ジャスミンのせい


 ~ 四月三日(水)

 ア:LV31 道:LV30 ~


 ジャスミンの花言葉

     私はあなたに付いて行く



 恋愛って不思議なもので。

 告白して。

 成功して。

 家に帰って、一晩寝ると。


 目を覚ました時には彼女持ち。



 ……なんか、想像がつかないのです。



 二人を表す関係は。

 いつだって漢字で二文字。


 知人、級友、友達、仲間。

 親友、親密、そして恋人、夫婦。


 でも、二文字でない関係は。


 片思い。

 気になる者同士。

 三角関係。


 どうにも胸がもやもやして。

 落ち着かないものばかり。

 

 ……あと、もう一つ。

 どうにも落ち着かない関係。


 これも、三文字ですよね。



 幼馴染。



 ~🌹~🌹~🌹~



「……では各自、必要なスキルとレベル上げ、よろしく」


 練りに練ったフォーメーション。

 コンボを切らさぬ攻撃方法。

 考えられうる非常時への対処。


 打倒、魔神の為に。

 準備万端整えて。

 後は、装備の入手と必要なスキル、レベルの確保が課題です。


 そんな課題の一つ。

 必要な素材集め。


 俺たちの打撃の要は毒による追加ダメージ。

 そのために、今日は中級者向けの洞窟へ来て。

 毒の特性を付与した武器を作る素材を手に入れたのでした。


 今日の冒険はこれで終了。

 あとは、各自好きなことをして過ごそうと。

 ベースにしている村への帰り道。

 俺は、画面の隅に気になる物を見つけたのです。


「……お。ジャスミン」

「ん。なに、道久」

「いえ、ジャスミンさんではなく。ジャスミンなのです」

「ん?」


 ボイスチェンジャー越しの声から、首をひねる様子が聞き取れたので。

 俺は近くの草むらへ入って。

 ジャスミンの花を摘みました。


「ああ、ジャスミンってそっちかよ!」

「……可憐だな」


 Yっち君とヤング君。

 お互い、ジャスミンさんを好きな者同士。

 微妙な距離感になるものと思いきや。


 そこはEスポーツの選手らしく。

 それはそれとさっぱり割り切って。

 いつも通りにしているのです。


 よく、この状況を女子は異常と言いますが。

 男子にとっては、むしろ価値観を共有する友を得たようで。


 ライバル視という感情の反面。

 親友を得た心地も抱くものなのです。


「道久君。ジャスミンちゃんに、ジャスミンちゃんを作ってあげたいのだが」

「おかしいだろ。ジャスミン茶なのです」

「…………それだ」


 口調だけはアイシャさんですが。

 穂咲まるだしなおバカっぷりに。

 一同揃って大笑い。


 そしてアイシャさんが、得意の料理スキルを使ってお湯を沸かし始めると。

 そのままお茶会が始まりました。


「しかし、タイミング悪いなあおい!」

「ははっ! またその話か? 諦めろよ」

「……シナリオバランスを整える程度のアップデートと聞いているが」

「ん。魔神に毒が通らなくなる、とかの変更があると、困る」


 明日は、それなりの規模のアップデートがあるらしく。

 発表されている変更すら一部だそうで。


 ジャスミンの危惧も。

 ありえなくはない話なのです。


「だとすると、この頑張りも無駄骨になるのですが。……まあ、俺たちが皆さん程頑張っているとはまるで言えませんけど」


 皆さんのレベルは揃って40オーバー。

 どれほどストイックに取り組んできたか、うかがい知ることが出来ます。


「ははっ! もともとお前たちは自由に楽しみなって言ったのはあたしらだ。気にしないでいいよ!」

「でも、最後に大きな目標が出来たので。せめて足手まといにならないように頑張らないと」

「……十分頑張っているさ」

「おおよ! 最終決戦前はお前らが頼りなんだからな!」

「ん。……ほんと」

「もちろん頑張ります。魔神の元へ、皆さんを無傷で届けることを誓いましょう」


 ……Eスポーツ研究会で鍛えた皆さんの戦いに。

 俺たちが手を出せるはずもなく。

 魔神を倒すフォーメーションは。

 この四人で構成されています。


 俺たちの仕事は、決戦中の、回復アイテムの投与と。

 魔神までの道を、できる限り二人で露払いすること。


「この命にかえましても!」


 皆さんが車座にしゃがむ中。

 一人突っ立ったまま、俺が決意を語ると。


 ジャスミンさんが。

 首を振って否定します。


「ん。……それは、だめ。みんなで生きて、魔神の最期を見届けることが目標」

「おお。なんか、かっこいいのです」

「ん。これ、いっぺん言ってみたかった」


 そんなおどけた発言をするジャスミンさんを。

 二人の男子が優しく見つめます。


「では道久君! 我々は、回復アイテムをたくさん準備しないとな!」

「そうですね。でも、そんなに大変な仕事じゃないのです」


 何と言っても。

 アイシャさんにはこのお料理スキルがありますし。


 お弁当気分で。

