第22章

 巨大地震にくわえて、瞬間風速80メートルを超える超大型台風18号が、


東海地方と関東に上陸しつつあった。


その凄まじい暴風雨の吹き荒れる中、

江野は伊良湖岬灯台に向けて、歩を進めていた。


黒いレザーのジャケットははためき、髪は雨と風にさらされえ乱れている。




ようやく灯台の下に来た江野は、全身から黒いオーラを発した。


そのオーラは見る間に巨大化していく。


江野は両手を地面に向けて渾身の力を込め精神を集中していく。




「はああああああッ!」


江野は叫ぶ。全身全霊をかけて


自分の力を地の中の気脈に叩きつける―――。




林田郁美が入院している総合病院はしばらくの間、


停電のパニックに見舞われていたが、

緊急用予備電源に切り替わり事なきを得た。


医療機器は息を吹き返したが、郁美はまだこん睡状態から意識を


回復していない。


彼女に付きっ切りの両親は、大地震の揺れでリノリウムの床に伏せていたが、


地震がおさまると倒れた花瓶や散乱した花束などを、あわただしく片付けた。


このような大災害の最中に奇異な行動と


思う人もいるかもしれないが、雑用をすることで

平常の精神を取り戻そうとする無意識な行為なのかもしれない。




ふと郁美の母親が顔を上げる。


その視線はベッドの上の郁美に向けられている。




「どうした?」


妻の疑心暗鬼な表情をのぞきこんで、父親が問いかける。




「いや、今、郁美が何か言ったような気がして・・・」




「何?本当か?」


父親は立ち上がり、郁美のそばに駆け寄った。

すると透明な呼吸器ごしに、郁美の唇が動いている。


父親は必死に聞き取ろうと、出来る限り耳を近づけた。


郁美はかすかにこう言っていた。




「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED


NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW


CHOT TEMA JANA SAPARYOUS・・・・・・」




どこの国の言語か皆目見当がつかない言葉だった。


郁美の両親は互いに顔を見合わせた。




最初の地震の後、何度かの余震が襲った。


その中にはマグネチュード7を超えるものもあり、崩落しかけていた建物も


ついに耐え切れず崩れ去っていく。


各地で発生した大火災の黒煙が、上空1000メートル以上にも登ったが、


その黒煙を吹き飛ばす強風が吹き荒れた。超巨大台風18号が上陸したのだ。


その勢いはほどんど弱まっていない。

街中、住宅街を看板や自転車、小石などが叩きつけられた。




その光景を上空3000メートルから見下ろしているガブリエルは


その銀色の瞳を細めた。暴風雨の真っ只中にあって、

髪一つ、翼の羽根1枚乱れていない。



「最後の審判の序曲はまだ始まってないぞ」


アブリエルの視線は、太平洋沖300キロメートルの海原に向けられた。




そこには南海トラフの二つのプレートが衝突している場所だ。


フィリピン海プレートがユーラシアプレートによって

引きずり込まれている箇所だった。


今回の大地震もそのずれ込みによる衝撃が、マグネチュード8.4という


巨大地震を誘発したのだ。




それにより、海底に巨大な陥没を引き起こした。その地球のへこみに


膨大な海水が流れ込んだ。


その大量の海水はぶつかり合い、もの別れのように正反対に流れ始める。


巨大な津波が生まれたのだ。十数分後には、東京、横浜、三重、四国の南端、


九州の南東の順で襲い掛かってくるはずだ。

その津波の高さは30メートルから50メートル。


まさに戦後最大の大惨事になろうとしていた。




その大惨事を上空3000メートルから見下ろしている者がいた。


ガブリエルだ。




「人間どもよ。これからが本当の序曲だ」


ガブリエルの瞳が銀色に輝いた。






江野の全身から黒いオーラが消えていった。逆ペンタグラムが完成した。


後はこの星の気脈に期待するしかない。




江野はふらつきながら、暗黒に染まった空を仰ぎ見た。


赤い左目が紅蓮の炎のように輝く。


彼の背から6枚の翼が現れる。だがその翼の色は純白ではない。


限りなく暗黒に近い漆黒だ。




その翼が大きく広がる。と同時に上空に舞い上がった。




江野―――アザゼルは最後の闘いに挑んだ。

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