ヒヤシンスのせい ちょっぴり特別編


 ~ 四月六日(土)

 ア:LV31 道:LV29 ~


 ヒヤシンスの花言葉 スポーツ/ゲーム



 本当の意味でのEスポーツとは。

 対戦相手は、同じ土俵上のプレイヤー。


 例えば、クリアー時間を競ったり。

 直接攻撃し合ったり。


 なので、ゲーム上のボス敵を倒すという行為は。

 Eスポーツとは違うと分かっているものの。

 

「これはこれでスポーツです。試合前の緊張感に、手汗が止まりません」

「ははっ! ああ、こいつはまさにスポーツ! しかも団体戦だ!」

「団体戦……。そんなこと言われると、プレッシャーで胃が潰れてしまいそうなのです」


 この日の為に二週間。

 俺たちは頑張ってきたわけで。


 倒すべき敵、『赤の魔神』は。

 レベル的にはかなり高いハードル。


 俺がミスなんかしたら。

 すべてが台無しになってしまいます。



 全てが石化した、白い森を抜け。

 一見、行き止まりにも見える怪しい崖を飛び降りる。


 すると上昇気流に吹き飛ばされて。

 森の入り口にある木の上に着地するのですが。


 ここから枝を伝って、森の上をひた走ると……。


「と、とうとう着いたのです」

「よし! この先に見えるだだっ広い広場が決戦の舞台だ!」

「ん。みんな、持ち物とか、準備」


 決戦場の手前、最後の枝に立つ俺は。

 岩山に囲まれたその場所を見つめます。


 白い岩肌と対照的な、褐色の地面。

 凹凸もなく、ただただ広い空間の中央に。


 炎に包まれた、漆黒の棺が見えます。


 この広場に一人でも足を踏み入れたら、魔神登場のムービーが始まり。

 俺たちにとって、最後の戦いの幕が切って落とされるというわけです。


 武者震い。

 緊張。


 ずっと握り続けてきたコントローラーをテーブルに置いて。

 ティッシュで慎重に、手汗を拭っていると。


 お隣りから。

 緊張をほぐしてくれる優しい声が届きました。


「さあ道久君! ぶっ倒しに行くわよ!」

「……剣呑。心が一瞬で氷河期です」


 まあ。

 その分一瞬で緊張は吹き飛びましたけど。


「言い方」

「それなら……、ちょこっと狩っとく?」

「イチゴ狩りみたいに言わないで下さい」


 やれやれ。

 君にはストーリーに没頭するとか。

 みんなと成功を勝ち取ろうとか。

 そういう気構え、ないのですか?


 俺はため息をつきながら装備を速度重視のものへ切り替えて。

 回復アイテムを使いやすい位置へセットします。


 ほら。

 君もぼーっとしてないで、準備なさいな。


「……イチゴ狩り? 昔、なんとか狩りに行かなかった?」

「さあ」

「行ったの。どこなの? 知りたいの」

「知りた『がり』なら隣でアホ面して座ってますが。……いたいいたいいたい!」


 だから、コントローラーで叩くのやめなさいな。


「今はそんなことよりも、準備に集中して下さい」

「そうするの。じゃなかった……、そうしよう! みんな、あたしが準備した回復アイテムを持つと良い!」


 そう言いながら。

 アイシャさんが、みんなに手渡しているものは。


「おお、体力全快目玉焼きか!」

「ははっ! 有難く貰っとくよ、アイシャ!」

「そして道久君には、特製品だ!」


 特製品?

 やめなさいな、そんな言い方。


 ほら、冷やかしの声が飛んできて。

 恥ずかしいじゃありませ…………、真っ黒。


「いりませんよ、デス・メダマンなんか」

「だって、あたしが間違えて食べちゃったら大変でしょ?」

「俺なら構わんという発想がおかしいのです。だから二個も三個も渡しなさんな」


 ああもう、せっかく整理していた持ち物欄。

 上から順に十個も黒い物体で埋めないください。


「ちょっと! 片っ端から捨てるの大変なのですが」

「コラ! 食べ物を捨てるなんて言ったらダメなの!」


 確かにそうですけど。

 ……え?


