9-1:黒鉄の意志

 太陽はすでに西へ傾き、地平線へと近づきつつある。時刻は午後五時をとうに過ぎていた。


 ここは、東京湾の千葉県沿いに建設された廃棄物埋立処分場。先の天幻戦争で関東近辺で大量に発生した瓦礫を、一時的に収容するために建設された施設だった。しかし、二十年経ったいまでも、積み上げられた瓦礫は処分されていない。ごみの処分よりも、他のことに金をかけるほうが建設的だと考える、政治家たちの意向が働いているのだろう。


 放置された人間の営みの痕跡は、処分場内にいくつもの小高い山を生み出していた。そして、瓦礫の山は日を追うごとに風化し、崩壊していく。中には、危険物が処理もされず、そのまま置かれている。そのため、処分場は立入禁止となっている。だが、この日に限っては、久方ぶりの来訪者がそこにいた。

 その人物は、処分場の最西端で海を眺めていた。正確には、東京湾を挟んだ向こう側、大都市メトロポリス『東京』の様子を伺っていた。巨大な高層ビルが立ち並ぶ世界有数の経済圏は今日も変わらず、その機能を果たしている。


 やがて、彼は見飽きたとばかりに、海の向こうを見つめていた視線を逸らす。そして、ここに来る途中でたまたま見つけた、ビーチチェアに腰を下ろすと、そのままもたれかかった。これから起こる出来事を、ゆっくりと眺めるために。

 だが、予定の時刻まで、まだ一時間以上も余裕がある。さすがに早すぎたかなと思いつつも、彼は懐から煙草を取り出し、口にくわると、なれた手つきで火をつけた。

 煙草から立ち上る紫煙が、南東から優しく吹き付ける風に流れて、大気に消えていく。そんな儚く、諸行無常に満ちた様子を彼は、忌々いまいましく見つめていた。


 この国のを見届け、そのあとに続く混沌の時代の幕開けを目の当たりにするため、彼はこの場を選んだ。誰にも邪魔されることなく、たったひとりでその瞬間が訪れるのを待っていたが、彼の思惑は唐突に破られた。


 ――誰かが、足音を鳴らしつつ、こちらに向かってくる。足音の間隔からして、ひとりだろう。だとしたら、警察ではなさそうだ。こちらに向かってくる相手が警察ではないことに、彼は安堵した。一人くらいなら、口を封じるのにそれほど手間はかからない。それに、これから世間は大混乱に陥る。行方不明者がひとり出たところで、とても気にかけてなどいられまい。


「やっと…………、見つけた」


 背後から声をかけられる。若い男の声だ。だが、その声には聞き覚えがある。しかも、ごく最近聞いたものだ。

 彼はゆっくりと立ち上がると、自分を訪ねてきた来客へと顔を向けた。


 ……先に驚いたのは、彼だった。なぜなら、自分のもとへとやってきたのは、己が企んだ策にめたはずの少年、〝神代アタル〟だったのだから。

 南風に吹かれながら、神代アタルは静かにたたずんでいた。だが、そのいでたちは少し変わっていた。何かと争ったせいなのか、土埃で汚れた衣服は皺だらけで、シャツには赤黒い血の痕が付いている。そのうえ、背中に大きなライフルケースを背負っていた。それでも、彼のまとう雰囲気は鋭く、殺気に満ちていた。

 敵意を剝き出しにしながらも、アタルはゆっくりと話し始めた。


「驚くのも無理はない。あなたが漏らした情報のおかげで、僕はあなたの仲間になるか、死ぬかのどちらかになるはずだったんですから」


「……………………………………」


「しらばっくれたって、無駄ですよ。こっちには確かな証拠があるんで。……新島幹孝にいじまみきたか先生」


 アタルの迫る相手、新島幹孝はやれやれとばかりに肩をすくめた。言葉で言わずとも、その表現からは『何を馬鹿なことを言ってるんだ』と読み取れる。


「学校をサボって何をしているのかと思えば、探偵ごっこかい?」


 否定も肯定もせず、呆れたように新島はアタルに話しかける。だが、アタルの表情は全く崩れない。鋭く、研ぎ澄まされた非難の視線を新島に送り続けていた。


「先生こそ、夏季休暇に入るのには少し早すぎませんか」


「私が有給休暇をいつ取得しようが問題なかろう。労働者に認められた権利を行使したにすぎない。それに比べて、君は学生だ。勉強が本分なのに、こんなことをしていたら、大人になってからいつかきっと後悔するぞ」


