第9話

「年上だったの?」

「あ、もしかして年下かと思ってた?」

「あの、私ごめんなさい。

てっきり……」

「いいって、そんな敬語とか神崎ちゃんっぽくないし。

普通に今まで通りでいいよ」

「うん……」


殺人犯といえど、年上に失礼な態度をとってしまったことに申し訳なさを感じる。

私と対照的に桐谷は何も気にしていないらしい。

淹れたコーヒーを優雅に飲んでいた。


「さーて、これからどうしようね」

「どうしようって……」

「もちろん犯人探しだよ。

御堂君の話を聞くのはもちろんだけど、他にもやれることはやらないとね」

「例えば?」

「うーん、バイト先の人達には話を聞きたいかな。

とりあえず明日どうにかして聞けるようにするから予定空けといてね」

「どうにかしてって……。

まさか脅す気?」

「そんなわけないじゃん。

僕が殺人犯だってことを知ってるのは神崎ちゃんだけなんだし」

「え……」


私は驚いて、桐谷の顔を見つめてしまった。

てっきり協力者的な人がいるのではないかと考えていたからだ。

協力者がいれば1人じゃできない犯行も行うことが可能。

それに桐谷が『権力持つ連続殺人犯』と言っていたのもなんとなく理解出来る。

権力を振りかざして誰かに命令している想像すらしていた。

私がよっぽど間抜けな顔をしていたのか、桐谷は

『神崎ちゃん、びっくりしすぎ』

と笑っていた。


「今までの犯行、全部1人でやってたの?」

「まあね」

「どうやって?」

「別に色々と調べて、サクッと」

「サクッとって……」

「急にグイグイくるねー。

なーに、神崎ちゃん。

そんなに僕のこと気になるの?」


少しニヤリと笑いながら私の顔を覗く。

その距離が思っていた以上に近く、私は咄嗟に身体を後ろに引いた。


「あ、ごめん。

びっくりさせちゃった?」

「あんたのことなんて何にも気になってないから!」

「何にもってちょっと酷くなーい?」


自分の言った言葉が嘘だってことは自分自身でも気づいていた。

殺人犯の考えることなんてきっと理解できない。

何か言われても私にはわからなくて、すぐに忘れてしまうだろう。

でもなぜか桐谷のことが気になって仕方がない。

もちろん、恋愛的だとかそんな淡いものではない。

ただ単純に気になるのだ。

きっと謎に包まれている桐谷のそのベールをとりたいという好奇心だろうと思うしかない。


「僕、これでも女の子には振られたことないんだけどな……」

「振られたことないって……」


殺人犯でも恋愛をするのか、と少し驚く。

人間だし、当たり前と言えば当たり前なんだけど。


「神崎ちゃん、僕のことサイコパスか何かと勘違いしてない?」

「殺人犯とかほとんどサイコパスじゃん……」

「えー、違うよ。

僕常識人だしー?」


てへぺろ、なんて口に出しながら舌を出す桐谷からは全く殺人犯だなんて印象は連想されない。

だからこそ逮捕されないのだろうけど。


「僕は自分なりのポリシーがあるからね。

まあ、何かはさすがに教えてあげないけど」

「知りたくないよ、それ聞いちゃったら次に狙いそうな人わかりそうだし……」


そう言ったとき、私はハッとした。

桐谷が私に和人を殺そうとした理由は『なんか僕の目に写ったから』と。

もしポリシーがあるのだとしたら破綻していることになる。

私は桐谷と再び向き合い、問いかけた。


「桐谷さ」

「ん?」

「ポリシーがあるんだよね?」

「もちろん。

誰これ殺すわけじゃないからね」

「じゃ、和人を殺そうとしたわけは?

病院ではなんか僕の目に写ったからって言ったよね。

あれは嘘?」


私はキョトンとしている桐谷から目を逸らさなかった。

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