「だから、今までこさえたゴミも全部持ってたの?」

「むーっ! ゴミって言っちゃいけないの!」

「ごふっ!」


 なんという感情移入。

 いつものフルスイングで吹っ飛ばされた俺は。

 思わずうめき声を漏らしたのですが。


 ……その声は。

 みんなの悲鳴によって掻き消されたのです。


「ちょおおっ! ムービー始まった!」

「そっちに吹っ飛ばすやつがあるか!」

「まだ準備中だったのに!」


 恐怖を煽る、迫力の魔神登場シーン。

 でも、そんなの見ている場合じゃない。


 みんな揃って、まず何をどうするのが最適か、頭の中で組み立てて。


 堂々と現れた、真っ赤な肌に禍々しい鎧を着けた魔神を目の前にしながら。

 まずは装備品を悠長に切り替えるのです。


「くそっ! 最初の攻撃を食らう前に最強の連携を食らわせる作戦が!」

「ははっ! 先に一発食らうのはあたしらみてえだな!」


 そしてようやく全員が装備を整えると。

 魔神の体から、広場全体を覆い尽くすほどのマグマが噴き出して。


 全員の頭の上に。

 信じがたいほどのダメージ量がぴこんと表示されたのです。


「おわっ!? こ、これ、聞いていたよりダメージ強くなってません?」

「やば。炎に強い獣革装備なのに、体力半分持っていかれた」

「ん。私も、即死するとこだった」

「そんなのアップデートで修正すんじゃねえよ!」

「……まったくだ」


 魔神の攻撃は三パターン。

 この強烈な全体攻撃と、そして腕による打撃。


 でも、最も警戒すべきは。

 俺たちとの距離が一定以上離れた時に繰り出される技。


 腕を巨大な槍に変形させての突撃は。

 誰が食らっても即死するダメージを弾き出すのです。


 以前、ジャスミンさんが言っていた通り。

 全員が生きたまま魔神を倒すためには。

 なにがなんでも、その攻撃だけは食らってはいけないのです。



 ……装備変更画面から、素早くアイテム表示に切り替えて。

 全員がアイシャさんの目玉焼きで体力を全快させると。


 散々練習してきたフォーメーションで並び。

 いよいよ反撃開始です。


「いよっし! 行け、モモ!」

「よしきた!」


 まずは、モモさんによる毒爪が魔神の肌を切り刻みます。


 それに対して、魔神が反撃の為に丸太の様な腕を振り下ろすと。

 モモさんに当たる直前で、Yっち君のマヒ矢により一瞬だけ硬直します。


 その隙に、モモさんを庇う位置にヤング君が身を滑り込ませ。

 魔神からの攻撃を、鉄壁のディフェンス力でこらえます。


 この地味ながら、確実な攻撃を繰り返すこと四度。

 魔神は再び全身から炎を巻き上げます。


 二度目の全体攻撃。

 でも、このピンチがチャンスなのです。


 マグマ攻撃の直前。

 もっとも無防備になるこの瞬間。


 ガードに徹していたヤング君が、弱点の胸に剛剣を振り下ろすと。

 マヒ攻撃でない、貫通力特化の矢がYっち君の手から放たれ。

 そこに攻撃後の硬直が長いモモさんの必殺技が突き刺さると。

 とどめとばかりに、ジャスミンの大魔法が放たれます。


 バトル開始と共に食らわせる予定だったこの連携で。

 ようやく、魔神の体力を十分の一削り取りました。


 ……そんな四人の連携攻撃に。

 穂咲が感嘆の声を漏らすと。


 魔人のマグマ攻撃が全員を飲み込んで。

 俺たちは、二度目の体力全快アイテムを口にするのです。


「まずい! せいぜい三回に一回くらい回復すりゃ済む予定だったのに!」

「ん。これじゃ、アイテムぎりぎり」


 ……そう。

 連携攻撃がうまくいかなかったり。

 予想外のダメージを想定して。


 回復アイテムはそれなりに準備したつもりですが。


「まさか、マグマ攻撃の都度で回復する必要があるなんて」


 これでは。

 ミスが許されないのです。



 ――そんな不安と共に。

 八回、九回と一連の攻撃を繰り返し。


 魔神の体力もあとわずかとなったその瞬間。

 悲劇が起こりました。


「ん! 食らった!」

「……こっちもだ」

「やべえ! やっちまった!」


 もっとも集中力が必要な、Yっち君の弓。


 今まで、信じがたいほどのタイミングで魔神の腕を止めていたのですが。

