小林瑞香(こばやしみずか)はこたつについていた。

正面にいる金髪にデニムの着物を着ている男性と目が合うと、びくりと身体を跳ねさせた。

見た目が怖いのだ。風体からしてどこかのちんぴらにしか見えない。

輪をかけて、瑞香のことをじいっと鋭い目つきで睨みつけてくるのだ。


「太郎、やめなさいよ、女の子をそうやってじいっと見るの。気持ち悪がられるわよ」

自分の左から声が聞こえた。そこには紅色の着物を着たお洒落な髪型をした色っぽい女がいた。言わずもがな、昭子のことだ。


グラスを片手に揺らしながら先程の金髪の男性にちくりと言葉を刺した。

目が合うと、切れ長の目を細めて色っぽい笑みを向けられた。思わず小さく頭を下げる。そして、

「あの、ここは一体……」

家の一室のようにも見えるし、どこかの店にも見える。

見回した部屋の中は全てが木でできている。見える限りこの部屋しかない。


「おや、思い出せませんかい?」

太郎が瑞香の顔を覗き込む。瑞香は体を引き、辺りに目を配る。

明かりは落とされていて、目の前にある蝋燭の炎がチロチロと揺れている。目の前の二人の顔は蝋燭の火に照らされて揺れていた。

部屋は昔ながらというか、なんとも暖かい雰囲気ではあった。


でも、どうしてここにいるのか分からないのだ。

確か、私はある人を毎日毎日寝ても覚めても、ずっとつけていたのだ。

殺されてからというもの、ずうっと彼の背後に留まり続けていた。

それがある時、なぜだかできなくなって、ああ、そうだ、あの人の体から眩い光が噴き出したんだ。その光に当てられて私は、


「そうか、私は彼に祓われたんだ」

独り言ちる。膝の上で手を組んだ。

「そうと決まっちゃあいないってもんですよ」

素早く太郎が言葉をはさむ。


「俺はこの家の主で、太郎と申します。そして、お宅さんがここにこうやって現れたということは、まだお宅さんはこの世にいるってわけです。死んでますけど。ですから、祓われたわけではないんです」

自分のことを主と言った太郎は、頼んでもないのに飲み物を出してやった。


「契約の『時』が来ただけです」

にたついた太郎の笑みに瑞香はまだ落ち着くことができない。


「祓われていないならなんで私はここにいるんでしょうか。 契約の時っていうのはなんですか?」

瑞香は疑わしい目を主の太郎に向け、隣の昭子にも目を向けた。


「あんたを殺した人の寿命が尽きるのが、今日なのさ」

瑞香が知りたいことをすんなりと教えてくれた昭子は、

「あたしは昭子って言うの。太郎はあたしの友人でね、威圧感があると思うけど気にするこたないよ。そんなことより女同士いろいろお話ししようじゃないか。良ければあんたの名前となんで殺されたかってのを話してくれないかい? 長いことこの世からいなくなっていたから忘れちゃったと思うけどね、あんたはきっとそういう約束をしたはずだよ。え? なんでかって聞くのかい? そりゃああたしなんかより太郎に聞いた方がいいさ。ねえ、そうだろ?」

昭子はお洒落な髪をするりと手で撫で、太郎に水を向けた。


「へいへい。それじゃ、なんでここに出てきたかってえのをざっくり話すとしましょうか」

太郎が口を開く。


わかってると思うけどあんたは既に死んでいてね、この世に残っているある男に恨みを残しているんだよ。で、どうにもこうにもそいつをなんとかしてやらないと上に逝くにしても逝けない。でもだ、どうやったらいいのかやり方がわからない。なにもできずにあんたはもどかしい思いを募らせていた。そこである人に会ったんだ。そこで交わした約束により、あんたはしばらく無になって消えていてね、時間がくるのを待ってたのさ。長い時間無になっていたんだ。忘れていても仕方ない。


「でだ、今日がその恨んでいる男の死ぬ日なんだよ。だから、ここに出てきたってえわけさ。この家かい? ここはあんたみたいな霊が最後の仕事をする為に作られた言わば最後の憩いの場ってところだよ。ずっといてもいいぜ」

得意気に話した太郎が鼻を鳴らしたすぐ後で、

「なあにが憩いの場だよまったく。遊びやがって。いいかい、本気に取るんじゃないよ」

黙って聞いていた昭子がいきなり鼻息荒く太郎に突っかかった。


「そうかい? だいたいこんなもんだろうと思いましたがねえ。まあ、ずっといられちゃああ困りますがねえ」

太郎はニタニタ笑っている。


「いいかい、霊になってからも自分を殺した霊に殺されるなんてまっぴらごめんだろう? こっちが霊であっちが人間だったらあんたの勝ちさ。怖がらせて取り憑くことだってできる」

