(6)「――私、呪われているの」
結果として、私たちは助かった。
私の魔術が間に合ったというのもあるけれど、老木がクッションになったというのが一番大きかった。魔鳥の巣になり、私を拘束し、私たちをもろとも谷に引きずり込んだ老木は――最終的には私たちの命を守って、長い一生を終えた。
もちろん、私を攫った魔鳥には相応のお礼をさせて頂きましたとも。呪いさえなければ、元から私があんな魔物なんかに攫われるわけがないのだ。
そう、私が魔法の宝箱によって解こうとしている、忌々しい呪いさえなければ。
「――私、呪われているの」
深い渓谷からやっと街に戻って、結局そのまま街で休むことになった、夜。
古びた宿屋のテーブルで向かい合いながら、私は語った。
「三日に一回、必ず誰かに攫われる。攻撃は不自然に失敗するし、避けようとすると動けなくなる。何をしたって、どうしたって、絶対に攫われる。そういう運命なのよ」
私の話を、ウィリアムは難しい顔で聞いていた。まるで自分のことのように。
相変わらずのお人好しぶりに、ふふっと笑った。
「ほら、私って強いでしょう? だからね、攫われたってすぐに逃げ出しちゃうのよ。でも、王都に辿り着く前にまた攫われる。三日が経っちゃうから」
最初に攫われた瞬間を思い出す。あぁついに来たかと、思った。
私が呪われていることを、私は知っていたから。
「それでまた逃げて、また攫われて、逃げて、攫われて、逃げて攫われて――この四年間、ずーっと! 同じ繰り返し。お陰で退屈はしなかったけどね」
あまり重い話にならないように、私は軽い調子で言った。実際、国のいろいろな場所を見て回れたし、悪いことばかりでもなかったのだ。
「それは――」
ウィリアムはしばらく、言葉を探しているようだった。
「……ちょっとだけ、判るよ。僕も呪われているから」
「え、本当に?」
私は驚いて聞き返した。この優しい男を呪うだなんて、どんな物好きだろう。
「君に比べれば、そこまで深刻じゃあないけれどね。――笑っちゃうような話だよ。僕の攻撃、三回に一回は絶対に当たらないんだ」
冗談めかして言ったけれど、視線を逸らした横顔から、彼がその呪いに真剣に悩んでいるのが判った。それはそうだ、攻撃が絶対に当たらないだなんて、勇者としては致命的だ。
「もしかして、魔法の宝箱が欲しいのって、呪いを解きたいから?」
「……うん、やっぱり判っちゃうか」
照れたように頬を染める、顔が。
遠い昔の知り合いにあまりにそっくりで、私はびっくりした。懐かしい顔を思い出す。
そう言えば、お人好しなところも似ている。
「――戻りましょう、王都に」
私の台詞に、ウィリアムが驚いたようにこちらに視線を向ける。
「一緒に戻りましょう、王都に。二人で。あなたは宝箱を受け取って、その厄介な呪いを解くのよ。私は第一の姫なんだから、王都にさえ戻ってしまえば、呪いを解く手段なんていくらでもあるもの」
言葉は、ほとんど本心だった。あいにく、呪いを解く手段に心当たりはなかったけれど。
宝箱を、騙して掠め取ってしまおうと考えて、一緒に行動し始めたはずなのに。
ばかみたいにお人好しな、逃げようともせずにもろとも渓谷に落ちた勇者様。彼から呪いを解く希望を取り上げるなんて、詰まらないことをする気がなくなってしまったのだ。
私がウィリアムを裏切ったら、彼との縁は切れる。そんな詰まらないことになるより、この冴えない勇者様と一緒にいる方がきっとずっと面白い。
「弟子にしてあげるわ」
ぎいっ、と部屋の窓が軋んだ。
あの魔鳥の仕業でなくたって、街は風が強い。渓谷が近いからだろう。
「王都に着いたら、稽古をつけてあげる。私は厳しいから覚悟しなさい」
