染井吉野のせい


 ~ 三月二十八日(木)

 ア:LV23 道:LV14 ~


 染井吉野の花言葉  清純



 ここは、坂上さんの地元。

 駅前から少し離れた広い公園の中にある、白いカフェテラス。


 おしゃれで、少し気後れしてしまいそうなお店ではあるのですが。

 今日は花見客でにぎわっているおかげで、俺たちも気軽に利用できるのです。


 染井吉野の枝の下。

 四人掛けのテラス席を二つ、勝手に寄せて。

 すぐ目の前の芝生には、ビニールシートがそこかしこ。


 必然的に。

 俺たちも賑やかに騒ぎ始めます。


「言った通りだぜ、まつりん! お礼になんでも頼んでいいから!」

「ん。……でも、あの……」

「俺も半分持つ。ここは豪勢に、ケーキスタンドでも頼もうか」

「こらてめえ! なに一人でかっこつけてんだよ!」

「別に、いつも通りだが……」

「そう言いながらしれっとまつりんの隣に座るんじゃねえよほそヤング!」

「逆側が空いてるだろう。うるさい奴だな」


 今日は、昨日の坂上さんの勇気を称えるオフ会とのことで。

 だったら花見も兼ねてここに集まろうと企画したのはやべっち君。


 気張っておしゃれな店を探して。

 ご本人も、小洒落た服に身を包んで来たものの。


 ふたを開けたら、いつもの大騒ぎ。

 物静かな坂上さんには辛かろう。


 そう思っていたら、案の定。

 坂上さんは、両隣に座った男子を無視して。


 こちらのテーブルで、妙に静かにコーヒーカップを傾ける向井さんへばかり話しかけているのですが。


「……でしたら、席を代わりましょうか?」

「やかましいぞ道久! お前はそこに座ってろ!」

「そうは言いましても。ねえ、ほそヤング君」

「そうだな。……じゃあ間を取って。そこで立ってろ」

「おかしいでしょ」


 ソメイヨシノの枝の下。

 ぼーっと立っているのも、確かに魅力的な提案ですが。


「おいしいの。ケーキと紅茶」

「ですね」


 今はショートケーキに没頭したい気分。

 いやはや、慣れないゲームを日がな一日。

 疲労困憊の脳が、糖分を求めるのです。


 もう、誰も驚かなくなった年中行事。

 イチゴの無いショートケーキをぱくつくと。


 鼻腔を抜ける桜の香り。

 生地に練り込んであるのでしょうか?

 心憎い演出なのです。


 そしておとなりのテーブルには。

 白いおしゃれなケーキスタンドが届き。


 ビニールシートでお酒を楽しむ皆さんから。

 なぜだか拍手が湧き起こりました。


「いやはや、凄い量なのです」

「ん。……あの、ね? こんなに食べきれないから李子りこちゃんもこっち、きて?」

「いいって。茉莉花まりかが頑張ったで賞なんだからさ、有難く食べろよ」


 なんだか、困り顔から寂しそうな顔にシフトしてしまった坂上さんが。

 向井さんと細谷君の顔を、ちらりちらりと交互に見ているのですが。


 そんな坂上さんに。

 どうにも分かりやすいぴっかぴか一張羅姿のやべっち君が。


 猛烈に存在をアピールします。


「それにしても、ほんとに助かった! まつりんは勇気あるな!」

「ん……。あの、それはもういいから……」

「いやいや! 今度何かあったら、俺が助けてやるからな!」

「ん……、でも……」

「遠慮するな。僕も、坂上の立派な行動に、心が震えた」

「うるせえな、お前は黙ってそこのパンかじってろよ」

「……お前は、スコーンも知らんのか」

「なんだと!?」


 やれやれ。

 お礼として、両手に花を堪能していただきたいのでしたら。

 もっと穏やかに行きましょうよ。


 でないと、頭上で淡く微笑むお花に。

 お姫様を取られてしまいますよ?