しかしだ、お互い霊になっちまったら対等さ。人殺しをしてきてる奴なんだ。いいようにかまされて二度殺されるよ。

だからあたしたちがいるんだよ。と昭子は胸を張った。


「あたしらが隣に控えてるから、おまえさんは思う存分恨みを晴らせるんだよ。でも、ただってわけじゃないよ」

「だからして、最後までしっかり決着をつけられるように俺たちがいるってわけだ。言わば守り神みたいなもんさ」

太郎が、自分たちはお前さんを守れる守り神だとまた適当なことを言い張った。


「あれ、久し振りに良いことを言ったよ。確かにそうとも言えるねえ、あたしたちは守り神だ。神なんて名乗るなんて気分がいいねえ」

昭子も調子に乗る。守り神という響きが気に入ったようだ。


「これからあんたがやるべきことはわかってるわね?」

「あいつをやっつける」

「可愛い言い方だね」

おもわず吹き出した昭子に瑞香がムッとした顔をする。


「もう一つ確認したいことがあります」

思い出したついでととばかりに瑞香の喋りが徐々に滑らかになっていく。


「私が彷徨っているときに、変な格好の侍さんが言っていたことがあります。その侍さんにばったりと畑で出くわして、いろいろ話を聞いてもらっているうちに、なにかの契約をしたんです。その契約が交わされた時点で私は消えたんです」


「話が見えてきたじゃねえか」

太郎が大きく首を上下させた。


「そして、あなた方は妖怪なんだとも聞きました」

初めて侍に会ったときに聞いた妖怪という言葉を噛み砕いて自分自身に納得させるまでにややしばらく時間がかかった瑞香ではあるが、己も幽霊なのだ、そう考えれば妖怪がいたって何一つおかしくはないと言い聞かせた。


妖怪なんてものは昔話の一つにすぎないと思っていた。


「侍さんが既に妖怪ってのをバラしちゃってんなら仕方ねえ。いやね、いつもはこの話を端折って有耶無耶にするってだけだから、別に隠しちゃあいねえよ。聞かれりゃ答えるだけでわざわざこっちからは言わねえだけさ。で、ご存知のとおり俺たちは江戸のもっと前からいる妖怪でね、時代時代で姿形を変えてこうやって人の世を楽しんでるんだよ」


昔は妖怪も住みやすかったが今ではほれ、見てみろ。周り近所は高層ビルとかいうやつで固められて木ぃが一本もなくなっちまった。でっけえ墓石がそこかしこに立ってるみたいで気色がわりい。


今じゃ妖怪を怖がるものなんかいなくなっちまった。怖がるどころか反対に妖怪の存在すら信じなくなっちまった。おもしれえ世の中だ。見えるもんしか信じなくなるなんてな、まったくバカばっかりだ。


でもだ、この世は俺らの方が先に生きている。そして永遠に生きる。

暇つぶしにこうやって夜な夜な影にまみれて人間の世に現れて生活をしているとな、飽きてくるわけよ。


時代が変わっても人なんざなんら変わらねえ。つまらねえもんさ。そこでだ、思いついたことがあんだよ。人がダメなら霊を相手にしてみようってな。まあ、この話を持ってきたのは侍さんだけどな。


霊だって元々は人だ。死して我らの存在を足らしめるのも悪かない。我ら妖怪ってもんはこの世にちゃんと存在してんだぞってのを知らしめるのにも丁度いい。

己の見解に納得するように太郎は頷いた。そして、


「ついでに一つ二つ良いことでもしてやりゃあ、我らの気持ちも良くなるってもんでね」


「これは良き考えだったよねえ、そう思うだろう? 」

昭子がとびきりの笑みで問うてきたら瑞香も大きく頷く他、道はない。

不思議なことに、昭子が大きく笑うと辺りが凍えるように寒くなるのだ。


「やはり俺らの考えたことは間違いがないな。長くいるだけで知恵がつく。やはり年長者は敬うってえのはまんざらでもない」

と、二人のの機嫌はますます良くなっていく。そんな二人に瑞香は、太郎さんも昭子さんもなんだか安心できる。悪い人じゃない。そんな不思議な気分になるのであった。

自分でも忘れていることをしっかりと思い出すためにも、整理する目的も含めて話してみようか。


「私は、小林瑞香と申します。生まれは東京の目黒区で、大学生の頃から家の近くで一人暮らしをしていました」

「そうそう、そうこなくっちゃあ。面白くなってきた」

昭子が空いたグラスを太郎に差し出す。


太郎はそこに日本酒を注ぐ。それは決まりのような一連の流れのようであった。

瑞香は自分の身に起こったことをポツリと話し出した。

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