第12話

少ししたら戻ってきた桐谷。

席に座りながら

『今ついたって連絡だよ』

と言った。

桐谷が話をつけた和人のバイト先の人だろう。


「あのー、桐谷さんッスか?」

「え?」


店員さんに軽く頭を下げながらこちらに視線を向けた若い男性。

歳は私と同じぐらいだろうか。


「僕が桐谷です。

神崎ちゃん、こちらは……」

「あー!

和人さんの彼女さんッスよね?

俺、写真で見ましたよ」

「は、はぁ……」

「あ、お隣失礼しまーす」


結構グイグイ来る人だなー……、なんて思いながら少し隣にずれる。

ペラペラ話す様子を見てなんとなく犬の姿を思い浮かんでしまう。


「あ、俺和人さんとバイト先が同じの生原充っていいまーす。

大学1年の19歳、よろしくお願いしまーす」


ニッと笑い、ダブルピースをしながら明るく挨拶をしてくれた。

少し私は驚きながらも悪い人ではないと思い軽く頭を下げる。


「突然連絡してごめんね。

改めてボクは桐谷漸。

で、知っての通り彼の彼女だった神崎咲さん」

「神崎です」


私が軽く頭を下げながら言えば瞳を捕らえるかのようにじーっと見られ、少し恥ずかしくなる。


「いやー……、やっぱ本物も美人ですねー。

俺、和人さんに何回も紹介してくれって頼んだのに紹介してくれなかったんですよ」

「そ、そうだったんですね……」

「あ、敬語なんてやめてくださいよ!

俺の方が年下なんスから」

「それじゃ遠慮なく……」


ニコニコと笑う姿は桐谷と同じなのに全く正反対に思えるのはなぜだろうか。

生原君の笑みが純粋なものに見えるからだろうか。


「若い2人で仲良くしてるところ悪いけど、本題に入ってもいいかな?」


いつの間に頼んだのか店員さんが1つのアイスコーヒーを机に置いた。

そのタイミングに合わせたかのように桐谷は声をかけた。


「あ、もちろんです。

この前の事件のことッスよね?」

「うん。

あの日、彼はバイト帰りに殺されちゃったみたいだけど君もバイトだったの?」

「よくそんなこと知ってますねー。

俺もその日はバイトありましたよ。

でも終わる時間は違ったんで」

「それは君の方が先に終わったの?」

「いや、俺の方が後ッスよ。

掃除までして帰ったんで」

「なるほどね……」


桐谷は何か考えるように唇に触れ、視線を落とした。

私は聞きたかったことを生原君に尋ねることにした。


「ねぇ、和人は誰かに恨みを買うようなことなかったよね?」

「基本的に良い人だから敵は少なかったんですけど……」

「え?」


歯切れの悪さになぜかドキッとしてしまう。

まさか和人が?と疑いたくないのに、頭の中を横切る。


「そのー、なんて言うんスかね。

妬み?というか……」

「妬み……」


『妬み』というワードを聞き、違うのか……と少し心が落ち着く。

妙な興奮状態になった自分自身が馬鹿みたいに思えた。


「和人さん、仕事も出来るし良い人だったから。

それが逆に気に食わないって感じの人もいましたね。

あんまり気づいている人はいなかったけど……」

「へぇー……」

「あ、いや、別に疑ってるわけじゃないッスよ。

そんなことだけのために人を殺すだなんて信じられないし……」

「ついでにその人の名前、教えてくれる?」

「え、それ俺が言ったってバレたら……」

「バレないよ。

君と僕達が会ったことなんて誰も知らないんだから」


そう説得するような優しい口調だが、桐谷の視線はそんな優しいものではなかった。

言わなかったらどうなるかわかってる?と脅しをかけているかのような気さえした。

それを察したのか、生原君はさっきまでの元気の良さはなくなっている。


「だ、誰にも言わないって誓ってくださいよ?」

「こんなこと言う相手いないって」


ケラケラ笑っている桐谷とは逆に生原君は少し強ばって見えた。


「……佐賀昴って人ッスよ。

大学4年生でバイトリーダー的な存在で頭も良くて……。

でも真面目すぎて俺は正直苦手ッスね。

硬いというか……」

「なるほど、佐野昴さんね。

ありがとう」

「話はそれだけッスか?

俺またバイトあるんでそんないれないんスけど……」

「あ、気が利かなくてごめんね。

また何か聞きたいことがあったら連絡させてもらうよ」

「うぃっす。

わかりました」

「ごめんね、急に呼んじゃって」

「いや、それは大丈夫ッス。

んじゃ失礼します。

あ、コーヒーありがとうございました」


ペコッと頭を下げ、席を離れた生原君。

その背中を見送ったあと、私は桐谷とほぼ同時にため息をついた。

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