 新島の諭すような口調に、アタルはいら立ちを覚えた。生徒を罠におとしめておいて、平然と教師ぶるその傍若無人な振る舞いには、虫酸が走る。あくまでも白を切る新島をアタルはさらに追及する。


「やっぱり、そう簡単には認めませんか。だったら、仕方ない」


 そこまで言うと、アタルは大きくため息をついた。すると、アタルは右手に持っていた拳銃、ブレイジング・カストルの銃口を、あろうことか新島に向けた。

 ……新島が素直に認めないのは想定通りだ。それでも、ほんのわずかでも良心が残っていることにアタルは賭けた。だが、結果はもちろんアタルの負けだ。そもそも、本当に良心が残っていれば、最初から悪事に手を染めたりしない。


『警告! 生体反応を確認、引き金トリガーをロックします』


 人体保護のための安全装置セーフティが作動し、銃の引き金がロックされる。幻闘士の武器は幻獣と戦うためであって、人間に向けられるべきではない。そのため、武器にはあらかじめ生体反応を検知するセンサーが組み込まれている、万が一武器が人間に向けられようならば、サポートAIは強制的にその使用権限をはく奪する。


「なんのつもりだ?」


 無論、新島を殺そうなどアタルが思うはずなどない。言うならば、これは戦線布告だ。たとえ、撃てないとわかっていようとも、銃口を向けるだけの覚悟を持っているという意思表示だ。


「新島先生、あなたの悪事はここまでだ。これ以上の犠牲が出る前に、僕はあなたを必ず止める」


「君が何を言っているのか理解しかねる。これ以上、私に突っかかるのであれば……」


「〝合成幻獣キメラ・アンディファインド〟」


「!?」


 一瞬だけ、新島に動揺の色が浮かぶ。それを見たアタルは得意げに微笑んだ。相手の余裕を崩せたことに、得も言われぬ満足感が胸の中にこみ上げる。だが、そう長くは余裕に浸ってはいられない。


「言ったはずです、確かな証拠があると。順を追って説明しましょうか」


 苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せながら、こちらを睨む新島。対してアタルは、それまで向けていた拳銃を地面におろすと、近くの瓦礫に向かって歩いて行った。そして、背負っていたライフルケースを瓦礫に立てかけてから、事の顛末を語り始めた。


「始まりは都内の同時多発幻災の翌日、僕とレイラが学校の屋上で話していた時だ。あの時、僕と彼女は川崎の倉庫で、幻想子を見つけたことを話していた。だけど、先生は隠れてその会話をしっかりと聞いていた。それから、僕らをつけ狙うことにした」


「……………………………………………………」


 新島は否定も肯定もしなかった。ただ押し黙り、アタルに向けて敵意をはらんだ視線を送り続けていた。


 新島と初めて出会ったとき、それまでレイラと会話していた内容を聞かれてやしないか気を揉んだが、一から十まで全部丸聞こえだったようだ。まさか、会話を聞いていた相手が、テロ組織の一員だったのは予想外だったが。


「あなたはすぐに組織に連絡をとり、川崎の倉庫にあった装置を片付けさせた。そして、何も知らない僕たちは、まんまともぬけの殻になった倉庫にやってきた。だけど、本来ならあそこで始末されるはずだった僕と彼女は、無事にあの場から脱出できた」


