第14章

「ほんとだってば、江野先生が助けてくれたんだよ」




例によって幽霊部員の山寺裕美子と石田典子のいない新聞部室。


放課後にだべっている速見と浅川が郁美の話を聞いている。




「郁美の話が本当ならさ。都内で600人以上も


 ミイラ化して死んだ連中も、江野の仕業ってワケ?んなことないだろ」


速見は一笑に付す。ところがそこで浅川が意外なことを口にした。




「オレさ、そういうオカルト的なものに興味あんだけどさ。調べてみたんだ、


 ネットでググって。天使とか悪魔のこと」




「おいおい、天使と悪魔だぁ?いい加減にしろよ~」


速見は辟易したように嘆いた。




「ちょっと聞いてみようよ。浅川君の話」


郁美に促されたのがうれしかったのか、


浅川は少し顔を赤らめながら話し始めた。




「天使は神の使いで、光の住人。悪魔は魔王ルシフェルの使いで


 闇の住人。こう聞くと悪魔が悪の使いのように思えるけど、


 それは大きな誤解なんだ。天使は光の住人だけあって、


 神への信仰の強い、聖者のように光を持った者の魂が欲しいんだ。


 逆に悪魔は悪魔崇拝者であるサタニストのような、自由に生きる、


 自我の赴くまま生きようとする者を好むんだ」




「それって悪魔崇拝者の方が、悪いじゃん。自由気ままに生きろとかさ」

速見が口をはさむ。




「それが違うんだよ。悪魔崇拝者には


 聖書のようなものはないけど、ちゃんとしたルールがあるんだ」


浅川はそう言うと、スクールバッグから1冊のノートを取り出した。




「メモしてきたんだ。ちょっと長いけど聞いてくれ」


 浅川はそのノートを読みなじめた。




「サタニズム9か条、


 1、サタンは禁欲ではなく放縦を象徴する。


 2、サタンは霊的な夢想ではなく、生ける実存を象徴する。


 3、サタンは偽善的な自己欺瞞ではなく、純粋な知恵を象徴する。


 4、サタンは恩知らずのために愛を無駄にすることではなく、


  親切に値する者に親切にすることを象徴する。


 5、サタンは右の頬を打たれたら左の頬を向けるのではなく、


  仕返しをすることを象徴する。


 6、サタンは精神面で他人の脛をかじる者への配慮ではなく、


  責任を負うべき者への責任を象徴する。


 7サタンはただの動物としての人間を象徴する。


  「神から授かった精神と知恵の発達」によって、最も悪しき動物と


   なってしまった人間という生き物は、他の動物より優れている


   こともあるが、劣っていることのほうが多いのである。


 8、サタンとは罪と呼ばれるものすべてを象徴する。


 9、サタンは常に教会の最も親しい友人であり続けてきた。


  というのもデビルは永年、それを努めてきたのである。


っていうのが、闇の世界のルールなんだ」




「なんだか、人間臭いっていうか、正論ばかりだな。意外だった」


速見はうなづいた。




さらに浅川は言葉を続けた。


「キリスト教に、7つの大罪ってあるじゃん。


 傲慢(高慢)・嫉妬(羨望)・憤怒(激情)


 怠惰(堕落)・強欲(貪欲)・暴食(大食)


 色欲(肉欲)だけどさ。これのひとつやふたつ


 誰だってやってることだろ。それを大罪と称して


 地獄へ堕ちるって脅してるんだぜ。


 でもサタニズムは違う。


 サタニズムにも9の罪がある。それは・・・


 1愚鈍


 2虚栄


 3唯我独尊


 4自己欺瞞


 5群れに従うこと


 6見通しの欠如


 7過去の正統の忘却


 8非生産的なプライド


 9美意識の欠如


ってやつさ。ごく当たり前のこと言ってないか?」




「そうね・・・どっちが天使だか悪魔だかわかんなくなる・・・」


郁美はつぶやいた。




「ついでに悪魔崇拝者サタニストのルールも教えるよ。


 1求められてもいないのに、意見や忠告を与えないこと。


 2他人が嫌がるようなことを話さないこと。


 3他人の家に入ったら、その人に敬意を示すこと。


  それができなければ、そこへは逝かないこと。


 4他人が自分の家で迷惑をかけるなら、その人を情け容赦なく扱うこと。


 5交尾の合図が無い限り、セックスに誘わないこと。


 6こんな重荷を降ろして楽になりたい、と他人が言葉にしない限り


  他人のものに手を出さないこと。


 7魔術を使って願望が叶えられた時は、その効力を認めること。


  魔術を行使できても、その力を疑うことは、それまでに得たものを


  すべて失ってしまう。


 8自分が被らなくてもいいことに、文句を言わないこと。


 9小さな子供に危害を加えないこと。


 10自分が攻撃されたわけでも、自分で食べるわけでもない限り、


  他の動物を殺さないこと。


 11公道を歩くときは、人に迷惑をかけないこと。自分を困らせるような


   人がいれば、注意すること。それでもだめなら攻撃すること・・・


  以上だ」




「じゃあ、映画の「エクソシスト」って、嘘っぱちか?


 あれって少女に悪魔が摂り付いたって話だろ?


 サタニストのルールから言ったら、小さな子供に


 危害を加えてはならないってあるじゃねえか」


速見は口を尖らす。




「ああ、あれは悪魔じゃなく、たぶん悪霊だな。


 霊魂の存在が実証できればの話だが・・・」


浅川はさらに言葉をつないだ。




「映画やテレビ、小説、漫画にいたるまで、ほとんどのメディアは


 悪いことが起きると全て悪魔に責任転嫁するんだよ。


 悲惨な殺人が起こると、悪魔の仕業かってね」


浅川はそう言って苦笑いを浮かべる。




「キリスト教圏やほかの宗教もそうだけど、

自分たちの教義に反するものは、悪魔という冠を

付けて排除の対称にするのが、常だからな」




「浅川、お前すげーくわしく知ってんな」




「だいたいオレ、こういうの興味あったからさ」浅川は少し照れながら言った。




「だいたい世の中の悪魔祓いなんて、ほとんど悪霊の仕業


 だと思う。悪魔は特別な儀式で召喚しないとこの世界には


 来れないんだ。それに人間ごときの力で悪魔を追い払えるわけないよ。


 悪魔って日本語スラングだけど、語源はギリシャ語でディアボロス、


 それが英語圏でデーモン、デビルっていわれるようになったんだ。


 神と人間の間に存在する神々の一種なんだ。いわば、天使と対をなす


 存在だな。だから天使と悪魔は仲が悪いのかも・・・」


言葉の終わりのほうは、浅川も自嘲気味で言った。




「私気になってるんだけど、先週の日曜日に 


 八王子の教会の崩落事故があって、死傷者が


 数十人出たじゃない。あれって何か関係あるような気がして・・・」


郁美がか細い声で言った。それには速見が答えた。




「あの事故は地盤沈下が原因だって話だぜ。


 教会って地下室あんだろ?


 それが老朽化してたんじゃないかってニュースで言ってたんだよな」




「でも私、何か引っかかるのよね。理由ははっきりわからないけど」




「それとも悪魔の仕業かってか」速見が半笑いで言う。




浅川は真剣な表情で、かぶりをふった。




「いや、たぶん天使の仕業だ」

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