3-4

「よけてっ!!」


 レイラの掛け声とともに、互いに反対方向へ離れるように幻獣たちの攻撃を回避する。そして、アタルとレイラはそのまま部屋の壁を背にして、幻獣たちを挟み撃ちにするような形で対峙した。


 幻獣は全部で五体。ヒグマ、トラ、イノシシ、ゴリラ、そして、昨日出会ったシカ型の幻獣がその場にいる。まるで動物園じゃないかと思いつつも、アタルは両手に持った拳銃を構えた。


「トラとイノシシ、あとゴリラはそっちに任せてもいいかい?」


 冷静な戦力分析に基づいた提案をしたつもりだったが、ヘッドセットから返ってきたレイラの声は呆れているようだった。


「なんであたしのほうが一体多いの? ……って、言いたいところだけど、正式な幻闘士でもないのに幻獣二体を相手にしようするところだけは褒めてあげるわ」


「お褒めいただき光栄だね。これでも、近接武器を持つ君が戦いやすい相手を選んだつもりだけど」


「わかった。任せて、すぐに倒すから。あなたも、死なないように頑張りなさい」


「了解」


 銃声が二発、倉庫内に響き渡る。アタルが放った弾丸は狂いもなく、シカとヒグマの幻獣を捉えていた。弾丸は、二体の幻獣のに胴体に着弾。だが、幻獣の硬質化した皮膚に傷を負わすほどではなかった。それでも、幻獣の注意をひくことはできた。幻獣の群れの中からヒグマとシカがアタル目がけて勢いよく飛び出す。


「マナ、ポルクスもフルオートに切り替えて、二丁とも出力を八十パーセントまで引きあげるんだ」


『はいなのです! フリージング・ポルクス、内部セレクターの切り替え完了。カストル、ポルクスともに反幻想子アンチ・ファンタジウムを八十パーセントまで出力調整完了』


「よしっ!」

 

 一歩踏み込み、くるりと振り返ったアタルは二丁の拳銃を構える。左手には黒色のカストル、右手には銀色のポルクスを獲物ターゲットへと向け、連射フルバースト


 ――とめどなく鳴り響く、銃声。そして、両手に伝わる衝撃。


 先ほど受けたものよりも威力の大きい銃弾の連撃に、二体の幻獣たちは怯む。その隙をアタルは見逃さなかった。

 ヒグマとシカ、そのどちらを先に倒すか冷静に分析する。シカは昨日戦った相手でもあるため、行動パターンと戦い方は頭の中に入っている。ともすれば、倒すのはそう難しくはない。

 

 問題はヒグマのほうだ。体長はゆうに四メートルは超えている。そして前足の爪は鋭利な刃物を通り越して、もはや日本刀のように伸びていた。もし、あの爪の一撃を自分が食らえば、胴体は簡単に泣き別れることになるだろう。近接武器を持つ彼女には、戦わせたくない相手だ。


 シカ型幻獣を先に倒す。それがアタルの出した結論だった。


「マナ、ポルクスを単発セミに戻す。あと、ターゲットBの動きを追跡トレーシングして、音声で僕に教えてくれないか」 


『了解なのです! ポルクス、セミオートに切り替え完了。ターゲットBの自動追跡オートトレーシングを音声にてアナウンスするのです』


 シカ型幻獣に向かって、アタルは走り出す。手始めに右手の拳銃を三発、発砲。放った弾丸はシカの頭に二発、角に一発命中した。シカは頭から出血はするものの、頭蓋ずがいを打ち抜くことはできなかった。着弾の衝撃に、頭を振って見悶えていた。


(おしいな――)


 外しはしなかったものの、狙っていたのはシカの目だったため、アタルは舌打ちする。視界さえ奪ってしまえば、簡単に倒すことができるが、動く獲物の小さな目を狙って当てるのは至難の業だ。


 ヒュオオオオオォォォォォォ!

 アタルの弾丸を受けてシカの反撃が始まる。頭を下げ、複数に枝分かれした槍のような角を向けると、全速力の突進を仕掛けてきた。

 シカはアタルから十メートルほど離れていたが、一秒にも満たない時間で距離を詰めてきた。すかさず、身をひるがえして回避するが、それまでアタルの立っていたコンクリートの床は深くえぐれていた。


 アタルはシカの突進を右側面へと回避しつつ、すれ違いざまに胴体へ向けて数発、発砲する。昨日のように心臓を狙ったつもりだが、シカの速度が思ったよりも速い。弾丸は胴体の真ん中に、いくつかの穴をあけただけだった。この程度のダメージで、幻獣は倒れない。

 すれ違いの着地と同時に、部屋の壁面へ突っ込んでいくシカ型幻獣の背中に銃口を向けた時だった。


『警告! ターゲットB、七時の方向から急速接近!!』


 危険を知らせるマナの声が耳に飛び込む。だが、アタルは慌てず、振り返らずに左腕を正確に七時の方向へ向けると、ためらいなくカストルの引き金トリガーを引いた。


 カストルの連射音と、ヒグマの怯む声を背中に背負いながら、右手のポルクスの銃口を前へと向ける。その狙う先は、突進のブレーキを掛けようと、踏ん張るシカの左後足。

 二発、ポルクスから放たれた弾丸は、見事にシカ型幻獣の左後足を打ち抜いた。四つ足の一本に力が入らなくなった幻獣は、バランスを崩し、転がるようにコンクリートの床を滑る。

 体勢を急いで立て直そうと、もがく幻獣が頭をあげた時だった。真っ赤に、爛々らんらんと輝く瞳を、一発の弾丸が撃ち抜いた。


 ギャアアァァァ!!

