サクラ? のせい


 ~ 四月一日(月)

 ア:LV27 道:LV26 ~


 サクラ? の花言葉 真心の愛



 本日はオフ会。

 まーくんの家で。

 新元号の発表をみんなで迎えようという、変な理由で集まりました。


 今年の四月一日は。

 エイプリルフールよりも。

 こちらの方が盛り上がっているのです。


「すいません、騒がしくて」

「いや、俺は賑やかで嬉しいぜ?」


 女子三人に混ざって、まーくんもキッチンに入ると。

 魚焼きグリルでスペアリブなど焼き始めました。


 そして男子三人は。

 リビングで、最終決戦に向けての作戦会議。


 フォーメーションと連携攻撃。

 動線と攻撃タイミング。


 俺にはレベルが高すぎるお話なので。

 ついキッチンの様子に意識を向けていると。


「ええと、君、なんだっけ。りこぴんちゃんだっけ」

「はい。なんです?」

「料理はいいよ。俺が代わりに手伝うから、座ってな」

「え? 料理、こう見えて得意なんだけどな」

「そうじゃねえよ。足の怪我は侮っちゃいけねえ」


 未だにギプスが取れない向井さんに。

 ちゃんと治せと優しい言葉をかけたまーくんなのですが。


 気を使われたというのに。

 向井さんは口を尖らせているご様子。


 でも、彼女は俺たち男子チームの方をちらりと見た後。

 ため息をつきながら、ダイニングテーブルへ腰かけました。


 これ、随分前ですが。

 穂咲から料理を取り上げた時に似ていますね。


「向井さん。ひょっとして、お料理好きだったりします?」

「いや、そういう訳じゃないから。気にすんなよ」


 そんな返事とは裏腹に。

 寂しそうな笑顔を俺に向けられましても。

 気にしないわけにはまいりません。


 お料理をするなと言われたことが。

 それほどショックだったのでしょうか?


 そんなことを考えていたところに。

 男子ならではの、無神経な言葉が向井さんを攻撃します。


「向井が料理って! 似合わねえな!」

「……まったくだ」

「そ、そうだよな! ははっ! 我ながらそう思うよ……」


 男子二人による。

 向井さんへの軽口が。


 なんだか辛らつに聞こえるのは。

 扱いの差というものから生まれるのでしょうね。


 だって、君たち。

 態度が違い過ぎるのです。


「ん。そしたら李子りこちゃん。ホットプレート出すから、クレープ作って」

「まつりんは気が利くなあ! 優しいし、可愛いし!」

「……まったくだ」


 先日から、すっかりこの調子。

 向井さんへ気をつかう坂上さんに。

 男子からの褒め言葉が雨あられ。


 でも、坂上さんは男子二人にもてはやされる声をスルーして。

 おじさんの手を借りながら。

 テーブルに、ホットプレートをセットするのです。


 ……その表情も、なぜか寂しそうで。

 ちらちらと、向井さんの様子をうかがっているようなのですが。


 このお二人。

 どうして時たま寂しそうな顔をするのでしょう?


「しかし、新元号ねえ。この俺も、昭和から三つの元号をまたいだわけだ」


 世界中の、ホットプレートのケーブルは。

 穂咲がけつまずくように設計されているので。


 まーくんが、養生テープで床にケーブルを止めながら感慨深げにつぶやくと。


 男子コンビが口をそろえて。


「じじいだ」

「じじいだ」


 酷いことを言うのです。


 ……君たち、坂上さんを褒め過ぎているせいで。

 その分、他の皆さんへ冷たくしないとバランスが取れないのですか?

 

「確かに、お前らから見たらじじいだな。このサクラ見て、なんか和んじまうし」


 そう言いながら。

 テーブルに俺が飾ったお花を愛でる表情は。


 記憶の中のおじさんそっくりで。

 さすがは兄弟なのだと思うのです。


 ですが、おじさんなら。

 そんな間違いはしないはず。


 サクラですか。

 ふっふっふ。


 わざわざ独自ルートで準備した甲斐があるのです。


 昨日の悔しさを受けて。

 俺もいたずらをしたくなりまして。


 騙される側から。

 騙す側へ回るのです。


 この花瓶に挿したお花。

 確かにサクラ属のお花ではありますが。


 なんとこれ。

 アーモンドの枝なのです。


 ちょうど、まーくんがいいパスをくれたので。

 イタズラ開始と行きましょう。


「……それを見て和んだところで、じじい認定ということは無いと思うのです。穂咲も、これ見て和むよね?」

「もちろんなの。サクラは日本の心なの」


 やった!