テーブルに置かれたミルクは、宿からのサービスだ。出されたときには温かかったミルクは、すっかりと冷めている。
「そうしてあなたは、立派な勇者になるのよ。心優しくて、とびきりお人好しの勇者に」
最後の一口を飲んで、立ち上がった。
「さ、夜も随分と更けているわ。もう寝ましょう」
「うん。……うん」
二度頷いたウィリアムに満足して、私は就寝の挨拶をした。
それから一夜明けて、二夜明けた。
攫われてから次に攫われるまで、三日あいたことはない。だから何かがあるとすれば、今日のはずだった。
野宿で夜を明かして馬に乗ってからこちら、ウィリアムは静かだった。彼なりに思うところがあるのかも知れない。
「そんな、気にすることないのよ」
一つ年下と聞いたけれど体格は男性であるウィリアムの方がずっと良いから、自然と前に乗るのは私になる。馬の手綱を握る相手をちらりと振り返って言っても、垢抜けない少年の顔は晴れなかった。
「もう四年もこんな生活をしているのだから、どうしたって慣れるわ」
「慣れるようなことじゃないよ」
思いのほか力強く、ウィリアムは言った。
「慣れるようなことじゃないよ、トリア。僕があなたを、お父様とお母様のところに連れて帰るよ」
「……頼りにしてるわ」
会話が途切れて、無言で森を進んで行く。途中、川のせせらぎが聞こえた気がして、私は顔を上げた。
「川が近いわ! 水浴びをさせて」
「水浴びって――」
鼻白んだような声のウィリアムを、肩越しにきっと睨み上げた。
「最後に身を清めたのは二日前の宿よ。畏れ多くも一国の姫に対して、ずっと汚れたままでいろと言うつもり?」
「こんなときばっかり、自分の立場を振りかざす!」
呆れたように嘆きながらも、ウィリアムが馬の手綱を引いた。進行方向を川に向けたのに気づいて、傾きかけた機嫌が上向く。
川にはすぐに着いた。嬉々として飛び降りた私に続いて、ウィリアムも馬から降りる。
深さは膝が隠れるほど。川の底が見える清流だった。
「王都の方向から流れてきているわね。もっと上流で、水を汲みましょう」
「そうだね」
彼が馬を木に繋ぐのを待たずに、馬が水を飲み始める。街からここまで小さな村もなかったから、喉が渇いていたのだろう。
木と馬を繋ぐ綱の様子を何度か確かめて、少年が私に向き直った。
「トリア。僕は少し離れたところで休んでいるから、そうだな――」
ウィリアムが頭上を見上げる。
「――太陽がちょうど中天に差しかかる頃に、ここに来るよ。声は届く範囲にいるから、何かあったらいつでも呼んで」
太陽の位置と自分の影の角度を確認して、私も頷いた。時間にすれば一時間ほどだろう。
持ち運びの時計など持っていないから、こういうときは太陽の位置が頼りになる。私は王族の教養として、ウィリアムは勇者の資格を取るために、空を読むのはお互いに得意だった。
「それで良いわ。じゃあ、あとで――」
言いかけて、私はふと口を噤んだ。ウィリアムが首を傾げる横で、馬が落ち着きを失って嘶く。
――どうしたって、こんな生活じゃあ勘は鋭くなる。
「……きた」
呟いて、腰の剣に手を添える。
四年の間に、何度も剣を替えた。ときにお金で買い取って、ときに私を攫った連中から奪い取って。
真っ白い鞘の真っ直ぐな剣は、ここ最近で一番のお気に入りだった。
私と馬に遅れて何かの気配を感じ取ったのか、ウィリアムが慌てて剣の柄に手をかけた。緊張でこわばった表情を浮かべる少年に私は、
とびきりの、笑顔を向けた。
「一緒に王都に行くのでしょう、リアム! しっかり私を守りなさい!」
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