 そこまで言って、アタルは一呼吸置いた。

 思えば、川崎の倉庫で岩森と出会ったとき、奴はこう言っていた。〝ネズミが罠にかかった〟と。かかる獲物がいなければ、罠を仕掛けることはない。はじめから岩森は、あの倉庫に誰かが、つまり自分たちがやってくることを知らされていたのだ。だから奴は、あれほど冷静に対処できたのだろう。


「……そして、生き残った僕たちに興味を持った先生は、組織に僕たちを調べさせた。おまけに、レイラから彼女の持っている武器の秘密にもさぐりを入れた。そうして、僕と彼女の経歴を知ったあなたと組織は驚いただろう。なんせ、二人ともあの『東洋航空210便墜落事件』の関係者。おまけに、僕に至っては、闇に伏せられていたあの事件の〝生存者〟だ」


 アタルの胸が少し痛む。あの事件のことを思うといつもこうだ。だが、今は感傷に沈んでいる場合ではない。目の前の新島に意識を集中させながらも、アタルは続ける。


「僕らのことを知って、組織は僕たちを仲間に入れることを画策した。妖精を憎み、その抹殺を望む悲劇のヒーローとヒロインにはおあつらえ向きの役者だ。ま、結果は見ての通り。そして、仲間にならなかった時の保険として、ご丁寧に抹殺手段も用意してくれたが……それも失敗だ」


 そこまで言うと、アタルはやれやれとばかりに肩をすくめてみせた。

 アタルの挑発に新島は何も言わない。言わないが、その額には怒りと興奮で青筋が浮かんでいた。見るからに自分が黒だと自白しているようなものだが、やがて限界とばかりに口を開いた。


「仮に……だ。君の言うように私がテロ組織の関係者だとして、客観的な証拠はあるのか」


「さっき言ったはずです。『合成幻獣キメラ・アンディファインド』、一体の幻獣を核にして、実験で脳死した動物の体をつなぎ合わせることで、戦闘に特化させた人工的な幻獣。先生のPCから、誰か宛てに送られたメールの添付資料に載っていましたよ。自宅のPCをネットワークに接続したままにするなんて、迂闊ですね。ついでに、保存されていたファイルも拝見させてもらいました」


(くそったれが…………)


 新島は激しく歯ぎしりをした。ただの高校生にしては、やることが徹底している。アタルの言う通り、確かに新島のPCには組織に提供した実験データが保存されている。それは、自身が黒であることを裏付けるには十分すぎる証拠だ。

 『くれぐれもPCやメールの内容は完全に消去することだ。最近はそこらの情報は簡単に掘り出されてしまうからな』……あの男のセリフが脳裏をよぎる。だが、今となってはもう遅い。


「お見事……というよりほかない」


「認めますか。なら、とっとと警察に行きましょう。そして、死せる戦士たちエインヘリャルの楽園、それと……〝フィンブルの冬〟について、洗いざらい話してもらいますよ」


 逃げ場はもうない。新島は固く拳を握りながらうなだれていた。対して、アタルは淡々としていた。新島の生み出した幻獣との戦闘で、レイラは幻惑状態に陥って治療を受けている。彼を許すつもりなど、毛頭なかった。


「その前に、君に聞いておきたいことがある」


「なんですか?」


「君は……妖精が憎くないのか? 君は、あの事件で大事な友人をたくさん失ったはずだ。君が幻闘士を目指すのも、奴らへの復讐心からじゃないのか?」


 アタルは、すぐには答えなかった。答えようにも、この胸の中で渦巻いている感情を言葉になどで言い表せなかった。


「憎くない……そんなわけないじゃないですか」


「だったら……」


「だけど、僕はあなたとは違う。たとえ、どれほど妖精が憎かろうが、殺したいほどの衝動に駆られようとも、関係のない人々を巻き込み、犠牲にするのは絶対に間違ってる」


 五年前、アタルは二体の妖精、オフィーリアとミリーナによって、その時乗っていった飛行機を墜落させられた。一緒に乗っていたクラスメイト達は、みな帰らぬ人となってしまった。妖精を殺したいほど憎むには十分すぎる出来事だ。無論、アタルも大切な友人たちを奪い去った彼女らを、許そうなど考えたこともない。

