第10話

「あはは、案外鋭いんだね」


桐谷は特に焦ったような表情を見せないまま、薄っぺらい笑みを浮かべた。


「そうだねー……。

ちょっと神崎ちゃんのこと馬鹿にしすぎたみたい」

「そんなことはどうだっていい。

それが今回和人が殺された理由に繋がる可能性だってあるんだよ」

「確かにそうかも。

でも、残念。

それは教えてあげない」

「なんで……」

「さっきも言ったけど、ポリシーに関することは言いたくないんだ」


まるで降参するかのように両手をあげ、私に手の平を見せた。

降参というより、軽い挑発にも見えてしまう。

それは桐谷が変わらず笑顔なのが原因なのかもしれない。

これ以上問い詰めても口を開いてくれないことを察して私はため息をつく。


「そんなため息なんかつかないでよ。

実際僕に目をつけられた、という意味では嘘ではないから」

「せっかく大きな一歩だと思ったのに……」

「だからってそこまであからさまに態度に出されると僕だって胸が痛いよ」


桐谷は少し眉を下げ、申し訳なさそうに笑った。

いつも貼り付けたような薄っぺらい笑顔ばかり見ていたせいでひどく新鮮なものに見える。


「桐谷さ」

「ん?」

「いつも笑ってるけど疲れない?」

「え?」

「いや、深い意味とかはないけどさ。

ずっと笑ってるのって大変じゃないのかなって。

もし気をつかってるなら別に大丈夫だから」


殺人犯だとは言え、本人曰くちゃんとした人間らしいし。

まだ出会って間もない関係に気をつかっているのではないかと思い、桐谷に伝えた。

しかしなぜか桐谷から返事はなく、下を向いたまま。

もしかして触れられたくない部分に触れてしまったのではないかと不安になる。


「桐谷?」


そう呼びながら、顔を覗けば桐谷の瞳が私を捕らえた。

病院で会った時と同じようにその瞳から私は目をそらすことは出来なくて動きが止まる。

すこしの沈黙。

先に視線を外し、声を出したのは桐谷だった。


「そろそろ帰るね。

コーヒーありがとう」

「あ、うん。

気をつけてね」


なぜか久々に声を出したような感覚。

若干声を震わせながら言葉を発したのは桐谷も気づいていたのかもしれない。

さっきまでの貼り付けたような笑顔ではなく、どこか違って見えた。

素で笑えるほど私の声がおかしかったのかと少し悲しくなる。


「ねぇ、神崎ちゃん」

「ん?」


靴紐を結んでいる桐谷の後ろに立ったままの状態で聞き返した。


「今日は神崎ちゃんに一本とられたよ」

「なにそれ。

自分が破綻するようなことを言うからでしょ?」


実際、私を試す様なことをした桐谷が悪い。

あんなあからさまな矛盾を見抜けないと馬鹿にされていた気がして少しムッとした。


「あはは、やっぱ面白いな。

そう来るとは思わなかったよ」

「何のこと?」

「あー、そうそう。

言い忘れたことがあった」

「何?」


私の言葉を無視して、桐谷は立ち上がると私の腕を強く引いた。

その勢いで私は桐谷の胸にダイブしてしまう。

それに驚きながらも距離をとろうと胸を押そうとしたときだった。


「俺は大丈夫だから」

「え?」


今まで話してきた中で1番優しい声だった。

いつもみたいにふざけた声じゃない。

少しだけ桐谷の素の姿を見ることが出来た気がした。


「桐……」

「あ、もう1つあった」


私の言葉を遮って、いつもの調子で声を上げた。

そして、チュッと音ともに確かな頬の感覚。

私の身体は硬直した。

自分でも一瞬なんなのかわからなかった。


「殺人犯とはいえ、一応僕だって男なんだからさ。

無防備に部屋に入れない方がいいんじゃない?」


そうニコッと笑みを浮かべた。

私は自分の頬を抑えながら、真っ赤になっていることが自分でもよくわかる。


「ご忠告どうも!!」


そう声をあげながら、バチンと私がビンタを食らわせた音が部屋に響いた。

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