9-2
「なにが……何が終わりだぁ? 終わるのは、貴様だ!」
目の前の新島の様子は明らかに常軌を逸していた。自制心を失った瞳は、焦点が合わず、狂気と憎悪に支配されていた。ふらふらと、風に揺さぶられるように立ちながら、新島は両手を白衣のポケットの中に手を突っ込んだ。
「ちっ――!」
再び凶器を取り出すかのような動作に、アタルは身構える。だが、新島が取り出したのは、二つの小さな筒。それでも、アタルは警戒を解かなかった。筒の中に入っているものが、危険な物質ではないという保証はない。
「くくくっ……、終わりだ。……終わりにしてやる……」
虚ろな表情で、新島はつぶやく。そうして、震える手に持つ二つの筒を胸の前に掲げてみせた。
「私がなんの成果も出せてないって言ったよなぁ? だったら見せてやる、私が作りあげた最高傑作をっ!!!!」
「よせ、やめろ!!」
アタルの静止を振り切り、新島は右手に持った筒を首筋に、左手の筒を胸の真ん中にあてた。そうして、筒の端を親指で強引に押し込むと、反対側から注射針が飛び出し、内部にため込まれた薬剤を注入し始めた。
すべての薬剤が注入されたところで、新島は用済みとばかりに、注射器を投げ捨てる。その間、緊張と興奮で新島の呼吸は、肩を上下させるほどに荒立っていた。そして、間を置かず、体に異変が起こり始めた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!!!!!」
身の毛がよだつような、不快な叫び声が、瓦礫の山を縫うように響き渡る。大声を上げながら、新島は地面をのたうっていた。およそ人間が発するようなものとは思えない、獣のような咆哮を上げながら、苦しみに苛まれていた。
その様子を、アタルは身を引きつつ伺っていた。新島が自分に打ったものの正体には心当たりがある。それはつい先刻、自分もあのような状態に追い込んだ物質――
……結局のところ、追いつめられた新島が選んだのは、自害だった。それも、自らの手で作り出した狂気の産物によって。やるせない気持ちを胸の中に押しとどめ、アタルは、新島の咆哮が止まるのを待った。
そして、それはほどなくやってきた。それまで、苦しみにあえいでいた新島の動きがピタリと止む。見るも無残に変り果てた姿で、地面に横たわる新島の姿に、アタルは
ピクリともしない新島の亡骸に、アタルは背を向けた。こうなってしまった以上、もう新島から話を聞くことはできない。とりあえず、一旦ここから出て幻災対策庁に連絡を取ろう。そう思った時だった――
『警告!
危険を告げるマナの声が聞こえた瞬間、アタルは背後に何かの気配を感じ取った。直後、瓦礫の広場を覆っていた静寂を破るかのように、四発の銃声が轟いた。
バタリ。……重い何かが地面に崩れ落ちる音がする。
倒れたのは、新島だった。その向かい側には、アタルが倒れた新島を見降ろしていた。その右手には、銃口から煙を立ち昇らせるブレイジング・カストルが握られている。
死んだはずの新島は、〝幻人〟として蘇り、また立ちあがった。だが、果たしてそれは新島幹孝と呼べるのだろうか。生気を失ったような青白い肌に、燃え盛るような、緋色の瞳。夕日を浴びて、虹色に光を乱反射させるような髪の毛を持ったヒト型のそれは、アタルに襲い掛かろうとしていた。
だが、アタルはなんの容赦もなく、
アタルの弾丸を浴びて、再び地面に倒れ伏す新島は、死にかけた虫のように痙攣していた。文字通り、虫の息だ。
「新島先生……あんたは、幻想子に憑りつかれた憐れな人だ。妖精を憎むあまり、いつまでも過去に捕らわれたままで、明日を受け入れられなかった」
アタルはぽつりとつぶやいた。
ひとりの人間として、またひとりの罪人として、新島には罪を償ってほしかった。しかし、新島はそれを拒絶した。だから、アタルは撃った。人の心を失くし、獣になった奴に、慈悲はかけない。たとえそれが、自分の知り合いだったとしても。
(終わった――)
呆気ない幕切れに、アタルは胸を撫でおろした。体を包み込む緊張感から解き放たれ、全身の筋肉が緩み始める。引き金にかけっぱなしだった右手の人差し指も、いつの間にかまっすぐに伸びていた。
