ミモザのせい


 ~ 三月二十五日(月)

 ア:LV15 道:LV7→8→7 ~


 ミモザの花言葉 秘密の愛



 鉱石が所々に露出した山、『ブランデー=ロック』。

 常にどこかで響くつるはしの音が、お酒の氷が音を立て続ける様子になぞらえられているとのことですが。


 未成年の俺たちには。

 ピンとこないお話です。


 頂上へとひたすら続く、山肌を巻くように走る登山道。

 ざらりとした質感を感じる、細く心もとない道ですが。

 俺たちはそれぞれの夢に向けて、勇敢にその歩みを進めます。


 足下を見れば、一時間ほど前に登山の準備を整えていた村がぼんやりと望めます。

 それほどまでに植生の無い『ブランデー=ロック』。

 逆に、天へ目を向ければ頂上も見て取れるわけで。

 もう、あと五分ほど登ればあの頂へたどり着くことができるでしょう。


 そんな俺の前を颯爽と行く、自称、元王女。

 アイシャの豪奢な金髪が、右へ左へ揺れています。


 その頭にはミモザで作った花冠。

 このゲーム、お花がやたら凝っていて。

 装飾品に加工できるので。


 俺の工芸スキルは。

 日に日に増すばかり。


 おかげで、戦闘は相変わらずのからっきしなのです。


「……助かります。俺一人ではとてもこんなとこまで来れなかったはずなので」


 噂では、レベルが二桁に達していないと攻略は厳しいと言われる『青蜥蜴』と呼ばれる鉱石の採取。

 そんな無謀に挑戦したことには訳があり。


 というのも、非公式ながら『名勝百選』なる情報がこの世界には広まっておりまして。

 最寄りではこの山の頂上がその名を連ねていたわけで。


 だったらクエスト攻略も兼ねて。

 少々無理をして回復アイテムを買い込んで。

 彼の地を目指しているわけなのですが……。


「気にしないでよ。あたしにも、登るだけの理由があるんだし」


 アイシャは、今まで一緒に旅をしていた仲間たちから離れ。

 一人、次の国王になるために、世直しをして歩いていると。

 そんなことを語っていたはずなのに。


 気付けば、そんなキャラクターメイキング中の設定すら忘れ。

 妙なことを目標に、日々冒険に明け暮れます。


「ずっと夢だったのよ。……この『ブランデー=ロック』の山頂で、ブタの丸焼きを食べることが」

「雰囲気台無しです。俺はこの世界に没頭したいのでそういう発言はやめて欲しいのです」

「道久君はおかしなことを言うのね。あたしは至って真面目に……、ん? 敵か!」

「厄介ですね。魔法も、アイシャの分一発しか残っていませんから温存しておきたいですし」

「なんの! この聖剣でぶった切ってくれる!」

「それはそれで、あまり役に立たないですし。……聞いてます?」


 俺たちはゲームが下手なので。

 坂上さんをはじめ、仲間と一緒の時に便利なスキルを優先して手に入れているのですが。

 こいつの便利スキルは『ノックバック』。

 つまり、近接した敵を遠くへ吹っ飛ばし。

 他人へ押し付けるという迷惑千万な能力があるのです。


 でもね?


