スモモのせい
~ 四月四日(木)
ア:LV31 道:LV27 ~
ネットゲームならではの強制休憩。
本日は、大規模アップデートが行われておりまして。
レベル上げに、アイテムの準備。
決戦を前にして、課題は山盛りではありますが。
ログインできないのではどうしようもありません。
という訳で。
本日もオフ会。
いつものメンバーで。
電車とバスを乗り継いで。
遊園地へやってまいりました。
花も見ごろな行楽日和。
でも、世間一般的に今日は平日なわけで。
空いてはおらず。
ぎゅうぎゅうでもなく。
実に程良い感じの混み具合。
子供達の笑い声と。
お母さんの笑顔に幸せを感じたハートマークが。
色白な肌をほんのりピンクに染めて。
くるくると宙を舞い踊りながら。
ベンチに腰掛ける坂上さんの頭にふわりと着地。
すると。
やべっち君は、キザな仕草で。
それを指でつまみ上げながら言いました。
「ふっ……。花の美しさもお前の美しさも、なにも変わらねえな。……令和になったってのに」
「ん。まだ、なってない」
……誰かがやらかすとは思っていたのですが。
期待を裏切りませんね、やべっち君。
坂上さんに突っ込まれて、ようやく勘違いに気が付いて。
慌てて逃げ出すやべっち君ですが。
「……俺まで巻き込むな」
「まあそういうなって! ついてこい!」
無理やり、ほそヤング君の腕を掴んで。
売店へと逃げていくのです。
ソフトクリームをみんなにご馳走して誤魔化そうとするなら。
一人で行きなさい。
そんな男子二人を見送りながら。
ベンチに腰かけて、布袋様のように緩んだ顔をしているこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をハーフアップにして。
そこに、スモモの枝を一本挿して。
今日もみんなが迷子にならぬよう。
ランドマークとして活躍中なのです。
「……堪能したの」
「さっきの脱出ゲームですか? 君、頭の花が赤外線に引っ掛かって憤慨していたじゃないですか」
「違うの。やべっち君とほそヤング君、腕を組んで歩いていい感じ」
「君の萌えポイント、先日のくっころと言い、ちょっとどうかと思うのですが」
まったく。
ずいぶんと変わったご趣味をお持ちですこと。
「ねえ道久君。あれがBLってやつなの?」
「誰からそういうこと教わってくるのです? くっころ共々、誰に教わったのか調べ上げて、そいつをとっちめてやるのです」
「りこぴんなの」
「……なら、とっちめられる前に降伏です」
両手を頭の後ろに組むのは無抵抗の証。
だから耳元でぼきぼき指を鳴らすのはやめて欲しいのです向井さん。
「ははっ! かたっくるしいなあ秋山は。場所さえわきまえればBLなんて言葉、普通だろ?」
報復とばかりに、俺の右ほっぺをぎゅうっととっちめる彼女ですが。
「それを加減も分からずどこでも言っちゃう子に教えてはいけないのです」
俺が説明すると。
ああ、納得と言いながら。
舌を出しておどけるのですけど。
勘弁してほしいのです。
「ねえ道久君。BLってなんの略なの?」
「ほら、こうなるのです。責任もって、向井さんが教えてやってください」
「いいっ!?」
まるで三才児に、子供がどこから来るのか教えるお母さん。
そんな難しい顔をしながら、向井さんが苦し紛れに言った言葉は。
「は……、恥ずかしいからナイショ」
「恥ずかしいから?」
「そう。恥ずかしいから」
イニシャルはBL。
そして恥ずかしい。
そんなあいまいなヒントから。
穂咲は、頭の中で適合するものを検索します。
するとどうやら、正解に自力でたどり着いたようで。
一瞬で顔を赤らめました。
そして照れくさそうにもじもじとしながら。
上目遣いで、俺に正解かどうかの確認をしたのです。
「……バターになった、ライオン?」
「バターになるのは虎です」
しかも、それがどうしてそんなに恥ずかしいのか。
説明して欲しいのです。
坂上さんと向井さんが。
おなかを抱えて笑う中。
お話の締めとばかりに。
やべっち君からデザートが配られます。
お調子者の、口止め料。
甘くて冷たい袖の下。
仕方がないので、みんな揃って先ほどの失態を忘れることにすると。
やべっち君は、とたんに元気に騒ぎ出します。
……また、やらかしますよ?
「しかし、すげえ歌声だったよな! 俺、感動したぜ!」
そう言いながら。
坂上さんにまとわりつくやべっち君。
やっぱりやらかしましたね。
君だけ。
そう、君だけなのですよ。
勘違いしたままなのは。
「勇敢で、優しくて、歌もうまい! ということで、俺と二人で観覧車に乗って下さいジャスミンさん!」
大きな身振りで観覧車を指差して。
そして深々とお辞儀をしながら。
坂上さんへ右手を差し出していらっしゃいますが。
みんなの見てるところで。
堂々の直球勝負。
凄い奴だと感心しつつ。
普通のシチュエーションなら、夢が叶う可能性は半々なのだろうと分析しつつ。
……でも、決して叶わぬその願いに。
俺は渋柿をかじった時のような表情を禁じえません。
ぴたりと止まった時間の中。
二人の間を、風船を持った兄妹が駆けていくと。
「……お前のそういうところ、見習おうと思う」
ぽつりとつぶやいたほそヤング君が。
恭しくお辞儀をして、手を差し出しました。
「僕と、観覧車に一緒に乗ってくれ、ジャスミン」
「なんだとてめえ! 横から邪魔すんじゃね……、え? ぞ???」
目を見開いて固まったのは。
やべっち君ばかりでなく。
その場にいた全員も。
風船を持った小さな兄妹でさえ。
固唾を飲んで見守ります。
……おそらくずっと。
ゲームを始める前から。
夢にまで見た、想い人からのお誘い。
でも、すぐには返事が出来なくて。
耳まで真っ赤に染め上げて。
ようやく口をついたお返事は。
「ん。……いい、よ?」
そして、照れくさそうに。
ジャスミンさんは、ほそヤング君の手を取ったのでした。
「ちょちょちょっ!? ちょっと待てえい! え? なに? え?」
一人、大騒ぎする邪魔者を放っておいて。
ほそヤング君は、ジャスミンさんを連れて観覧車へと向かうのですが。
「なんだよその口調。普通にしろよ」
「ん。……き、緊張したりすると、こうなる……」
「なんだ、丸っきり演技という訳ではなかったんだな」
観覧車の向こうに見える空の青。
昨日、向井さんが歌った印象的な歌詞の色。
この爽やかな春空の下。
二つの恋が結ばれて。
一つの愛が生まれたのでした。
「あれ? ジャスミンって……、え? モモじゃねえの? え? え?」
「邪魔ですから黙っててください、Yっち君」
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