩み寄っていく。
目の前で何が起こっているのか全く分からない……。
けど何故か、一方的にやられている小さなガラクタを助けたいと、そう思った。
近くに落ちていた金属片を投げつけて黒い生命体を怯ませ、すぐさま横たわる小さなガラクタに駆け寄る。
拾い上げようと手を伸ばしガラクタと触れ合った刹那、眩しいほどの光がガラクタを包み込んだ。
突然の出来事に、思わず身を引く。
が、体がズシリと重くなると同時に、ガラクタの発光はすぐに収まっていった。
貧血に似たような感覚に、立っていることもままならず膝を着く。
いったい何なんだ!?
何が起きてるんだ!?
光が収まったガラクタが、ジキジキと右腕を変形させながら黒い生命体の方へ駆けてゆく。
あれは……拳銃……?
ガラクタの右腕が、拳銃のバレルに変化している。
すかさず黒い生命体が銃弾を放ち迎え撃つ。
しかし、ガラクタは右腕のバレルでガードをし、スピードを落とさず一直線に向かっていった。
更に加速し、そのまま宙に飛ぶと、ガラクタは黒い生命体に向かってバレルからズドンと何かを放った。
凄まじい音がして、黒い生命体が爆散し黒煙が上がる。
何なんだこれは、いったい何を見せられているんだ。
それともまだ夢の中なのか?
黒煙からガラクタが、右腕をバレルから元の状態に戻しながら、俺の方へと向かってくる。
「お前はいったい……」
体がさらに重くなり、俺の記憶はそこで途絶えた。
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