アルメリアのせい
~ 三月三十日(土)
ア:LV27 道:LV23 ~
アルメリアの花言葉 滞在
本日は、アルメリアが咲き乱れる野原で。
最終決戦に向けて、フォーメーションの練習を行っています。
ここに出現するアルラウネが、目標としている魔神とサイズやタイプが近いので。
仮想魔神として、連携を練習しているのです。
……主に。
俺とアイシャさんを除く四人が。
「……どう考えても、俺たちが混ざると邪魔なのです」
「ほんとよね。いくら雑魚とは言え、ダメージゼロで倒せるってどういうこと?」
ロールプレイングゲームとは言え、アクションも大きな要素である本作。
キャラクターを思い通りに操作するだけならともかく。
これほど確実に、タイミングよく攻撃と回避を連携させる手腕は驚愕と言うしかありません。
「さすが、Eスポーツで世界を狙うと豪語するメンバーなのです」
「いやいや、こんなもんじゃまだまだだぜ!」
「ん。……ヤング君は、敵との距離、もう半歩近く。モモちゃんは、『気』の溜めに入るタイミング、早すぎ。危ない」
四人の戦闘指揮官は、意外にもジャスミンさんで。
拳法部のエース、向井さん改めモモさんは。
そんな指摘に素直に頷きます。
「そうそう! お前ら気合入ってねえんじゃねえのか? 俺を見ろよ! 完璧だったじゃねえか!」
「……ん。Yっちは、戦闘中うるさい」
あいたあと叫ぶなり。
ぐったりとうな垂れたYっちの姿を見て。
みんなは呑気に笑いますが。
でも、やっぱり。
俺には真似のできない、凄い領域なのです。
「じゃあ、皆さんは大会とか出たりするのですか?」
「……ああ。春休みが明けたら、大会がある」
「そうさ! FPSのチーム戦なんだぜ?」
FPS。
銃で撃ちあうゲームですよね。
なるほど、そういったゲームをするメンバーにとって。
今日くらいの連携は朝飯前なのでしょうね。
皆さんの凄さに改めて感心して。
思わず声が漏れるのです。
「……凄いのです、皆さん」
「おお! もっと褒めろよ!」
「ん。……Yっち。その大会、エントリー、しといてくれた?」
「あ。締め切りいつまでだったっけ」
「今日だよ今日!」
「ええええええええ!?」
「……さっきの褒め言葉、Yっち君の分だけ返してもらいます」
さすがはクラスのお調子者コンビの片割れ。
これだから褒め甲斐がない。
そしてYっち君は、今から書類を提出するために町へ行くとのことなのですが。
ええと。
キャラクター、このままなのですか?
「じゃあ、後は頼んだ!」
「ははっ! 二時間くらいわけねえや。いいよ、ここで守っててやる!」
「……道久を見習って、罰として立ってろよ」
「無茶言うな! 勝手にしゃがんじまうんだから!」
そんなやべっちくんの声に合わせて。
Yっち君がしゃがみ込むと。
それきりしゃべらなくなってしまったのです。
「……めちゃくちゃだな、あいつ」
「ほんとなのです。でも、ここなら二時間くらいのんびりしていられるのです」
時たまアルラウネが出現するとは言え。
この辺りはほぼ安全地帯。
景色も清々しいですし。
久しぶりに、俺にとって一番のゲームの目的。
ぼーっと景色を楽しむことができそうです。
……そんな美しい風景画の左下隅。
俺よりも幸せそうに、この時を堪能しようとうごめく白いコート。
「ようやく! ようやく待ちに待ったこの時が来たのだよロード君!」
「ああ、さすがにアイシャさんではいられなくなりましたね、教授」
アルラウネは、鳥と木を合成させたような女性の姿をしていまして。
基本的なドロップアイテムは『トリの卵』。
「商店では売っていない品だからな! これこそあたしのアイデンティティー!」
「ようやく手に入りましたね。俺のもあげますよ」
「ははっ! あたしのもやるよ、沢山練習しな!」
「よし! 早速焼いてみるのだよ! まずはトロ火から……」
そして教授は、俺のすぐそばで目玉焼きを作り始めたのですが。
そんなに近くで火を焚いたら。
「……教授、せめてレアにしてください」
「ん? ロード君は半熟が好みということくらいわきまえているぞ?」
「いえ。お肉の方のお話です」
俺の頭からテンポよく上がる『1』のダメージ表示に目を奪われていたら。
モモさんが、不意に話しかけてきました。
「そうだ、道久。向こうにいい景色のとこあるぜ?」