 だが、アタルが今ここに存在できているのは、ひとえにオフィーリアのおかげでもある。あの事件で、命と引き換えに自分を救ってくれた彼女に、アタルは憎悪と感謝が折り重なった葛藤を抱き続けていた。

 それでも、誰かを踏みつけて、復讐という願望を叶えようとは微塵も思わない。


「……青い、青すぎる」


 低いトーンで、絞り出すように新島はつぶやいた。俯いているせいで、その表情は悲しみで苦悶に満ちているのか、怒りの炎をたぎらせているのか分からない。だが、アタルの正論に反駁はんばくしようとしてることだけはわかる。


「取り巻く世界がどれほど荒んでも、癒しを与えてくれる笑顔。太陽のように優しく包み込むような、暖かさを持った手の温もり。辛く苦しい時にこそ、支えてくれる大切な存在。……君には、分からないだろうがね」


 反論でも何でもない、ただの独り言。それでも、アタルはその内容に思い当たるものがあった。


「その存在というのは……、あの事件で失ったあなたののことですか」


「やはり、何から何までお見通しか。君なら、いや、あの事件にかかわった人間ならだれでもわかるはずだ。あんな理不尽に、大切なものを奪われた私の気持ちが」


「今までの行いは、恋人を奪った妖精たちの復讐心からだって言いたいんですか?」


「そうだ! 私は奴らをこの地球上から残らずすべて一掃する。そのためだったら、多少の犠牲など構わん。私がこれほどの痛みを抱えて暮らしているのに、のうのうと何も考えずに生きている奴らのことなど知らん! だいたい……」


 新島の口から放たれた怨嗟の言葉は、アタルの心を怒りで震わせた。身勝手な新島の主張はそのあとも続いていたようだが、拳を固め、殴りかかりたい衝動を抑えていたアタルの耳には入ってこない。


「何もかも、薄っぺらい」


 憤怒を抑え込みつつ、やっとのことで、アタルは口を開いた。だが、新島を睨みつけるその視線は氷のように冷ややかで、憐れむように無機質だった。心に燃え盛る炎を抑え込んだ言葉と視線は、新島のプライドを傷つけた。


「私のどこが、薄っぺらいというんだ!」


「全部だ、あんたの言葉には重みがない。すべてが嘘で、自分に言い聞かせるように聞こえる」


「なんだと……」


「あんた、今までの行いを復讐心からだと言うが、それは嘘だ。そんな大層な理由を掲げるほど、立派な人間じゃない。ただの小狡こずるい、小心者だ」


「ふざけるなっ!!」


 声を荒げ、身を震わせながら新島は激高した。縁なし眼鏡の奥に座する瞳には、怒りが滲んでいたが、同時に僅かばかりの狼狽が見え隠れしていた。

 そんな様子の新島であるが、そんなことお構いなしに、アタルは追撃をやめない。


「あんたの心の中に、復讐に燃える炎なんてありはしない。あるのは、自分の保身のために描いた、ちっぽけな嘘だけだ」


「言わせておけば、随分な言いようだな。貴様に私の何がわかるというんだ!!」


「教えてやろうか? あんたの本当の目的……それは、『研究目的で使用する幻想子についての規制ガイドライン』制定の阻止だ」


 それまでの、新島の目つきが突然変わる。憤怒に取りつかれたような威圧感は瞬く間に消え、おたおたと慌てふためく心中を隠すことに徹しているようだった。


「あんた、ここ三年ほど大した研究成果を出せていないようだな。このまま、成果を出すことができなければ、学校から実験室に配分される予算はいずれ削減される。そのうえ、国が制定しようとするガイドラインだ。実験に使える幻想子を規制されたら、ますます成果を出すことができなくなる。結果を出せない研究者を雇い続けられるほど、学校も優しくない。解雇されれば、あんたに未来はない。なぜなら、抱えている借金の額が多すぎる」


