マリーゴールドのせい


 ~ 三月二十六日(火)

 ア:LV17 道:LV9 ~


 マリーゴールドの花言葉 勇者



 切り立った渓谷にかかる頑丈な吊り橋。

 その一方は風光明媚でのどかな村の入り口で。


 他方は、うっそうとした森を経て。

 大きな町へと続く踏み分け道へ続いています。

 

 ……俺とアイシャは、そんな村に長らくご厄介になっておりまして。

 本当は、アイシャさんのレベルなら。

 森を抜けた先にある、大きな町を拠点にした方が良いはずなのですが。


 俺のレベルに合わせてくれているのと。

 そして。


「この村の方が、景色も人もぽかぽかなの」


 という、変わった理由のために。

 二人して、ずっと腰を落ち着けているのです。


 そんなのんきな村に。

 今日は驚くほどの冒険者が大集合。


 吊り橋の向こうから。

 モンスターの大群が押し寄せてくるという臨時ミッションが開催されるのです。


 同時に行われる臨時ミッションの中では最低レベルの報酬ですけど。

 こちらの村には御恩があるので。

 迷うことなくここへ参加。


 絶対に守り抜いてみせるのです。


 しかし、小さなミッションだというのに。

 報酬も、その辺で手に入るものばかりだというのに。


 凄い人口密度。

 狭い村に、五十人以上のプレイヤーさん。


 オンラインのゲームというものは。

 たくさんの方が、世界のどこかで遊んでいるのだということを改めて感じて。

 そのスケールにあてられて、借りてきた猫のようにおとなしくなっていたら。


「おいおい、どんだけ内弁慶なんだよ道久」

「……まあ、無理して知らない人と話すことはないがな」

「おお、Yっち君、ヤング君。良かった、知っている人が現れて」


 ヘッドフォンから聞こえてきたのは。

 ボイスチェンジャー越しの、聞き取りづらいおかしな声。


 やたらと声が低い『Yっち』が矢部君で。

 落ち着いているのに甲高い声の『ヤング』が細谷君。


 こういうゲームでは。

 プレイ中には、キャラクターの名前で呼び合うのが作法らしく。

 俺も気を付けて。

 キャラ名で呼びかけているのですが。


 でも、二人は俺を。

 いつも通りに呼ぶのです。


「……それにしても。やはり気持ち悪いな、道久」

「ほんとだよな。本名にするなら、せめてカタカナにすっとか……」

「しょうがないじゃないですか。キャラメイキングの時、自分の氏名を書くものと思っちゃったので」

「ん。……でも、私たちは道久なんて呼び慣れてないから、ちょっと、照れる」

「ははっ! 実はあたしらに名前で呼ばれたいから、わざと名前にしたんじゃねえのか?」


 そして男子二人の後ろから。

 ジャスミンさんとモモさんが現れました。


 ジャスミンさんは、漢字で書けば茉莉花さん。

 ということで、坂上茉莉花まりかさんで間違いなし。


 だから必然的に、モモさんは向井さん。

 李子りこの李の字はスモモと読みますし。

 でも、名前のヒントなどなくとも……。


「モモさんはいつ見ても勇ましいのです」

「お? そうかそうか! もっと褒めろ!」


 モモさんが寄ってきて、俺の肩らしき辺りをポンポンと叩くのですが。

 そのグラマラスな褐色の肢体をほとんど露出させて。

 獣の皮で作った布を申し訳程度に大事なところに巻き付けて。

 虎の敷物の様なフードをかぶっているのです。


 そして得意武器も爪とか。

 実に向井さんらしい。

 いやもとい。

 モモさんらしい。


 ちなみに、Yっちはやたらと大きな弓を背負っていて。

 ヤング君はごつい黒鎧にごつい剣。


 そしてジャスミンは……。


「その装備、高く無かったですか?」

「ん。がんばった」


 ボイスチェンジャーをほとんど当てていない可愛らしい声と共にくるりと回るそのお姿。

 妖精のように半透明の羽根を生やした衣装の正面には、光り輝く魔導書が浮かんでいるのですが。


 まさに図書委員。

 じゃなかった。

 まさに回復魔法の使い手といったイメージなのです。


 そんな、イメージを体現したような皆さんが見つめる先。

 これから、血で血を洗う戦場となるであろう橋の中央で。

 本人のイメージと最もかけ離れた絶世の美女剣士が。

 本人のイメージ通り。

 この辺りでよく狩ることができるバッファローを丸焼きにしています。


 俺がこつこつ積み上げてきた工作スキルのたまもの。