「お? 行きます行きます。教授はここを動かなそうですし、後のお二人は……、あれ?」
気付けば、ヤング君とジャスミンさんが視界の遠く彼方。
ヘッドフォンの声も届かないほど遠くへ行ってしまわれました。
…………二人きり。
ちょっと意味深。
お邪魔しちゃいけませんね。
「じゃあ教授。アルラウネが出たら呼んで下さい」
「分かったの」
とは言え、目視できる範囲に騎士と魔導士がいるわけですし。
心配するほどの事もないか。
俺は、先に移動を始めたモモさんに追いつくべく。
自分の分身を走らせたのでした。
――緑の波。
風に揺れる若草が作り出す大海原。
そこに浮かぶ小さな丸い光の粒。
無数の妖精が波に揺られて日向ぼっこ。
「おお。これはなかなか」
素敵な景色に、モモさんもため息をついて見惚れていらっしゃいますが。
「……そういえば、足の方は平気ですか?」
「ははっ! ピンピンしてるって。もうすぐギプス取れるってよ!」
ふと、先日のことが気になって質問すると。
モモさんは、キャラクターを走らせておどけてみせたのですが。
「なにをおっしゃいます。この間無茶して、あんなに痛がってたので心配ですよ」
「え? ……ああ! そ、そうな! なんかあの時は急に痛くなったけど、すぐ平気になったから!」
忘れていたのですか?
人を杖代わりにしといて、随分じゃありませんか。
でも、忘れていた程度だったという事なら。
むしろ良かったのです。
「拳法の方では、大会を一つ棒に振ったようですし。早く良くなるといいですね」
「お、おう。……ありがと、道久」
モモさんらしくなく。
どこか歯切れの悪い声は。
ボイスチェンジャーを通しているせいなのでしょうか。
穂咲も俺も、この装置は使っていないので。
いつも通りに会話できるのですが。
他の皆さんが発する、このちょっと変わった声からは。
言葉のニュアンスをうまく汲み取ることが出来ません。
そんなことを考えていたら。
……お隣りから。
物理的な、肩へのバシバシ攻撃を受けました。
これは、ニュアンス丸わかりです。
「痛いのです。本体にも1ダメージずつ入りそうです。……何事ですか?」
俺が口を尖らせると。
穂咲はマイクの部分を手で握って、こちらの声が聞こえないようにしたまま。
自分のヘッドフォンを、俺の耳に押しつけてきたのです。
すると聞こえてきたのは、ヤング君の声。
どうやら、アイシャさんへ声が届いているということに気付かず会話をしているようなのですが。
……これ。
どう聞いても。
「え? ……ヤング君、ジャスミンさんを口説いてる!?」
思わず声に出してしまったのですが。
危なかった、穂咲がマイクを握っていなかったら大惨事。
でも、モモさんには俺の声が聞こえてしまったので。
絶句されていらっしゃるご様子。
そしてヘッドフォンからは。
Yっちが襲われるといけないからという適当な言いわけが聞こえてきて。
返事が保留になったことを俺に教えてくれたのです。
「……アイシャ。目玉焼き、どう?」
「ふえっ!? み、見事に酸化炭素の出来上がりっ!」
「ん。……私の分で、再チャレンジ。がんばれ」
慌ててヘッドフォンを穂咲へ返して。
体よくごまかしましたけど。
ドキドキなのです。
「ん。……失敗作。今度は置きっぱなしに、しない」
「だ、ダイジョブ! ロード君なら美味しく食べてくれるから!」
そして、慌てて戻った俺に。
黒い何かが渡されたのですが。
まあ、二人の会話を聞いていたのでは。
こうなることもやむなしですね。
でも。
「はい、召し上がれ、酸化炭素」
「焦げて炭になったって意味? 化学を一から勉強し直しなさいな君は。……まあ。食べるのは分身だからいいですけど」
そう言いながら、画面の中の道久が、酸化炭素をぱくっとひと飲み。
すると口からほとばしる、クリティカルを表す黄色い光。
「……ウソですよね」
俺の分身。
いつものように、顔面から地面に倒れたのですけど。
「何の魔法をかけたのですかアイシャさん?」
「くろーくなあれ、もえもえきゅん」
頭に来た。
俺が、隣りでおどける穂咲の頭を小突くと。
暗転する画面の隅には。
ずっと無言のまま、立ち尽くすモモさんの姿が映っていました。
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