 最後の最後でミスをしたのです。


 魔神に吹き飛ばされたモモさん。

 瀕死の彼女へ、ジャスミンさんの回復魔法が飛びます。


 でも、防御のタイミングを外されてダメージを負ったヤング君は。

 魔神の目の前で、事もあろうにマヒ状態。


 そんなヤング君の頭上に。

 再び、魔人の腕が振り上げられます。


 マヒ状態だと、ガードは不能。

 しかもダメージは1.5倍。


 万事休すかと思われたこの大ピンチ。

 呆然と見つめる俺の目に。



 ……颯爽と走り出す。

 金髪の剣士の姿が映りました。



「アイシャ!」

「ひとまず態勢立て直しなの!」


 そして魔神の腕が落ちると同時に。

 アイシャの最強チート技が炸裂します。


 ノックバック。


 でも。

 ほんの一瞬遅かった。


 ノックバックで、魔神は一瞬で俺たちから離れたのですが。

 同時に。

 アイシャの体が、地面に叩き伏せられたのです。


 回復アイテムをアイシャとヤング君に使うべく、Yっち君が走ります。

 しかしその眼前では。


 魔神が。

 腕を巨大なランスに変形させて。

 突進の構えを見せていたのです。



 ――これは逃げ切れない。



 恐怖を越える恐怖。

 ピンチを越えるピンチ。


 そんなものにさらされた俺は。

 逆に、驚くほど冷静になって。



 剣を構えて。

 走り出しました。



「道久!」

「道久君!」


 悲痛な叫び声を浴びながら。

 俺は、みんなの前に立ち塞がります。


 そして、やけに冷たく感じるコントローラーを。

 素早く操作しました。


「ちきしょう、お前ってやつは……っ!」

「自分だけ犠牲になろうとするんじゃねえ!」

「みんなでクリアーするって、約束したのに!」



 ……そう、ジャスミンさん。

 約束したからね。


 視界に映る巨大な槍。

 真っ黒な刀身に、赤い血管の様なものが浮き上がり。

 二度、三度と明滅すると。


 魔神は。


 一瞬のうちに俺の眼前に迫り……。


「道久!」

「道久くーーーーーん!」




 ……そして。

 俺の目の前で。


 その動きをぴたりと止めたのです。




 『失神大悪臭玉』。




 以前手に入れた。

 エビル・ショクダイオオコンニャクのドロップアイテム。


 その効果は。

 ボスキャラですら、一定時間マヒさせてしまう。



 俺が持っている最強のアイテムを。

 出し惜しみなんかするわけない。



「さあみんな! とどめを刺すのです!」



「「「「うおおおおおっ!!!」」」」



 例え魔神であろうとも。

 マヒ状態のダメージは1.5倍。


 全員が、次々に最強技を放つと。

 魔神の体に亀裂が入り。

 そこから光の筋をほとぼらせながら。



 ついに。


 大爆発したのです。



「「「「やったああああああっ!!!」」」」



 爆炎立ち込める中。

 歓喜の叫びに涙が混ざり。

 嗚咽の合間に皆を称える声が重なります。



 倒した。

 全員で。

 誰も倒れることなく。



 俺は、感極まって。

 口を開くと、大声で泣いてしまいそうで。


 涙をこらえて。

 震えながら下唇を噛み締めていると。


「あ! あたし、それ欲しいの!」


 緊張感ゼロ。

 魔神が爆発すると同時にばらまいたアイテムの中から。

 『伝説の岩塩』という料理人以外全くいらないアイテムへアイシャさんが飛びつきます。


 やれやれ、君という奴は。


 でも、この勇気の塊が。

 Eスポーツというものの片りんを知った穂咲が。


 くるりと回って喜ぶ姿は。

 俺の心をほっこりとさせ……?

 

「ぎゃふん!」




 …………え?




 なに?

 何かが。

 いえ。

 巨大な足が。


 アイシャさんを。

 踏ん付けているのですが。


 これって……。


「何かに踏まれたのーーー!」

「え? 何だ!?」

「待て待て! まさかアップデートで……」

「魔神に第二形態ができたのかっ!」


 誰もが呆然と見つめる先。

 爆発と共に舞い上がった煙が次第に晴れて行くと。


 穂咲の体力を残りたったの3にした。

 真の魔神が。


 その姿を現しまし…………?


