大学を卒業した瑞香は渋谷区にあるとある不動産会社で事務員として働き始めた。

与えられた仕事は、部屋を借りにくるお客さんの接客、空き部屋の清掃、事務処理がほとんどだったが、基本的に真面目な性格な上、遅刻、無断欠勤もせずコツコツと仕事をこなしていた。


浮ついた話もないまま、年は二十六にさしかかろうとしていた。同年代の友人はほぼ結婚して子供を作り家庭を持ち始めると、自然と会う回数も減っていった。

瑞香も焦りを覚えたが、その頃にはチーフになっていて仕事でも面白みを感じ始め、後輩もでき、毎日が忙しく、潤っていた。


仕事に邁進しているので、良い人と出会う機会は無いに等しかった。

そんな時に会社の友人の一人に教えてもらったのがネットでの出会い系サイトだった。

忙しい人用に作られたサイトで、瑞香みたいに仕事漬けで出会いもろくすっぽ無い男女が登録しているので、もしかしたら合う人が見つかるかもしれないから、暇つぶしにやってみたらと誘われた。


瑞香もそれならと気軽な気持ちで登録し、使い方もよくわからなかったので作ったまま放ったらかしにしていたある日、登録しておいたメールに一通のメッセージが届いた。

茨城県に住む男性からのものだった。


自分よりも十程離れている人だった為、最初は当たり障りなく社交辞令に会話をしていたが、マメに連絡を寄越してくる男性に少しずつ好感を持ち始めていた。


彼は名を、斎藤司といった。

茨城県の北に位置する農村部で一人暮らしをしていた。

仕事はウェブデザイナー。フリーランスなので時間は自由、趣味で畑で野菜を作ったり裏の山で花を育てる毎日を送っているというメッセージに、自分が育てた花の写真を添付して送ってきた。


都会で生活している瑞香にとって、のんびりした田舎暮らしは憧れるところであった。

毎日、起きたい時間に起きて、畑で採った新鮮な野菜で手間暇かけてゆっくり料理をし、自然の中で自然の音を聴き、緑を見ながら食事をする。その後、畑仕事をして、朝ごはんのついでに作ったお弁当を外で食べる。鳥の声に遠くに見える山々、綺麗な空気の中で食べるごはんは最高だ。


そんなやりとりを何度かメッセージで続けるうちに、自分もそこで暮らしてみたいと思うようになっていった。

そんな気持ちになっていったのは、大親友だった愛子が結婚するという連絡を受けたからなのかもしれない。


週末に茨城県まで遊びに行くようになり、畑仕事を手伝ったりしているうちに、この素朴な生活も自分には合っているかもしれないと確信するようになった。

司も優しい人だし、いつも瑞香を気にかけてくれる。

何より、自分で植物を育てて収穫するという田舎の生活に生きがいのかけらを見つけられるかもしれないと思ったのだ。


それからというもの、事はとんとん拍子に進み、まずは婚約という形を取り不動産会社を寿退社、茨城に引っ越し、司と一緒に生活をするようになった。

そこから瑞香の悪夢は始まったのである。


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