世界が終わるその前に、最期の希望を未来に託す【1話完結】

江東乃かりん(旧:江東のかりん)

世界が終わるその前に、最期の希望を未来に託す

 裏のこの世界に飛ばされたとき、俺はいくつかの能力が使えるようになっていた。


 この力は、アニメや小説でよくある、神様がくれた転移チート。

 ……だと、思っていた。

 その認識は間違いだった。


「言い残したことがあれば、聞き届けよう」


 朦朧もうろうとする意識。

 止めどなく流れる血。


「これは私のエゴだ」


 倒れ伏す俺に懺悔するかのように、男が語る。


「誰がなんと言おうと、私はリンを……リンと腹の子をお前たちの世界に帰さなければならない」


 言外に含ませた「二人には生き延びて欲しい」と言う彼の願いに、俺は自分のことのように笑みを浮かべた。


 あと数分後、この世界は滅びを迎える。

 どうにか防ぐ手段を探した末、ついに見つけたのは衝撃的な帰還方法のみ。


 帰れるのは、一人だけ。

 対価に必要なものは、転移者の血。

 帰るための術式を発動させるのは、この世界の住民が持つ能力。


 俺たちは三人で行動していた。

 俺、俺と同じように転移した少女、そしてこの世界の住民で彼女に寄り添う男。


「恨み言でもなんでも、吐き出せばいい」


 俺たちは残された時間を考え、命を賭けた決闘をした。

 その結果がこうだ。


「負けたくらいで、恨み言、なんて」


 俺は負けた。

 けれども、この結果は俺を納得させるのに充分だった。


「伝言を」

「聞こう」

「向こうの世界にいる、俺の両親へ」

「リン。聞いてやってくれ」

「っ!」


 蚊帳の外にいた少女が駆け寄ってくる。


「ご、ごめんなさい……私のせいで……私のせいで……!」


 ボロボロと涙を流す姿は、どこか懐かしさを誘う。

 俺は彼女を安心させるため、息も絶え絶え語りかける。


「良い、ですよ。リンさんに、帰ってもらわないと。俺、困るんです」

「でも……!」

「落ち着け、時間がない。こいつの伝言を聞いてやれ」

「……!」


 涙を拭くリンさんの顔を眺めて、俺は出来るだけ微笑んだ。


「お願い、します」


 俺は目を閉じて、最後に見た両親の姿を思い浮かべた。


『母さん、俺を産んでくれて……ありがとう。父さん、俺に知識をくれてありがとう。二人に育てられて、俺は幸せです』


 目を開いて、目の前の二人を見つめる。


『俺は後悔していません。きっとこうすべきで、そのことに、俺は納得しています。だから、二人も後悔しないでください』


 いけない。思わず目に涙がたまりそうになる。

 だからごまかすように再び目を閉じた。


「わかった……! 覚えておく! セイガ君のご両親をさがして、絶対に伝えるから……!」


 しっかりと記憶に留めようとする彼女を、俺は力なく苦笑してみせた。


「大丈夫。うろ覚えでいいし、探さなくても大丈夫」

「でも……」

「この伝言は、リンさんにとっての……重荷にしてほしくないんです」


 そう言うことに、しておこう。


「言いたいことは? それだけでいいのか?」


 俺は頷く。


「術式の、準備しましょう。二人とも、離れていてください」

「え?」

「何をする? 送還には私の力が必要だ。お前ひとりでは何も……」

「いいえ」


 転移者の血は流血している必要がない。

 だから二人に、いま以上の流血を見せる必要がなくて済むことに安堵した。


「俺にだって、この世界の力を、使うことができます。だから」


 俺が持つ力は、転生チートでも何でもない。

 遺伝的なものだからだ。


 俺は、この世界で生まれ育った父と、この世界に転移した母から産まれたことに、ようやく気付いた。


 だから俺一人で、使の、二つの条件を満たしている。


 そう。


「犠牲になるのは、俺一人で、事足る……!」


めぐり、めぐり、裏返れ』


 俺が術式を展開し始めると、二人の足元は魔法陣で囲われた。


「セイガ君‼」

「お前、なにを考えている!」


 何って。


 リンさんだけ向こうに帰して、そのお腹の子の父親である彼がここに残る必要なんて、一つもない。


 リンさんが向こうに帰って子どもが産まれたときに、父親がいないなんてさみしいじゃないか。


「帰れるのは一人だけ。だけど、帰るわけではない人は、制限がない。そうでしょう? だから、こうすべきなんです」

「……!」

「セイガ君、私、絶対に伝言を伝えるから……!」

「だから、そんなに重く考えなくて、良いんですって」

「セイガ……すまない……」

「俺が納得していること、です。謝る必要なんて」

「そうか……。ありがとう……」

「はい……! 二人とも、お元気で……!」


 魔法陣の光に包まれた二人に、俺は精いっぱいの微笑みを向けて見送る。


 光が収まると、もうそこに二人はいない。


 仰向けになると、空から眩い光が一筋、線を描く光景が目に映った。


 この世界が終わる。

 俺はその前に、未来の二人にとっての希望を託すことが出来ただろうか。


「ああ、なんだ。もっと早く、昨日くらいに気づいていれば、久しぶりに母さんのハンバーグが食べられたんじゃないか」


 二人の手前、強がってみせた俺の目からも、涙が一筋零れていった。

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