サクラのせい
~ 四月二日(火)
ア:LV30 道:LV28 ~
サクラの花言葉 心の美しさ
俺たちメンバーは、お互いを助け合う気持ちで繋がっている。
「た……、助けてくれっ!」
例え自分が犠牲になっても、他のメンバーを守る。
そして守られた側は、仲間の尊い犠牲を無駄にしない。
「みんな、見てないで……、こいつを攻撃してくれよ!」
受けた恩は必ず返す。
なにがなんでも、必ず返す。
その優しさが信頼を生むと。
さらに助け合う気持ちが生じるというプラスのスパイラル。
「武器を構えろよ! あたしを助けろよ!」
とは言え。
何と言いますか。
それも状況によっては。
こうなるわけで。
「ん……。み、みんな。なんで、手伝ってくれないの?」
唯一、杖でぽこぽこと敵を殴るジャスミンさんは、そう言いますが。
だって。
ねえ?
「アイシャさん。俺たち男子一同を軽蔑しますか?」
「いいえ。……恐ろしいことに、あたしにもこれの良さが分かるわ」
「ダメージねえけど! なんかイヤなんだ! 助けてくれーーーっ!」
満開のサクラを背景に。
さほど害のないモンスターがうねうねとうごめいて。
一見のどかな景色の中。
アイシャさんが見上げている先では。
先ほどから。
モモさんが悲鳴を上げています。
――レアなボーナスモンスター。
エビル・ショクダイオオコンニャクが持つ唯一の攻撃。
手であり、足でもある大量の根っこでキャラクターを捕まえて。
十分間ほど空高く持ち上げてしまうという、ただの迷惑行為。
ですが、サクラのピンク色という背景の中。
根っこ数本に巻き付かれて、自由を奪われて。
空中でもがくモモさんの褐色の肌が。
何と言いますか。
ええ、ほんとに。
「……分かるわ」
「分かっちゃダメです。乙女的に」
「妄想が暴発する前に助けてあげたいのに足が動かないの。まったく、なんというくっころ」
「どこで覚えて来たんです? そんな思春期男子にしか分からない単語を使わないでくださいよ。乙女的に」
こいつを倒せば、どんなモンスターでも一定時間マヒ状態になる『失神大悪臭玉』を入手できるのですが。
倒した後も大変厄介。
半径数十メートルに飛び散った根っこが勝手に暴れて。
やはりキャラクターを縛り付け。
大量のくっころを生み出すという最悪なクリーチャー。
できれば相手にしたくない上に。
女性が捕まると、なんかこう。
「俺、道久ほどじゃないにしても、あの姿を一生見ていられる気がする」
「道久。そんな目で凝視しているんじゃない。向こうへ行け」
「お二人とも、首を上に向けながら俺を巻き込まないでください。よく見なさいな、俺はモモさんの方を向いていません」
だって、そうしなくても。
お隣のモニターを見ればモモさんの姿を拝むことができますので。
「ちきしょう! みんな、覚えてろよ! 物理的に報復してやる!」
「それは困るのです」
「よし! 助けるわよ!」
ようやく重い腰をあげた俺とアイシャさんだったのですが。
俺たちの攻撃力では硬い根っこに歯が立ちません。
試しに、茨の鞭の様な根っこを手持ちの最強装備で切ってみても。
案の定、ダメージ表示は『1』。
基本的に、魔法か弓で弱点の頭を撃ち抜いて倒す相手ですし。
さもなければ、ダウンの効果があるコンボ攻撃を叩き込んで横倒しにして。
頭を地面に降ろせば剣が届くのですけど。
「ダウンコンボ、このメンバーだとモモさん抜きではできないのです」
ということで、八方ふさがりなのですが。
そこは天下御免のルールブレイカー。
アイシャさんがこともなげに言い放ちます。
「頭んとこなら切れるんでしょ?」
「届かないでしょうが」
「なに言ってるの?」
「……なにしようとしてるの?」
そんな質問に。
行動で答えたアイシャさん。
「ごはっ!?」
得意のフルスイング。
からのノックバックで。
「……また、えらいこと思い付きましたね」
俺の体を空中に突き飛ばしたのでした。
以前、山から突き落とされた時にもこのバグが発生しましたが。
その応用編。
俺は、何もない虚空にすくっと立ち上がると。
エビル・ショクダイオオコンニャクの柔らかい頭部へ向けて剣を振りました。
……すると、非力な俺が三回ほど剣を振っただけで。
モンスターはへなへなとその場に崩れ落ちて。
鞭の様な根っこが数十本。
本体の爆発と共に、無造作にばらまかれたのです。
「きっ、気持ち悪いっ!」
「ひいっ! 一難去ってまた一難っ!?」
慌てて逃げ出すヤング君とモモさんでしたが。
「……しまった。こうなると十分ほど何もできんのだったな」
「いやーっ! またつかまったーっ!」
ヤング君とモモさんは根っこに捕まってしまい。
地面でじたばたと暴れています。
まあ。
そんな悲劇の中では笑い事なのですが。
「いえ。俺には過ぎたるおもてなしなので、どうぞお構いなく」
どうせ空中で一歩も動けないというのに。
ご丁寧に、俺にも一本巻き付いてきました。
しかも、ノーモーションで地面に瞬間移動させられたのですが。
せっかく没入しているのに。
所詮ゲームなんてプログラムなんだなと冷めてしまうのでやめてください。
……あと、そこまでするのなら。
他の方と同様に扱ってくださいな。
「……これに巻き付かれても立っているんだな」
「言いたいことはそれだけですか、ヤング君」
やれやれ。
他の皆さんは無事かしら。
固定されたままの、俺の視界の中では。
アイシャさんが、得意の黄色いエフェクトを連発させて根っこを追い払っているのですが。
あとのお二人は……。
「わ、Yっち君。そんな強力なアイテム連発して、もったいない……」
「うるせえ! 俺はジャスミンにあんなかっこさせねえからな!」
ボスクラスのモンスターでさえ一定時間動きを止める『メデューサの灰』。
強力な武器や防具と大差ない金額がするアイテムをこれでもかとばらまいて。
ジャスミンさんを守るYっち君。
気持ちはわかるのですが。
なんという近視眼。
十分間、目をつぶっていれば済むでしょうに。
……でも。
呆れる光景と誰もが思う中。
Yっち君だけは本気だったようで。
そんな気持ちが。
皆の知るところとなりました。
「ほ、ほんとにやめて。私はどうなってもいいから……」
「うるせえ!」
「もう、ほんと……」
「黙ってろ! 俺はお前の事好きなんだよ! お前のためなら、すべてを捨てても構わない!」
そんな、魂の叫びに。
一同揃って絶句。
いや、分かっていたけども。
あからさまでしたけども。
それでも。
なんという公開告白!
今の今まで、ムキになって根っこを追い払っていたアイシャさんも呆然自失。
根っこに巻き付かれて地面に転がってしまったのですが。
その操縦者をちらりと横目でうかがうと。
「……そうだね。とんでもないことになったね」
口を
アイシャさん同様、身動きを封じられていました。
――はじめは小さなイタズラが。
ヤング君がジャスミンさんに告白して。
Yっちくんまで告白して。
ただの三角関係だとしても頭を抱えるほどなのに。
「……最悪なのです」
これがどんな結果になってしまうのか。
想像もつきません。
この、めちゃくちゃに広がった大風呂敷。
ちゃんと畳むことができるのでしょうか?
呆然と見つめる画面の隅で。
ジャスミンさんと、モモさん。
お互いに見つめ合うその瞳には。
……俺には。
涙が流れているように映るのでした。
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