イチゴのせい
~ 三月三十一日(日)
ア:LV27 道:LV25 ~
イチゴの花言葉 幸福な家庭
昨日の告白事件以来。
携帯で、女子同士の秘密会議を続けているのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をツインテールにして。
その結び目に、イチゴの白い花を咲かせています。
そんな会議に明け暮れて。
ゲームの方がおろそかなのではと問われれば。
世間的に見れば、確かに進んでいないのですが。
穂咲的には大躍進。
メッセージの交換をしながら。
アルラウネから卵をかき集めて。
目玉焼きを焼き続けて。
お料理スキルが八十を越えました。
そんな機械作業に付き合わされて。
すっかり、この草原の景色を見飽きた俺ですが。
ついつい。
その一角を目で追ってしまいます。
……あのあたりから。
ジャスミンさんは逃げてきたのですよね。
細谷君も大胆と申しましょうか。
ライバルがいないスキに。
坂上さん……、じゃなかった。
ジャスミンさんに告白するなんて。
春爛漫。
恋の桜が花開く。
でも今はまだ。
三分咲きといったところでしょうか。
そんなことを考えていたら。
アラームがぴぴっと、五分前よと穂咲へ伝えます。
「ご飯は炊けたけど……、肝心のおかずがまだ来ないのです」
時間、かかり過ぎだと思うのですが。
おばさんは一体何をしているのやら。
今日はお店がお休みだから。
お昼を一緒に食べましょうと。
おかずを持ってすぐ行くからと。
電話が来たのは二時間前。
お昼に合わせて土なべを準備。
その炊きあがりを見計らったように。
ようやくおばさんが玄関から現れました。
「ふい~! 新婚家庭に持って来るにはなにがいいか、悩みすぎちゃった!」
「なんとか家庭じゃありません。それよりいつもすいません。こいつ、もっと頻繁に帰らせますので」
「良いのよ。新居をあんまりあけちゃ、新妻失格でしょ?」
「なんとか妻でもありません」
もしも。
穂咲がそのなんとか妻だとしたら。
これほど寝ても覚めてもコントローラーを握っていたら。
即刻、家を追い出されます。
「っというわけで! お婿さんに喜んでいただくために厳選した品がこちら!」
「おなんとかさんでもないのですが。何を買ってきたのです?」
「二つ先の駅前で売ってる、絶品のイチゴロールケーキよ!」
……絶句。
なんとか家庭のなんとか妻のおなんとかさん。
じゃなかった。
しゅうなんとかさんの暴挙に、開いた口が塞がりません。
突っ込みも忘れて呆然としていたら。
アラームがぴぴっと、もうそれをおかずにご飯にしましょうと。
俺に伝えるのでした。
「……穂咲さん。カップ麺剥いて、スープ出して」
俺の言葉に穂咲は頷きます。
あれをふりかけにして食べましょう。
でも、穂咲は一つ頷いたきり。
携帯をにらみつけて。
タレ目の間をむむむと寄せています。
細谷君の告白について。
そんな深刻な事態になっているのでしょうか?
「……ちょっと耳貸して欲しいの」
そしてようやく立ち上がった穂咲が。
珍しいことを言い出します。
内緒の相談なんて、あまりしないですよね。
おばさんがニヤニヤしながら聞き耳たててますけど。
君、ひそひそ声は苦手だから。
筒抜けになるんじゃない?
むむむと唸りっ放しの穂咲に続いてキッチンへ行くと。
そこで待つのは、炊き立てご飯の幸せな香り。
そんな香りを生み出す土なべの蓋を。
穂咲は素手で、せーのと気合を入れて。
掴んで開いて、一瞬のうちにシンクへ置いて。
指の熱さに目を回す前に。
俺の耳たぶをつまみます。
「……想定してなかったら大声あげてたとこですよ」
耳貸してって。
こんな用途で言う人いません。
「だって、自分のみみたぶじゃ熱いの」
そして言い放つ自分勝手なお言葉。
普段なら、口喧嘩へのプロローグ。
でも、ここで効果を発揮したものは。
日本人のDNAに書き込まれた、諍いを止める一つの手段。
ほかほか炊き立てご飯の湯気を顔に浴びると。
「じゃあ、しょうがないですね」
「しょうがないの」
この無茶苦茶も。
許せるから不思議です。
――そんな幸せ炊き立てご飯。
お茶碗によそってダイニングへ戻ると。
「おや? この香り。唐揚げでしょうか」
スパイシーなのに、香りだけで油の甘みが伝わって来る特徴的な香りは。
二駅お隣りの駅ビルにある唐揚げやさんのテイクアウト。
「なんだ、おかずも買ってきているじゃないですか」
そう言いながら、ヤンキー風なサングラスをかけた鳥のパッケージを指差すと。
「あら? 道久君、こっちをおかずに食べるの?」
「そりゃそうでしょうよ」
「じゃあ、私とほっちゃんはこっちでご飯食べるわ」
おばさんは、たまに見せるいたずらっ子の微笑を浮かべて鳥のパッケージを俺の前に置くと。
よくある、ケーキ用の無地の箱を取り出して。
穂咲と自分の間に置いて、封を開いたのですが。
驚くことに。
その中から、ジューシーな香りを放つ唐揚げが顔を出したのです。
「酷い! 騙されました!」
「ふっふっふ! 電車の中で急に思いついて、その場で入れ替えておいたのさ!」
「呆れた! 迷惑! じゃあ、手掴みで入れ替えたの!?」
「何とでも言うがいい! すべて褒め言葉として受け取っておくわ!」
「いいえ、最後のを褒め言葉と受け取られても……、あれ? 穂咲?」
俺は、こんなドタバタ喜劇が演じられている中で。
なんだか穂咲の様子がおかしいことに気付きました。
こいつの場合、話の意味が分かる場合は悪乗りして。
意味が分からない場合は、ぼーっとした顔をしていると思うのですが。
どういう訳か、いたずらが見つかりそうな時の子供の様に。
視線を泳がせながら、身を縮めているのです。
「なんですそれ? おばさんのいたずらが、どうかしましたか?」
「なんでもないの。さあ、唐揚げをご飯でワンバンさせて食べるの」
「話しなさい」
「…………黙秘権なの」
穂咲の様子に、おばさんも目を丸くさせて肩をすくめていますが。
ほんと。
何を隠しているのです?
「こら。言いなさいよ。まさか悪いことじゃ無いでしょうね」
「悪くなんか無いの。気持ちを聞き出そうとしただけ……、なんでもないの」
「気持ち? それとこのいたずらと何の関係が……」
「すべて質問は弁護士を通して欲しいの」
「おかしなこと言ってないで、正直に言いなさい」
「そういううるさいこと言う人だと思わなかったの。実家に帰らせていただくの」
「なんて言い草ですか」
そして、玄関へ向かって走っていった穂咲は。
一瞬で引き返しておばさんとケーキと唐揚げを手にして再び玄関へ。
本当に実家へ帰ってしまいました。
「……さっぱりわからん」
仕方がないので。
俺は、ラーメンスープの封を切りました。
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