 それは、アタルがここに来るまでの間、新島について調べていた時のことだった。新島の恋人があの事件で亡くなったことを知ったアタルは、はじめは復讐が動機だと思っていた。岩森の言うように、あの事件によって痛みを抱えたものたちが組織にいるのであれば、やはり新島もそのひとりだと考えた。

 だが、アタルは同時に奇妙な違和感を覚える。妖精に恋人を奪われて、妖精を憎むのは納得がいく。それなのに、新島のやっていることは妖精への復讐とは矛盾している。同時多発幻災に協力したり、レイラを抹殺するために人工的な幻獣を岩森に提供したりと、無関係な人間を巻き込むものがあまりにも多すぎる。


(すべては妖精への復讐のため。そのためなら、多かれ少なかれ犠牲が出るのもいとわないという覚悟ゆえ……いや、違うな)


 そこまでの覚悟を持てる人間は、ごくまれだ。たいていの人間は、そこまで強い精神力を持っていない。躊躇ためらいや、良心の呵責がそこに必ず生じる。岩森のような狂気に魅せられた者は別として、普通の人間ならそうそう耐えられるものではない。

 だったら、新島のような普通の人間が、なぜこのようなことに手を染めたのか。考えられうる理由として、彼がのではないか。


 嫌な予感がしたアタルは、美幸に新島の口座情報も調べさせた。そして、彼女から告げられた真実は、新島の最低な動機を導き出すのに難しくはなかった。

 アタルの核心を突いた宣告は、新島の理性のたがを外してしまった。


「私を……私を侮辱するなああああぁぁぁぁっ――!!」


 目の色を変えて叫びながら、新島はポケットの中から小さなナイフを取り出し、アタル目掛けて突進する。いくら小さなナイフとは言えども、急所に刺されば致命傷、死んでもおかしくない。

 だが、アタルは新島に動じない。それどころか、固く握りしめた右拳を掲げ、新島に応じるかのように力いっぱい叫んだ。


「腹が立ってんのは――こっちもだ!!!!」


 掲げた拳を背後に構え、アタルはあろうことか突進してくる新島に向けて地面をけり上げていた。思わぬ反撃に、新島の動きがわずかに鈍くなる。その隙をアタルは見逃さなかった。射程圏内まで新島との距離を詰めると、力を溜めていた右拳をあらん限りの力で突き出した。


 ――新島のナイフと、アタルの拳が互いに交差する。


 結果は、アタルの勝利だった。一足早く踏み込んでいたアタルの拳は真っ直ぐ、きれいに新島の顔面へと吸い込まれていく。そして、新島の左頬にアタルの拳がめり込む。力の乗った拳は、そのまま新島の頭蓋を揺らし、視界をシャットダウンさせるには十分すぎる威力だった。

 アタルの渾身の一撃を浴びた新島の体は、のけ反りながら、来た道を引き返すかのように吹っ飛んで行った。やがて、新島はドサリと地面に大の字にひっくり返ったまま、空を仰ぎ見ていた。


「ふざけるな! あんたのくだらない自己保身のせいで、レイラは危うく命を落としかけた! そんな最低な大人たちに僕たちの人生、未来を滅茶苦茶にされてたまるか。だけど……、それももう終わりだ」


 胸の中に貯めていた言葉を放ち終え、アタルは横たわったままの新島に背を向けた。そして、端末を取り出すと、然るべき機関へと連絡を取ろうとした時だった。


「ふふ……はははっ。はーっはっはっは――――!」


 突如、背後で笑い声が聞こえる。それは不気味な笑い声。楽しいから笑うのではない、〝どうにでもなれ〟と破滅を願う断末魔の叫びのように聞こえた。

 アタルが振り返れば、すでに新島は立ち上がっていた。目をぎらつかせながら、ゆらゆらと体を揺らしていた。何よりも気味が悪いのは、口端から血をほとばしらせながら、わらっていた。


 アタルは過ちを犯した。それは、相手をこと。崖っぷちへと追いやられた新島の自制心は、すでに崩壊していた。

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