 狙い通り!


「引っかかりましたね? 実はこれ……」

「なんで引っかかったことがわかったの? 生クリームの味見してたらエプロンにかけちったの」

「俺のYシャツが!」


 ああもう!

 それ、お気に入りの一枚!


 イタズラなんてどうだっていい。

 大慌てで穂咲からシャツ剥ぎ取って。

 携帯で、染みにならない対処を検索です。


「秋山。引っかかったってどういう意味だ?」


 半べそをかきながら携帯をいじっていると。

 向井さんが聞いて来たのですが。


「その枝はサクラじゃなくてアーモンドなのです。皆さんを騙すつもりで持って来たのに、穂咲の異次元ボケ殺法により台無しになりました」

「え? ……アーモンド? これが?」

「はい。見た目と違って、中身は意外なものという遊びです…………? あれ? みなさんどうしました?」


 女子三人が。

 俺の話を聞きながら。

 揃って硬直してしまいましたけど。


 視線を泳がせて。

 イタズラがばれそうな子供状態。


 ……前もこんなことになりましたよね?


 昨日は、唐揚げとケーキ。

 今日は、サクラじゃなくて、本当はアーモンド。


 そんなイタズラを見て。

 何をびくびくしているのやら。

 さっぱり分かりません。


 ……ああ、そう言えば。

 ゲームを始めたばかりの頃。

 イタズラを仕込んだと言っていましたね。


 昨日、穂咲がちょこっと口走った。

 『気持ちを聞き出そうとした』。

 そんな言葉と関係があるのですか?


「穂咲、教えなさいな。誰が、何の気持ちを聞こうとしてどんなイタズラを始めたというのです?」


 ……気軽に聞いたのです。

 別に、答えたくないならそれでもいいくらいの気持ちで言ったのです。


 ですが、俺がそう口にした瞬間。

 家の中の空気がガラッと変わって。



 ああ、この感じ。

 俺は今、地雷を踏み抜いたようです。



 向井さんはともかく。

 おっとりチームのお二人も。

 空間移動を使ったのかと思える速度で俺に近付くと。


 坂上さんが、本を顔に押し付けてきて。

 逃げようとしたところを、穂咲による膝かっくん。

 そしてのけぞった体を向井さんが肩に担いで。

 あっという間に寝室へ連れていかれました。


 なんと見事な連係プレイ。

 適材適所と言うならば。

 君たちがボス戦の作戦を考えて。

 俺たちが料理を作った方が良かったのでは?


 さて、そんなことを考えている場合ではないものの。

 女子を守る最強のイージス、向井さんが相手では。

 どんな抵抗も無駄。


 俺は初手から。

 平身低頭というファイティングポーズを選択しました。


「ごめんなさい。もう何も質問したりしませんから、手荒な真似はしないで欲しいのです」

「しー! 隣に聞こえるといけないから、なるたけ小声で無駄な懇願をするの!」

「無駄って言い切った! 痛いのは嫌だ!」

「うるせえ、ほんと静かにしろ。あと、二度とイタズラの事を口にすんな」

「ん。黙ってたら、見逃すから」


 …………ん?

 え?


「すいません。も一度」

「だから、声がでけんだよ秋山。ぶん殴られてえのか?」

「ん。イタズラの事、言わないなら何もしない」


 …………ええええええ!?


 坂上さん。

 向井さん。


 今。

 なんて言いました?


「そ、それがイタズラ……、じゃなかった。なにも知りません言いません」


 俺が心からの誓いを立てると。

 三人は、それでよしとばかりにコクリと頷いたのですが。



 なるほど。

 ……なんという質の悪いイタズラ。



 察するに。

 その手を使ってやろうとしたことは。


 矢部君、細谷君。

 彼らが好きな子を探ろうとしたのですね?


 でも。

 聞き出すも何も、男子コンビの気持ちはあからさま。


 しかもそんなことになったせいで。

 絶対にイタズラがバレるわけにはいかなくなったのです。



 この事態。

 一体、どうしたら丸く収まるのか。


 寝室に、一人残された俺は。

 昨日の穂咲のように、むむむと唸り続けるのでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る