アタルは、拳銃を背中のホルスターにしまうと、かつて新島幹孝という男だった亡骸のもとへと歩みよった。彼の所持品から、何か手掛かりになるものがあるかもしれない。
すでに動かなくなった新島の顔には、死ぬ直前の表情が張り付いたままだった。見開いた目に光はなく、今にも叫び出しそうなぐらいに空いた口から、異様に発達した犬歯が伸びていた。だが、その額の真ん中には、アタルが放った弾丸による
とりあえずと、アタルは新島の着ていた白衣を調べ始めた。独特な臭いのする新島の白衣のポケットには、何も残っていない。どうやら、持っていたのはあの二つの注射器だけだったようだ。次に、履いていたズボンのポケットを調べようとした時だった。
――死んだはずの新島がこちらを睨んでいた。
(そんなはずはない。ちゃんと、頭と心臓に弾丸を二発撃ち込んでいる。今まで戦った幻人で、それで死ななかった個体はいなかった。きっと見間違いだ、どの方向からも睨んでいるように見えるという八方睨みというやつだ)
そう思い込もうとするアタルの願望は、簡単に打ち破られる。
新島は、ニヤリと笑う。してやったりと、得意げに笑う新島の目は、いつの間にか光を取り戻し、怪しげにぎらついていた。
「なっ!?――」
慌ててその場から離れようとしたが、あまりの出来事にアタルの反応が遅れる。その隙を新島が見逃すはずはなかった。
「残念だったなぁっ!!!! 神代アタルゥ!」
鞭のように繰り出された新島の右手は、アタルの首を捉え、そのまま空中に持ち上げる。とてつもない怪力だ。氷のように冷たい、死体のような右手に掴まれたアタルに成すすべはなかった。新島に首を万力のような力で締め上げられ、アタルの意識は白濁し始める。
(確実に……仕留めたはずなのに!?)
新島が立ち上がったことに驚くほかなかった。アタルの体を軽々と持ち上げる新島の額には、まだ弾痕が残されている。だとしたら、心臓を撃ち損じたか。そもそも、なぜ新島は言葉を話している?
幻人に成り果てた人間に、知性は残されていない。獣のような本能で見たものすべてに襲い掛かる。それは、世界の共通認識だ。
だが、かつて新島幹孝だった幻人は、確かに言葉を放った。それも、アタルの名前を呼び、皮肉るようなセリフまで話してきた。
困惑するアタルをよそに、新島はニタニタと笑いながら右手にかける力をさらに強めた。たまらず、アタルは呻いた。このままでは、窒息する前に喉が潰される。そう考え、手足を空中でばたつかせてみるが、喉元にかかる新島の力は一向に緩まない。
「ぐッ……ううッ……」
新島は、うめき声を上げて苦しむアタルを、楽し気に見上げていた。そして、次第に弱っていくアタルの様子が、愉快とばかりに邪悪な笑顔を浮かべていた。
ふいに、銃声が轟いたかと思えば、アタルの体は空中に漂っていた。
意識が消えかかる直前、アタルは背中から抜いた拳銃で新島を撃っていた。だが、それに気が付いた新島は、アタルをそのまま空中に放り投げたのだった。
酸欠から回復していない視界に突如、地面が迫る。気が付いたところで、もう遅かった。次の瞬間、固い地面に叩きつけられた衝撃が全身に走り渡った。すんでのところで、体をひねって頭を打つことは避けられたが、全身に広がる
「げほっ、げほっ……、まだこんな隠し玉をもっていたのか……」
「貴様もしぶとい奴だなぁ、あのままじっとしていれば、楽にあの世に行けたものを」
幻ではない、はっきりと聞こえる新島の声。だが、目の前に立ちはだかる新島の姿は、人間とは似ても似つかないものだった。幻人そのものの姿をしているのに、理性を保っていられることなど、あり得るのだろうか。
「あんた、いったい――」
「言っただろう。これが、私の最高傑作だ。独自に精製した
赤い目を爛々を輝かせながら、意気軒高と新島は言い放つ。だが、アタルは信じたくないとばかりに、意義を唱えた。
「そんな、馬鹿なことがあるか! その証拠に、その姿はなんだ、幻人とまるっきり同じじゃないか!!」
