フジのせい


 ~ 四月五日(金)

 ア:LV31 道:LV28 ~


 フジの花言葉 佳客



 歌と料理の町、『ミューゼロイ』。

 建物が、楽器や台所用品の形を模しているという不思議な町は。

 国中の変わり者が集う場所として名を馳せているのですが。


 今日はさらに輪をかけて。

 

「うわあ。奇抜な服装の方ばっかりなのです」

「……ああ。みんな揃ってコック帽をかぶっているな」


 明日に控えた決戦を前に、いつものメンバーが揃って準備に奔走する中。

 それでもアイシャさんの晴れ舞台は見逃せないと。

 お料理コンクールの会場に集まって下さったのですが……。


「大会に参加される方、皆さんお強いですよね?」

「そうだな。でも、アイシャならいいところまで行けるだろう」

「……目玉焼きで?」

「え? ウソだろ? それしか作れないのかアイツ?」


 お料理コンテストとは。

 奇抜な発想と、食欲をそそる見た目で勝負するもので。


 ランダムに選出された審査員がつけた点数に。

 体力回復率を掛けた値での勝負となります。


 そう、さんざん説明したのに。

 アイシャさんは、あればっかり練習していたのですが。


「俺にはさっぱり分からないのですけど。あいつ、出来上がりの形を見て満足いかないだのいい出来だのと一喜一憂していたのです」

「……形なんてランダムだ。腕を磨きようもないだろ?」

「そうなのですが。最近ではいい出来に仕上げるコツを掴んできたようなのです」


 何をバカなとヤング君がため息をつくと。

 大会へ参加するため会場へ向かってしまったアイシャさんを除く三人が。

 道端で、大騒ぎを始めました。


「ウソだろ!? じゃあ、お前ら逆だったのか!?」

「ウソですよね。Yっち君、昨日のを見てもまだ分からなかったのですか?」


 彼が驚くほど鈍感な、その訳は。

 事実を認めたくないという脳の働きから来ているのでしょうか。


「ははっ! 逆ってなんだよ? あたしが茉莉花まりかだなんて一言も言ってねえだろ?」

「ん。あたしが李子りこちゃんだなんて、言ってない」


 そう言いながら、清楚で天女の様な風貌から、ボイスチェンジャー無しでガハガハと笑うジャスミンさんと。

 露出たっぷり、褐色の肌をこれでもかと晒して清楚に笑うモモさん。


 なんというギャップ。

 そう考えたら、勘違いもやむなしなのです。


「うおおおお! 騙された! お前らも騙されてたろ!?」

「……ああ。向井が歌を歌った後に慌てて、素を出すまで気付かなかった」

「俺も、最初はまるで分からなかったのです」


 まーくんの別荘で。

 お二人が慌てて、キャラの言葉でしゃべるまでは気づきませんでした。


「そういえば。なんでまーくんの別荘で、口調が逆になったのです?」

「ん。……あ、あたしは、緊張すると、いつもこんな感じ……」

「私だって、慌ててこんな口調になることくらいあるぜ?」


 そして、キャラそのものと言った口調に変身したお二人を見て。

 昨日に引き続いて絶句するYっち君ですが。


 でもよく考えてみたら、穂咲もずっと変なキャラを演じていましたし。

 おかしな話ではないのです。



 ――穂咲の話では。


 もともと、ほそヤング君のことを好きだった向井さんが。

 坂上さんそっくりにジャスミンを演じて。

 彼の気持ちを聞き出そうとしたイタズラ。


 でもまさか。

 ジャスミンが、すっかり坂上さんだと信じた男子二人が言い寄ってきたせいで。


 ほんの些細ないたずらが。

 大混乱になってしまったのです。


「でもよう、それでいいのかお前ら!? ほそヤングは坂上に告ったあと、向井に告ったわけだぜ?」

「……いや、違う。俺が好きになったのは、ジャスミンただ一人だ」


 そして、すっかりジャスミン口調になってしまった向井さんが。

 おろおろと、お礼を言うと。


 人目もはばからずに二人の世界に没入してしまったので。

 お邪魔虫はお料理大会の会場へと向かいました。


「それにしてもよ、明日の決戦、大丈夫か?」

「あの二人なら大丈夫だと思うのです」

「じゃなくて。結構修正が厳しいぜ?」


 そう。

 昨日行われたアップデートにより。

 かなりの変更が施されました。


