第13章

月曜日の放課後、印刷の終わった学内新聞を各クラスごとに仕分け、


林田郁美は一息ついていた。


ふと、部室のドアのすりガラスごし、人影が映るのに郁美は気づいた。


その黒い人影は、おそらく間違いない。江野だ。


郁美はあわてて、部室を出て廊下を覗き込む。上下黒レザーの後姿。


やはり江野だった。




郁美は思い切って、声をかけた。




「江野先生」


江野は立ち止まり、振り向いた。その顔は相変わらず、無表情だ。




「江野先生、ちょっとお話が・・・」


江野の目に、わずかな警戒心が浮かんだように見えた。




「何の話か知らないが、僕は忙しい」


江野はそれだけ言うと、さっさ歩き出す。


その足は、屋上へと向かう階段に歩を進めた。


それにしても、郁美の副担任のはずなのに、なんと素っ気無い態度だ。


郁美は少し残念な思いを感じた。




郁美はその後を追った。どうしても訊きたいことがあったのだ。


屋上へと続くドアを開け、江野は出て行く。郁美も急いで屋上へ向かった。


屋上に出ると、江野はフェンス越しに西の方向を凝視している。


何かを察知しようとしているように、郁美には思えた。


忙しいと言いながら、屋上で何をしてるんだろう?郁美は素直に疑問を感じた。


その後姿に郁美は声をかけた。




「江野先生。昨日、三鷹台の歩道で


 通り魔から助けてくれたの、先生なんでしょ?」




江野はそんな郁美の言葉を無視するように、身じろぎしない。




「僕は人間を・・・人を助けたことはいままで1度もない」


江野は郁美に背を向けたまま答えた。




「でも・・・」


郁美は言いよどむ。しかし思い切って江野に訊いた。




「どうやって、人をあんな姿に できるんですか?


 もしかして江野先生って・・・」


そこで江野は郁美の方へ振り返った。




「林田、前にも言ったが、僕に干渉するな」


江野の右目が凄みを帯びた。郁美は思わず後じさった。




「それともうひとつ。天宮・・・天宮先生にも近づくな。


 キミは強い光を持っている」


 江野はそれだけ言うと、郁美を後に残し下へ続く階段を降りて行った。




「強い光・・・?」


 江野が何を言っているのか、郁美には理解できなかった。


江野は自分と同様に天宮にも近づくなと言った。


それはいったいどういうことなのか?


その時、昼休みを終わりを告げるチャイムが鳴った。




 数日後の日曜日の早朝。


国道20号線沿いにある、八王子市最大の教会の前に天宮務がいた。


三角上の屋根は、15メートル以上もある。


そのてっぺんには白い十字架が掲げられていた。


壁は淡く白い漆喰で、モダンな雰囲気を醸し出している。


入り口の両扉は木製で、重厚な趣おもむきがあった。




朝のミサに多くの人が集まってきた。


入り口には老齢の神父が立ち、訪れるひとりひとりに胸で十字をきっていた。


天宮はその光景を少し離れた所から眺めている。


口元には温かみさえ覚えるほどの微笑を浮かべていたが、


それとは真逆に眼光は鋭く、それは獲物を狙う捕食動物のようだった。




教会にはおよそ100人ほどが入っただろうか。


最後の信者を迎え入れた時、歩道を挟んで正面に立つ天宮とその神父と目が合った。


その老齢の神父は、目を見張った。


その視線には畏敬と恐怖が入り混じっていたように見えた。


神父は天宮に一礼し、扉を閉めた。




天宮は教会内にいる、敬虔な信者たちの信仰心を推し量り始めた。


多少の信者は義務的に来ているようだが、


8割以上は素晴らしい信仰心の持ち主だった。


しばらくして、老神父の説教が始まったようだ。敬虔な信者たちは、


厳かに聞き入っている。


天宮はタイミングを見計らい、両手で正五芒星を切った。




あたりに激震が震え出す。路上に歩く人はパニックになった。


しかし天宮は微動だにしない。真正面の教会を見つめていた。


その両眼は銀色に光った・・・。




教会は数メートル陥没した。そして斜めに傾ぐ。


三角形の屋根が崩れ始め、土煙を上げて崩れていく。


教会内は100人を超える人々の阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


落ちる瓦礫に押しつぶされ、悶死する信者たち。


あたりは折れた柱や、倒れ掛かる柱などで手足が切断され、


頭が押しつぶされた。


悲鳴は苦痛のうめきに変わり、やがて途切れていく。




常人には見えないが、多くの閃光が光の束となって


天宮の銀色に光る瞳に吸い込まれていく。




「信仰を持つ者よ。神の意思に力付けが出来ることを矜持を持って従いたまえ」




激震は収まった。そこには教会の面影は無く、


ただ崩れ去った瓦礫の山があるだけだった。


皮肉にも、三角形の屋根は原型をとどめており、


まるで墓標のように、巨大な十字架が屹立していた。

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