「やれやれ、貴様は理解できていないようだな。これは〝進化〟だ。幻想子という無限の可能性を秘めた物質に適応するために、私の細胞は生まれ変わったのだ。これこそ、妖精に対抗できる唯一の存在にして、この
新島の狂気に満ちた口上は、川崎の倉庫で岩森の言った言葉と重なる。どうして幻想子に憑りつかれた者たちは、こうも同じことを述べるのだろうか。アタルには理解できない。
「これ以上、話しても無駄みたいだ。言っておくが、端末のセンサーは、あんたのことをすでに人間として認識してない。幻人……
「何発も私に弾丸を浴びせたくせに、よく言えたものだな。そんな
「上等だッ!!」
戦いの火蓋は落とされた。
戦闘態勢に入ったアタルは、もう一丁の拳銃、フリージング・ポルクスを抜くと、二丁の拳銃の引き金を迷うことなく引く。それまで静かだった処分場は、たちまち銃声で賑わい始めた。その間、情け容赦のないアタルの銃撃は、絶え間なく続いた。
だが、何発、何十発もの弾丸を浴びたにもかかわらず、新島は平然としていた。その中には当然、頭や心臓に命中しているものもあるのにだ。
(カストルとポルクスじゃ威力不足か。それにしても、何というタフネス。着弾の衝撃であとずさりひとつもしない)
通常の幻人とはかけ離れた、新島の驚異的な頑丈さにアタルはわが目を疑う。それでも、アタルは簡単には諦めなかった。なぜなら、まだとっておきが残されている。それを悟られないようにしつつ、ここぞというチャンスを伺っていた。
「今度は……私のターンだ」
アタルの銃弾を受け続けることに飽きた新島は、そのままアタルめがけて、軽く一歩踏み出した。だが、たったその一歩で、十メートル以上離れていたアタルとの距離は一瞬にして縮まった。
(なんだこれ、速いっ――)
「よくも私を殴ってくれたな。まずはそのお返しからだ」
新島は拳を振り上げると、アタルめがけて勢いよく振り下ろす。
(これは、マズい!!)
重厚な銃声とともに、処分場の地面がぐらりと振動した。その振動により、いくつかの瓦礫の山が崩れ始めた。
「はあっ、はあっ……」
「ほう、貴様。まだそんなものを隠し持っていたのか」
アタルはいつの間にか、地面に倒れこんでいた。そして、その右手には、ブラッククロームに塗装された
仰向けに倒れるアタルの顔面にすぐ右には、新島の拳が地面にめり込んでいた。それは、処分場の地面を揺らした元凶。新島の拳が直撃する前の間一髪のところで、アタルは懐からスコルピオを取り出し、新島めがけて引き金を引いた。そのおかげで、新島の拳はわずかに逸れ、アタルは難を逃れることができた。
(あ、危なかった……。撃つタイミングが遅れていたら、今頃、僕の頭は割られたスイカのように弾けていただろう)
突然の出来事に、心臓が早鐘を撃っていた。一歩間違えれば即死級の攻撃を受けていたことに、全身の肌が粟立つ。
「くそッ、こんなとこで死んでたまるかっ!!」
新島の力に驚かされ、思考停止に陥りかけたが、アタルは手に持つスコルピオの引き金を立て続けに引いた。鼓膜を
高威力の弾丸に、さすがの新島もたまらず後方に大きく飛び退く。アタルのスコルピオは、新島の胴体のあちこちに大きな銃創を負わせていた。だが、この状況はアタルにとっては誤算だった。当初のプランでは、新島を翻弄しつつ、ここぞという時にスコルピオでとどめを刺すつもりでいた。だが、新島のあまりの強さに、スコルピオを抜かざるを得なかった。当然、これから新島はスコルピオを警戒しながら襲ってくるだろう。手の内を相手より先に晒したせいで、逆に追いつめられた。
「さあ、貴様は次に何をする? もっと私の力を試させてくれ。もし、これでネタ切れだとしたら、興冷めにもほどがあるぞ」
(……駄目だ。不本意だけど、ここはいったん引くしかない)
冷静に、現状を分析したうえでの結論だった。近距離でまともにやりあえば、分が悪いのはアタルであることは目に見えている。決断はすぐに下された。
くるりと体を百八十度回転させ、アタルは何も考えず、全力でダッシュする。予備動作のない、華麗な転身に、さすがの新島もフリーズする。だが、すぐにアタルが逃亡を図ったことを理解した。