 沢山こさえておきましょう。


「ははっ! じゃあ一番きついのは、ジャスミンのレベル上げか?」


 ゲームの中とは言え。

 そこは雰囲気重視。


 アイシャさんがこさえたジャスミン茶を受け取ったモモさんが。

 くいっと一息にあおったかと思うと。

 立ったついでに、ジャスミンさんの頭をぽんぽん叩きます。


「ん。ゴメン、昨日もレベル落とした」

「しょうがねーって! しかしいつもいつもお前は……」

「そうだな。人助けして、自分だけ倒されるとは」

「ん。クリティカル二連発。予想外」


 アイシャさんから食らうせいで。

 俺には見慣れたクリティカル攻撃。


 でも、発生確率は本当に低いはずなのに。

 ジャスミンさん、ついていなかったのです。


「……敵が持っていたのではないですかね?」

「ん? なにを?」

「アイシャさんのデス料理」


 そんなことをつぶやいたせいで。

 俺の手に押し付けられたお茶は。

 紫色の渦が巻いていたのでした。



 ……同じ目標に向けて。

 戦法を練って、特訓して。


 素材を集めて、アイテムや装備を整えて。


 そしてたまに。

 こんな他愛もない時間を共有する。


 まさに運動部。

 スポーツの名を冠するに相応しい競技。


 俺がゲームに対して抱いていた感情が変わったことを歓迎するように。

 視線を向けていた森の木々が。

 その幹に輝く模様をふわりと浮かべ。

 幻想的に、瞬き始めたのです。


「ん。『小さな森の子守歌』、初めて見た。ちょっと中に入って来る」


 まるで天女の羽衣のような衣装を翻しながら。

 ジャスミンさんが森に消えると。


 ほどなく。

 澄んだ歌声が耳に届いたのです。




 いつからだろう 横顔だけが

 記憶の日記に 刻まれていく


 誰も知らない 教室の隅で

 心と体に 雪積もらせて


 小さな胸に 溢れる夢、想い

 零れるから 今は見つめないで


 azure


 こんなにも空は 青く輝いて

 白い気持ちを 涙に染める


 そしていつか 羽ばたくイカロス

 零れて落ちた 心の欠片よ


 あなたの手に届け




 …………誰もが感動した。

 ジャスミンさんの切ない歌声。


 その美しい調べもさることながら。

 彼女の想いが、俺に涙させるのです。


 気付けば俺の他にもすすり泣く声が耳に届く中。

 穂咲がたまらず鼻をかむと。


「うえっ!? ちょっ……、き、聞こえてた!? いや参った! 十分離れてたと思ってたのに!」


 そんな声を最後に。

 ジャスミンさんの声が途絶えたのですが。


 マイクを切ったか、森の奥へ逃げて行ったのかは分かりませんが。

 モモさんまで、慌てて彼女を追って森へ駈け込んで行きました。



 取り残された俺たちは。

 しばらく、呆然としたままでいたのですが。


 Yっち君は、ヤング君へ。

 興奮交じりに話し始めたのです。


「おいおいヤング! やべえぞ? 今の聞いてたか!?」

「……ああ。正直、意外過ぎて何と言ったらいいか分からない」

「意外も意外、あいつ歌まで上手いなんて! どんだけ俺の心を狂わせるんだ!」

「……え? 歌?」

「なに言ってんだお前? 意外だったろ?」

「俺が意外と言ったのは……、ああ、なるほど。お前は気づかなかったのか」

「は? なにに?」


 きょとんとするYっち君を置いて。

 やれやれと立ち上がったヤング君は。

 一人で歩きだしてしまったのですが。


 うわ。

 まずい。


 細谷君。

 気付いたみたい。


 俺は穂咲を肘で小突いたのですが。

 こいつ、無視を決め込んで目をつぶっています。


 ……でも。

 そんな穂咲は。


 ヤング君がぽつりと残した声を聞いて。

 輝くほどの笑顔に変わったのです。


「……まあ。俺が好きなのはジャスミンであることに変わりないがな」



 ――なるほど。

 君の笑顔を見て。

 俺もようやくわかりました。


 このゲームを始める前。

 誰が、誰の事を好きだったのか。



「まったく。こんな綱渡り、二度と御免ですが。それでも光明が見えましたね」


 そして穂咲は、笑顔を俺に向けると。

 頭に挿したジャスミンの花ごと。

 勢いよく頷いたのでした。



 恋愛って不思議なもので。

 告白して。

 成功して。

 家に帰って、一晩寝ると。


 目を覚ました時には彼女持ち。


「……道久君は、あたしがあたしじゃなくともあたしって分かる?」

「分かるわけないじゃないですか」


 照れくさくて。

 適当な返事をしたら。

 コントローラーで殴られました。


 そのせいで、魔法を暴発したアイシャさん。

 そしていつものように食らう俺。


 目を覚ましたら、彼女持ち。

 そんな素敵なことが俺に訪れるはずもなく。


 目を覚ましたら。

 セーブした村でした。


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