 すでに耳にした情報では。

 イベントボスにも修正があったというのです。


「ん。……せっかく練った作戦、上手くいかない、かも」

「やっぱりそうなのですか?」

「いや、まだ分からん。仮にあの戦法が通用しなかったとして、そんときゃ臨機応変に対応するまでだ。それよりやべえのは、物価の高騰だ」


 Yっち君の言う通り。

 これが俺たちの計画をひとつ狂わせたのです。


「どうしても足りませんね、お金」

「今から稼ぐ気にもなれねえし、こればっかりはしゃーねー」


 個人のお金は、みんなのお金。

 必要な武器や防具は全員のお金で準備したのですが。

 最後に残ったYっち君の弓だけ、どうしても買えそうにありません。


 俺も必死にお金を稼いだのですが。

 ほとんど役に立たず。


 穂咲は、審査員の人数分の目玉焼きをこさえるため。

 まったく稼ぐことが出来ませんでした。


「……しかしあいつ、目玉焼き作ってばっかりで。Eスポーツというものを分かっていません」


 みんなで目標に向かって一致団結。

 だというのに、個人の楽しみを優先して。


 ゲームを通して、俺が学んだこと。

 あいつにも気付いて欲しかったのです。



 今日、俺は留守番を言い渡されており。

 父ちゃんの書斎のパソコンでゲームをしているのですが。


 いつもと違って、穂咲が隣にいないからでしょうか。

 ちょっぴり苛立ちを覚えていたりします。



 さて、我を通して参加しているのです。

 ちょっとはいい成績を収めるのですよ?


 そう思いながら、コンテスト会場の入り口につくと。

 いつもの声が聞こえてきたのです。


「道久君! やったよ! 完璧な成果だ!」

「アイシャさん!? 完璧も何も、コンテストはこれからでしょうに!」


 しかも、会場の中にいなきゃいけない時刻に。

 何やっているのです!?


 さすがに呆れて二の句を継げずに立ち尽くしていると。

 アイシャさんは、俺にお金を渡してきたのですが。


 その金額は……。


「ど、どうしたのですかこの大金!?」

「全部売れたのだよ! 体力全快目玉焼き!」


 目玉焼き。

 売れた?


 そうか、君は。


 お金を作るために。

 みんなのために頑張っていたのですね。


「……よく頑張ったのです。これでYっち君の弓が買えます」


 ちょっと上ずった、俺のつぶやき。

 それを掻き消すように。

 Yっち君は大声をあげるのです。


「お前、全部って! じゃあコンテストは!?」

「コンテストなんかより、魔神を倒すことの方が重要に決まってるじゃない!」


 そう言って、高らかに笑うアイシャさんの顔は。

 きらきらと輝いて。


 ……スポーツというものの意味。

 ちゃんと分かっているじゃないですか。


「俺も、これから頑張って練習して、皆さんの回復を効率よくお手伝いできるようになっておかないと」


 だって、未だに操作を間違える時があるのです。


「アイテムを手に持った後、手渡そうとすると捨てちゃったり、食べちゃったりするので。これから特訓です」

「未だにか?」

「ん。……特訓あるのみ」


 穂咲の行為に胸を打たれた俺が。

 小さな決意を抱いていると。


「と、いうわけで。道久君は、もっかい卵を集めてきてよね!」


 アイシャさんが。

 ひどいことを言い出しました。


「……ウソですよね」

「ウソじゃないわよ」

「特訓したいのですけど」

「だって、あたしが準備する予定だったアイテム、全部売っちゃったんだもん」


 やる気。

 根元から刈りますね、君は。


「お礼にこれあげるから」

「真っ黒目玉焼き! いらないよ!」


 そして押し付けられたデスアイテムを。

 手に持って、捨てようとしたら。


 ぱくっ


 ……操作失敗。

 そして口からは。

 いつものクリティカル表示。


「ああもうっ! 直接文句を言えないもどかしさっ!」


 俺は、いつもの村で目を覚ますと。

 卵を手に入れるため。

 レベルをあげるため。


 そして、一言文句を言ってやるため。

 慌てて駆け出したのでした。


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