「あれだけでかい口を叩いておいて、自分が不利になった途端、逃げだすとは
……。ぶざまだなあぁっ!!!!」
新島は強力な脚力で地面を激しく蹴り上げる。暴力的な加速度で、逃げるアタルとの距離を詰めていく。
だが、アタルもただ尻尾を巻いて逃げるだけではなかった。新島が追ってくる気配を、背中にひしひしと感じながら、持っている
(なかなかいいセンスだ。学校じゃあ、それほど目立った存在じゃなかったが、射撃の腕はおそらく随一だろう。だが、惜しいな。私の邪魔さえしなければ、その才能を生かすこともできたろうに)
新島は、これから殺す獲物をそう評した。相手が子供だろうが、己の野望の障害となりえる相手に一切の手加減などない。むしろ、組織にとって将来、脅威となりえる芽を早めに摘めて有益だ。
そんな新島の心中をよそに、アタルは処分場の中を逃げ回っていた。すでに陸上トラック一周以上走ったが、それだけで息が途切れ途切れになっていた。自分の基礎体力のなさを呪ったりもしたが、今は逃げるので精いっぱいだ。背後からは、相変わらず新島が追っかけているようだった。たまに、新島が瓦礫の山を崩した振動が、足の裏から伝わってくる。
(……まったく、笑いたくなるくらいの馬鹿力だ)
それでも、アタルはまだ諦めていなかった。新島を倒すための、
(どこだ……どこにある…………?)
木材や、錆びた家電で覆われた茶色い山を、アタルは走りながら一つひとつ確かめていた。だが、どれもこれも、アタルの狙いからは程遠かった。
「これじゃあ、埒が明かない」
このまま逃げ回るにしても、新島よりもアタルの体力が底を尽きるのは、火を見るよりも明らかだった。ここはいったん身を隠そうと、アタルは思った。幸いにも、周囲には、身を隠すのに丁度いい高さの瓦礫が集まっている。
ここいらで一休みして、態勢を立て直そう。そう考えたアタルは、この処分場で、一番高い瓦礫の山のふもとをぐるりと半周。そして、新島の姿が見えなくなったところで、手近にあった瓦礫の中へと勢いよく飛び込んだ。トゲトゲしい感触を背中に浴びつつ、息を潜めた。
「どこに逃げた、神代アタル!」
獲物を見失った獣の吠える声が、処分場に響き渡る。その悔し気な声を聞いて、アタルは安堵のため息をついた。どうやら、目論見通り、新島は自分を見失ってくれたようだ。
荒げた呼吸を整えつつ、アタルは懐から弾倉が空になった拳銃、ピアッシング・スコルピオを取り出した。そして、物音を立てないように、ゆっくりと
空薬莢をポケットにしまい、アタルは新しい六発の弾薬を
(さて、どうしたものかな。迂闊に前に出ていくわけにはいかないし。とりあえず、新島が背中を見せたところで、攻撃を仕掛けるとするか)
新島を襲う機会を伺うため、アタルは瓦礫の中で態勢を変えた。――その時、アタルは致命的なミスを犯した。
チャリーン。
鈴のような、小綺麗な音が殺伐とした戦場に鳴り響く。それは、無音に近い処分場に、安らぎを与えるかのように澄んだ音色。音の正体は、アタルのポケットからこぼれ落ちた、空薬莢だった。
「あ、――ヤバっ!!!!」
慌てたアタルは、その場から離れようとする。だが、時すでに遅し。
アタルの身を隠していた瓦礫が、突然はじけ飛ぶ。粉々に砕けた瓦礫の破片の中に、アタルの姿も混じっていた。あまりの出来事に、意識は混濁する。ただ、吹き飛ばされた衝撃で、全身が悲鳴を上げていた。一つだけ、はっきりとわかるのは、小さな音を聞きつけた新島が、アタルのいた瓦礫の小山ともども殴り飛ばしたことだけ。
アタルの体は、空中で二、三回転したところで地面に叩きつけられる。そして、地面を滑るようにして、元居た場所から十メートル離れたところで、ようやく止った。
「ぐっ……」
砂利と、次第に強くなっていく鉄の味が口内を満たしていく。息を吸い込もうにも、肋骨が軋んでうまく肺に空気を送れなかった。おまけに、痛みと、狂わされた平衡感覚が邪魔をして、まともに思考が働かない。