 マリーゴールドの冠を被ったお姫様。


 その美しい姿の君に。

 一つ言いたい。


「……邪魔ですよ」

「おお! やっと一個上手くいった! やれやれ、バッファローの丸焼きは意外とコツがいるな!」


 魔物が押し寄せるというつり橋の真ん中で。

 満面に笑みを浮かべるアイシャさん。


 試しに、音声を通常モードに切り替えると。

 こいつへの非難が雨あられ。


「皆さん怒っていらっしゃいますから。その大量の失敗作を早く消してこっちに来なさいな」

「まあ待ってよ、道久君。戦いを控えたみんなに、美味しいものを振舞おうと思ったのよ。やっぱあたし、気が利くわよね!」

「それなら事前に練習しときなさいな。あと三十分くらいで始まりますから、この後時間ギリギリになれば百人以上集まるらしいですし、間に合いません」


 そこまで説明すると、アイシャさんは渋々立ち上がって。

 橋を埋め尽くすほど散らかしたバッファローを片付け始めたのですが。


 ……Yっち君が。

 急に大声をあげたのです。


「あれ? ……ウソだろ!? 敵襲! 敵襲ーーーーっ!」


 そんな声に、にわかにざわつく防衛隊。

 そして俺は穂咲共々。

 つり橋を渡り始めたオークの大群を見て悲鳴をあげました。


「ぎゃあああああ! 俺たちこのままじゃあっという間にミンチです!」

「に、逃げるの道久君!」


 キャラ作りも忘れて、慌てて叫ぶ穂咲の声が。

 ヘッドホンとお隣りから、ステレオで響くのですが。


 これが素人ならでは。

 慌てれば慌てるほど。

 二人して、端に転がった黒焦げバッファローを持ち上げるのです。


 そんな俺たちに。

 優しさの中に凛々しさを秘めた声がかけられます。


「ん。二人とも落ち着いて。青いボタンでそれを置いて、緑のボタンでダッシュ」


 そして俺たちを庇うかのように。

 白い妖精がバリアを展開します。


「た、助かったの、ジャスミンちゃん!」

「すいません! 先に逃げます!」


 でも、予定の半分ほどしか防衛隊は集まっていませんし。

 皆さん、準備もまだ始めていなかったようで。

 悲鳴と共に、右往左往。


 このままでは、村が蹂躙されてしまう!


 そんな悲壮な思いで橋を渡り切った俺に届いた声。

 それは意外にも。



 ……全員の笑い声でした。



「わはははは! なんだありゃ!?」

「だれだ!? あの天才的なこと考えたヤツ!」

「オークが牛につっかえて通れなくなってる!」


 振り返れば。

 バッファローが邪魔で先に進めず。

 武器を構えて足踏みをするオークたちの姿。


 そして防衛隊の皆さんは。

 思い思いに投てき武器を構えて。

 動けないオークに向けて集中砲火。


「いやー! 楽勝!」

「投てきスキル、上がる上がる!」

「これで村は守られたな!」

「MVPは、アイシャで決まりだな!」

「おお! あの、すげえ綺麗な子か!」


 そして、まだ勝負もついていないのに。

 巻き起こるアイシャコール。


 それに笑顔で手を振って応えるお調子者。

 君はあれですね。


 毎日なにかしら、伝説を作る子ですね。


 でも、アイシャさんは。

 隣りで呆れる俺に。


 こう言うのです。


「MVPは、ジャスミンちゃんなの」

「……そうですよね」


 危険を顧みず。

 俺たちを庇ってくれたジャスミンさん。


 笑顔で俺たちの元に戻って来た彼女に聞こえないように。

 やべっちとほそヤングくんと、男子三人オンリーで作ったチャンネルから。

 こんな声が聞こえてきました。


「やべえ。ジャスミンちゃん、惚れるレベル」

「……同感」


 俺は、お隣に聞こえないように返事をすることができないので。

 ジャスミンちゃんを惚けるように見つめる二人を。


 ただ、眺め続けているのでした…………ごひんっ!?


「な……、何だ!?」


 後頭部に輝く金色の光はクリティカルの表示。

 そして地面に倒れた俺の隣に転がる、見覚えのある自称・聖剣。


「あたしも、投げてみたの」


 投げてみた。

 なるほど。


 位置関係。

 俺 → 君 → 橋。


「…………わざとじゃないとしたら奇跡です」


 防衛戦ミッション。

 その被害者は。

 たったの一名だったのでした。


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