「え?」

「ん?」

「似て……」

「る?」

「……似てるどころか、本人なの」


 そう。


 どこか見覚えのある目鼻顔立ちの。

 魔神、第二形態。


 それが俺たちを見下しながら。

 謎の咆哮をあげました。


「ベーン……、キョシ……、ローーーー!」

「「「うわああああああっ!!!」」」


 Eスポーツで世界を目指す。

 そんな夢を持つつわものですら逃げ惑う。


「ここ、こっ!」

「声まで似てるっ!」


 最強の敵。

 それが、ゲームという枠を、スポーツという枠を超えて。

 俺たちの心に防御不能の攻撃を加えます。


「ベーン……、キョシ……、ローーーー」

「ごめんなさいごめんなさい!」

「ちきしょう! 攻撃してやる!」

「ん! なにこれ硬いっ!」

「よくあるパターンで、顔面しか切れないんじゃない?」

「じゃあやべっちが攻撃しろよ!」

「いやだよ! 俺だけ立たされる!」

「立たされるのは嫌だ!」

「あたしもイヤーーー!」


 ……ちょっと。

 なんでみんなして俺の後ろに逃げるのです?


「立たされるの、そんなにいやなのですか?」

「イヤに決まってるの! 出でよ、あたしの最強の盾!」

「ごふっ!」


 アイシャさん。

 錯乱の上、いつものフルスイング。


 高々と打ち上げられた俺は。

 せんせ……、魔神の顔の前で、いつものように空中浮遊。


「おお。これなら顔を切り放題。食らえ、日ごろの恨みなのです」


 そう言いながら剣を振り上げた瞬間。

 魔神は、恐怖の呪文を唱えたのでした。


「タットー・レイ!!!」


 聞いたことのない呪文を食らった俺は。

 どういう訳か、空中で直立不動になります。


「マヒ攻撃!? 動けないのです!」


 無意識のうちにソファーから立ち上がっていた俺が。

 コントローラーをいくらガチャガチャやっても。

 画面の中の分身は立ったまま。


 そんな俺を。

 先生は、巨大な口を開いて一飲みにしてしまいました。


「ぎゃーーーーーーっ!!!!」

「道久ーーーーーっ!」

「ま……、待て!」

「先生の口からクリティカル表示?」

「これって……」

「ま、まさか!」

「デス・メダマンなの!」


 ……アイシャさんに押し付けられた目玉焼き。

 それが、上から順に消費されるたび。

 魔神の頭にぴこんと表示される9999の数字。


 それが十回繰り返されたかと思うと。

 魔神はその膝を地について。


 謎の言葉を残しながら。



 今度こそ。

 この地上から消滅したのでした。



「アイー、カーワモー、タットー・レイ…………」



 だれも、一言も発することなく。

 ただ魔神の消滅を見守ります。


 苦しい戦いだった。

 散々な目に遭いました。


 そして約束も果たせず。

 俺だけが犠牲になって、セーブした街に……。


 おや?


「なんで俺、空中に立ったままなのです?」


 ちょっと、これじゃまた。

 アイシャさんに倒してもらわないと続けられないじゃないですか。


 俺はため息をつきながら、いつものやつをお願いしようとしたのですが。


「ん? ……、あれ?」


 穂咲は。

 首をひねりながら、コントローラーをいじっていたかと思うと。


「……最後の呪文食らったら、アイシャちゃん、動かなくなったの」


 そんなことをつぶやいたのです。


「ん。ウソでしょ?」

「ははっ! 笑えねえ冗談だぜ。…………ほんとなの?」

「おいおい。こんなところでテストプレイ用キャラのバグか!?」

「……と、いうことは。二人を助ける術がない……」


 そう。

 いつもこのバグに陥った時は。

 アイシャさんに倒してもらって、セーブした村へ戻してもらっていたのですが。


 キャラクターにダメージを与えることは。

 俺たち同士じゃないとできないわけで。


「やれやれ。これが本当のゲームオーバーなのです」

「でも、丁度いいの。今日がゲームの最終日だし」

「そうですね」


 ……皆さんと始めたこのゲーム。

 春休みいっぱいで卒業ですし。


「最後に、皆さんと一緒に夢を叶えることが出来て良かったのです」

「ほんとなの」


 俺たち二人は。

 心から満足しながら。


 画面の中で立ったままの分身を見つめていました。




 俺たちの、春休みの大旅行は。

 こうして幕を閉じたのでした。





「……やべえ。魔神、夢に出てきそうだぜ」

「明後日になったら、現実にも出現するのです」

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