そんな状況でも、アタルの本能だけは〝今すぐ立ち上がって、ここから逃げろ〟とせわしなく告げる。何かがこちらに向けて、ゆっくりと近づいてくる気配を否応なしに感じていた。
「迂闊だな。あの状況で物音を立てるとは、緊張感がまるで足りていない。私を甘くみるなよ」
うずくまるアタルを見下すように、新島はせせら笑う。
「げほっ、ごほっ……」
口の中のだ液を吐き出したかと思えば、それは真っ赤な血だった。予想以上に深刻なダメージだった。
しかし、幸か不幸か、新島がアタルを瓦礫ごとぶっ飛ばしたおかげで、威力は少なからず、分散していた。おかげで、まだ立ち上れるほどの力は残されていた。
「ほう、若いだけあって、まだ立ち上がれるか。だが、もう鬼ごっこはできまい。観念しろ」
新島は首をボキボキ鳴らしながら、どうやってアタルにとどめを刺そうか思案していた。
一息に頭蓋を粉砕して殺すもよし、首を締め上げて、じわじわ死に至らしめるのも、また一興。だが、せっかくこの力を手に入れたのだ。原始人のような野蛮な殺し方では、もったいない。どうせなら、この上ない絶望をその身に刻み付けてから、あの世に送ってやろう。
胸の奥底からこみ上げる破壊衝動に、新島は乾いた笑みが止まらなかった。
(どうにかしたいところだけど、何のアイディアも浮かばない。くそっ、もう少し準備をしておけばよかったな……)
絶対絶命の窮地に陥ったアタルの心中に、後悔の念が押し寄せるが、もう遅い。賽は投げられたのだ。たとえどんな結果になろうとも、最善を尽くすのみ。アタルこそ、生半可な覚悟でここに来たわけではない。
「こうなったら、とことん付き合ってあげますよ、新島先生」
よろけつつも、アタルは立ち上がる。そして、口端にこびりついていた血を、袖で拭うと、対峙する新島へ顔を向ける。
……西日に照らされた彼の顔に、もう迷いはなかった。
(このまま正面切って、撃ちあう。期待はできないが、カストルで新島の動きをけん制しつつ、スコルピオで急所を狙い撃つ。もう、僕に残された
作戦と呼ぶには、いささか望みが薄すぎる。だが、対抗策がない以上、この一撃に賭けるしかないのもまた事実。
アタルは、大きく深呼吸すると、背中のホルスターからカストルを、左脇の懐からスコルピオを取り出す。そして、それぞれ取り出した手とは逆の銃に持ち替えた。
右手にカストル、左手にスコルピオ。アタルは、利き手に関係なく銃を扱うことができる。この場合は、動きの素早い標的を追うため、あえてカストルを右手に持ち替えた。この選択が、吉と出るか凶と出るかは、神のみぞ知る。
覚悟、もしくは諦めともとれるアタルの様子から、新島は次の行動を察知していた。だが、知ったところで何かを変える気はなかった。左手の
極度の緊張感から、アタルの額から一筋の汗が流れる。
アタル自身、よくわかっている。この戦いで、自分が勝てる可能性はほとんどないことを。それでも、幻闘士の誇りにかけて、逃げることだけはしない。
じわりじわりと、静かに距離を詰める新島。対してアタルは、その場でじっと動かず、タイミングを待った。
誰もいない処分場で、対峙するふたり。これから繰り出された攻撃の後、立っているのはどちらか一方だけ。それが、この戦いの勝者だ。
戦場に吹きすさぶ風が止み、その瞬間が訪れようとした時だった。
――不意に、アタルの視界にキラリと何かが反射する。
(邪魔だ)
研ぎ澄まされた集中力が削がれそうになるが、どうしてもアタルはその光が気になった。目に飛び込んだ光は、何かが日光を反射させていたことによるもの。それは、処分場でもひと際大きい瓦礫の山の中に埋もれていた。
(いまは、そんなことを気にしてられない。集中するんだ)
雑念を振り払おうにも、光はアタルの視界を捉え続けた。まるで、何かがアタルに語りかけるように、その存在を主張しているようだった。そこで、ようやくアタルは気がつく。
瓦礫の山には、アタルに逆転をもたらす〝宝〟が眠っていた。
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