 痛みと恐怖から、絹を裂くような悲鳴を上げる幻獣に対して、アタルは容赦することはなかった。一回、二回、三回……引き金を引いたところで、シカ型幻獣は、床に這いつくばったまま、動かなくなっていた。


『ターゲットA、幻想子ファンタジウム反応、消失!!』


 明るくなったマナの声とともに、アタルは肩にかかる重しが少し抜けたような気がした。それでも、油断はしなかった。


『注意! ターゲットB接近!方角は……真後ろ!!』


 右手のポルクスを頭上へ向けて、引き金を引く。弾は、二足歩行状態で今にも、アタルをかぎ爪で引き裂こうとしていた、ヒグマの顎を撃ち抜いた。

 背中を向けて、無防備を晒していたはずの獲物アタルから、予想外の反撃。ヒグマの幻獣はもんどりうつかのように、背中から倒れこむ。アタルは焦りもなく、振り返りながら、その様子を見ていた。


 ウッ、オオオオオォォォォォ……

 すぐさま体をもとに戻したヒグマの目は、怒りに震えていた。穴の開いた下顎から滴り落ちる血液が、床に小さな血だまりを作っていた。

 それでも、ヒグマの威嚇に気圧けおされることなく、アタルは、ゆっくりと一歩踏み出す。それはいつも通り、学校へと向かう通学路を行くかのように。だが、その足どりは、獲物を追いつめた狩人ハンターと同じ。最後まで、油断も隙もない、冷徹な歩みだ。

 やがて、アタルは左手のカストルをヒグマへと向けると、彼の指は自然に、拳銃の引き金を引いていた。


 幻獣へととめどなく降り注ぐ、銃弾の雨バレット・レイン

 壮絶な発火炎を吹き出しながらも、アタルのカストルは、銃口の跳ね上がりマズルジャンプを完璧に抑え込んでいた。そして、一発も打ち漏らすことなく、幻獣の体表に穴を穿うがっていく。

 ヒグマの幻獣は、最初の数十発は耐えていたが、やまない雨に、次第に勢いを削がれていく。ある一発は、右前足のかぎ爪を根元からへし折り、別の一発は、口外へと飛び出ていた牙を砕いた。


『カストル、残りの弾数、500発なのです』


「なかなか耐えるじゃないか」


 余裕綽々よゆうしゃくしゃくと呟いたところで、アタルは左手の人差し指にかけていた力を抜いた。およそ、300発もの弾丸を連続発射していたカストルの銃口からは、薄い白煙が漂う。

 弾丸の雨が止んだところで、もはや幻獣には抵抗する力は残されていなかった。自慢のかぎ爪や牙は、無残にも打ち砕かれ、四肢のあちこちには無数の銃創が刻まれていた。あたり一面に飛び散る血痕には、目を背けたくなるが、それでも息絶えぬ生命力には、感嘆するほかなかった。


「終わりにしよう」


 幻獣を諭すような口調で、アタルは右手のポルクスをヒグマの心臓へ向ける。次にその引き金を引いた時、幻獣の命は絶たれた。


     ××


『ターゲットBの幻想子ファンタジウム反応、消失!!』


 ふう、とアタルは心にため込んだ緊張とともに息を吐いた。だが、これで終わったわけではない。部屋の向こう側ではレイラが、三体の幻獣を相手に戦っている。戦いの最中に、彼女から何かしらメッセージを受け取ることはなかった。多分、問題なく戦っているのだろう。あるいは、彼女のことだ、すでに二体ぐらいは片付いているだろう。


(彼女の加勢でもするか……)


 などど軽い気持ちで、それまで見向きもしなかった方角へ、顔を向ける。

 ――


 ……それは、見るに堪えない、凄惨せいさんな光景だった。

 彼女に襲い掛かったトラ、イノシシ、ゴリラの三体の幻獣は、どこにもいなかった。かわりに、床には、無数のがあちらこちらに飛び散っていた。どれも原型を留めておらず、いったいどれが元の幻獣のものだったのか、見分けがつかない。

 至る所に張り付いた幻獣の血液の中に、彼女は立っていた。不思議なことに、むごたらしい情景の中で、彼女の衣服には血の一滴も付着していなかった。それでも、彼女の持つ両手剣からは、戦いで付着した幻獣の血潮がしたたっていた。


 いったいどんな戦い方をしたら、このような光景になるのか。人間のなせる業ではない。まるで怪物かなにかが、力任せに暴れまわった跡ではないか。

 血みどろの中に取り残された少女の姿に、アタルは戦慄した。自身が、ヒグマ型幻獣を倒すためにとったやり方など、生ぬるく感じる。彼女と比べれば、たいそうクリーンな倒し方だったと、思い知らされる。


「なかなかやるじゃない。やっぱり、あたしの目に間違いはなかったみたいね」


「あ、ああ……」


 二手に分かれる前と変わらない調子で、レイラはアタルを労った。呼吸ひとつ乱さない彼女の様子に、アタルは圧倒される。彼女は、自分が思っているよりも、相当な修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。無理のない、経験に基づいた落ち着きようだった。


『すべての幻想子反応の消失を確認なのです!』

『すべての幻想子反応の消失を確認しました、お嬢様』


 ヘッドセットを通して、マナとヴィラル両名の声が聞こえる。アタルとレイラ、両名に漂っていた緊張の糸が、ようやく緩み始めた。


「で、これからどうするの?」


「まずはここから脱出することだね。じゃないと何も始まらない」


 ふたりは、獣と血の匂いが立ち込めるこの部屋の、一つしかない出入口に向かって歩き始めた。

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