 さて。

 そんな賑やかな三角関係も気になりますが。


 こちらはこちらで。

 妙に静かな向井さんが気になります。


 なんだか、お隣りのテーブルから距離を置いているように感じますが。

 昨日の逃走劇で。

 坂上さんに勇敢さで負けたことを悔しがっているのでしょうか。


 正義を信条とする向井さん。

 この人なら、そう考えていてもおかしくありません。


「……今日は、あんまり向井さんらしくないのです」

「え? ……そうか?」

「そうなのです。こいつを見習って、いつもらしく楽しむと良いのです」

「にゃんこなの!」


 俺が指差した先から、一瞬で消えて。

 テラスへ迷い込んだ猫を追っかけまわして転んで。

 ビービー泣いている穂咲を……。


「すいません。見習わないでいいです」

「まったく、しょうがねえなあ穂咲は……」


 そして向井さんと坂上さんが席を立って。

 まるで子供みたいな穂咲をあやしてくださいます。


 監督責任のある俺も行かねばならないでしょう。

 そう思いながら席を立つと。

 シャツの裾をグイっと引っ張られたのです。


「なにをしますかやべっち君」

「うるせえ、邪魔すんな。まつりんが穂咲ちゃんをあやしてる姿を愛でたい」

「変なことをおっしゃる。ねえ、ほそヤング君」

「……いや、分かる」

「ウソですよね!?」


 振り返ってみれば。

 お二人揃って伸び切った鼻の下。


 そんな恋敵同士が。

 本件に関しては共感しているご様子。


「いいわ。まつりん」

「ああ、そうだな」


 そして、視線を坂上さんに向けたまま。

 拳をこつんとぶつけ合ったのです。


 ……でも。


「それにひきかえ、向井はダメだな」

「ああ。……坂上に任せて、自分は焼き鳥の屋台に行くとかどうかしてる」


 お二人の言う通り。

 向井さんだけ遠くに見える屋台へ。

 足のケガを感じさせないような歩みで近付いていくのです。


 あの正義感の塊が。

 食欲に負けることなどあるのでしょうか。


 気になった俺が。

 屋台へ小走りで近付くと。


 向井さんの長身を。

 屋台の裏手で見つけたのです。



 ……そんな彼女が手を振る相手。

 ビービーと泣く女の子を抱えたお母さん。


 しきりにお辞儀をしながら離れていくお母さんの姿が見えなくなると。

 向井さんは、急にうずくまってしまいました。


「向井さん!? なにがあったのです?」

「おわっ! ……なんだ、秋山か。何でもねえよ」

「何でもないわけ無いでしょう! 真っ青な顔してるじゃないですか!」


 うずくまった時、向井さんは明らかにギプスをしている足を押さえていました。

 何かをして傷めてしまったのでしょう。


「……誰にも言うなよ?」

「…………はあ」

「木に登って、降りられなくなった子がいてさ」

「可哀そう」

「だからあたしも木に登って……」

「その足で?」

「抱きかかえて、飛び降りたんだ」

「その足で!?」


 呆れたっ!

 向井さん、あなたという方は……。


「なんだその顔。悪かったな、バカで」

「そんなこと思いませんよ、勇敢だなと感心していたのです」

「……お、おう。そうか」

「でもそういう事でしたら、みんなに事情を話して、今日は解散にした方が……」

「いいから言うなよ。最初に約束したじゃねえか」

「はあ。……でも」


 そう言われましても。

 みんながこっちに向かって来るのです。


「そうしてしゃがんでいたら、結局バレるのです」

「よし。お前の得意なやつやれ。今すぐだ」


 そう言われて、立ち上がらない秋山などいません。


 そして向井さんは、突っ立った俺の肩にひじをついて寄り掛かると。

 心配顔で俺たちの元に駆け寄る四人を、笑顔で迎えたのです。


 いやはや、背の高い向井さんだからできる芸当ですが。


「……いつまでそうしている気です?」

「痛みが引くまでだ」


 と、いう事は。

 未だに痛いのですね。


 そこまで言われたら動けませんよ。

 せいぜい、もっと体重を預けてください。


 俺は向井さんの想いを無にせぬよう。

 努めていつも通りに、寄り掛かられている件について文句を言うと。


 みんなは楽しそうに笑ってくれました。



 それにしても、みんなに気を使うなんて。


 向井さんは。

 勇敢で、優しくて。


 この、満開となった染井吉野のように。

 心の清純な方なのでしょうね。


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