「まるで切れない剣によるライナー性の当たり。全弾俺に押し付けられましても」


 俺じゃあ、皆さんみたいに倒せませんよ。

 このレベルの低さを甘く見ないで下さい。


「来るぞ! ロックビーストだ!」


 アイシャはそう叫ぶなり、真っ白なコートをはためかせて石ころへ向かって猛ダッシュ。


 一見、ドン・キホーテのようなこの動き。

 別におかしなところはなく。


 石の甲羅にカブトムシの様な足を生やした。

 二十センチくらいの小さな生き物が俺たちを狙っているのでした。


「どっせえええい!」


 そしてロックビーストの突貫を盾でいなしたアイシャさん。

 ひっくり返ってお腹を見せた敵に向けて、自称・聖剣をフルスイング。


 その瞬間に輝く黄色い光はスキル発動の合図。

 予定通り、ロックビーストは俺に向かって飛ばされてきたのですが……。


「ちょおおお! まだ、武器の準備が……!」


 俺は慌てふためいて。

 バックパックから、さっき手に入れた鉱石を取り出して頭上に掲げます。


「うわ! 操作間違え……、ごひんっ!」


 そんなバカなことをしている間にロックビーストは俺に直撃。

 体力をげっそりと削られた挙句。

 吹き飛ばされた先は山道を外れて。

 あわれ、虚空へ真っ逆さ……、ま? あれれ?


「ウソでしょ!? 俺、宙に浮いちゃってるんだけど!」


 細い山道から押し出されて。

 空中に立っているのですが。


 ……バグという奴は。

 せっかく没頭していた気分を台無しにして。

 急に現実世界へ引き戻してしまうのです。


「まあ、怪我の功名ですが」


 ロックビーストは山道の縁で、まるで壁に当たったようにずりずりと足踏みを繰り返し。

 届くはずもない俺の元にたどり着こうとしていますけど。


「……えい」


 こちらの剣は届きますので。

 たった1ダメージしか与えられないながらも。

 何十回も一方的に切れば。


「ふう、倒せました。……おお! 念願のレベルアップなのです!」


 さすがに今のことで身に染みました。

 腕力にもボーナスポイントを振り分けましょう。


 そして、落ち着いたところで。

 一番重要な案件についてなんとかせねば。


 穂咲の隣で、今日も操作説明にいそしむ坂上さんと。

 このとんでもないバグを見てお腹を抱えて笑っている向井さんに質問です。


「俺、ここから一歩も動けないのですが。どうしたら?」


 レバーをどちらへ向けても。

 宙に浮いたまま、その場で足踏みをしているのですけど。


「ははっ! そりゃもう、どうしようもないねえ!」

「ん。……多分、味方からの攻撃を受ける仕様、だから」

「そうだな、お前のキャラだけの特殊体験だ」

「酷い言われようです。でも、敵の攻撃も当たりませんし。死んで村からやり直しという手も使えません」


 最悪、一からやり直し。

 そんな事態だというのに笑い転げる皆さん。


 ムッとする俺でしたが。

 いい方法があると言う向井さんに命じられるまま。

 画面の中の分身をこちらに向かせて直立不動にさせると。


 彼女は、携帯で写真を撮って。

 やべっち君たちに、笑いのおすそ分け。


「数限りない秋山の立たされ伝説の中でも、これはトップクラス……!」

「向井さん、意外といたずらっ子なのです」


 クラスでは、武闘派の真面目っ子。

 男子の無神経な攻撃から女子を守る最強のイージスと言った印象の向井さん。


 でもこうして仲良く遊ぶと。

 意外な一面を垣間見ることができるのです。


 そんな俺の悪態に。

 向井さんはニヤリといやらしい微笑を向けてきたのですが。


 その表情が。

 穂咲の一言で一瞬にして青ざめます。


李子りこぴんはもともといたずらっ子なの。だからこのゲームだって、ちょっといたずらを……」

「ほ、穂咲! 男子には内緒だって!」


 穂咲は、坂上さんに口を塞がれて。

 その上から、自分の手で口を押えて。

 さらに、大声をあげてとびかかった向井さんにも押さえつけられて。

 ソファーに押し倒されてしまいましたけど。


 今、穂咲は何を言おうとしていたのでしょう?

 女子だけの秘密?


 ……気になりますが。

 気にしたらいけない類のものですよね、これ。



 そして三人が、秘密会議のために寝室へ逃げ込んでしまったので。

 俺は勝手にアイシャさんを操って。


 空中で立ったままの俺に。

 とどめをさしたのでした。


 ……最初からやり直すよりはマシ。

 そんな損得勘定、ちょっと考えればわかるというのに。


 どうにも腑に落ちない俺なのでした。


「……あ。アイシャのレベル、上がりました」

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