第35話 それぞれの道へ
数日が経ち、なんとか元通りの生活に戻っていた。
繻樂は大臣達の前に出て、身分、階級制度の廃止を訴えていた。
しかし、中々受け入れられず、話し合いは難色を示していた。それでも繻樂は食い下がり、根気よく訴え続けた。
そんな毎日が続いていた。
颯月は自分に出来る事はこれくらいと、村々の復興に尽力し、一人、旅に出ていた。
園蛇は繻樂の思いを聞き、皐と一緒に医師商人の勉強を学んでいた。
薬を作る以外の事を率先してやり、皆に理解を求めた。
「やっぱり、難しいですね」
休憩時、皐が園蛇に言った。
「そうですね。中々初めの一歩は茨の道ですね」
園蛇がふうっと一息付きながら言った。
「はい、でも頑張らないと!素敵ですもん。繻樂様の想い」
皐は繻樂の身分、階級制度を破棄し、自由な国造りを目指す考えに賛同し称賛していた。
「そうですね。でも、皐も素敵ですよ」
「えっ?」
皐は、突然の園蛇の言葉にびっくりした。
「くすっ、我は梢の事を忘れようと思います」
園蛇は、そんな皐をからかう様に笑い、サラッと重い言葉を皐に告げた。
「!そんな、忘れるなんて…」
勿論、皐は驚いた。これで驚かない者は繻樂ぐらいだろう。
「いいえ、そうでなければ我は皐と向き合えません」
園蛇は優しい声で言い、首を横に振った。
「え…それは…」
突然の言葉に、皐は言葉を失った。
「ですから、我が完全に忘れるまで、待っていて下さい。きっと、迎えに行きます」
園蛇は皐の手を握って、真剣な眼差しで言った。
その真摯につい、「はい」と返事をしてしまう皐だった。
刀馬と嵐が政府の建物の中を歩いていた。
刀馬の休憩の散歩と言ったところだ。
「どうだ?最近は上手くいっているか?」
嵐が刀馬に聞いた。
嵐のところまではあまり政府の内情は入って来ない。今までは、繻樂と一緒に霞から情報を得ていた。
しかし、霞亡き後、繻樂も事務仕事に追われ、嵐の元へ来る事も少なくなった。
「まだまだだよ。改革に反対する者が多過ぎる」
刀馬はやれやれと言った様に答えた。
「そうか、それでも主は頑張っているんだよな」
嵐は刀馬に尋ねた。
「ああ、頑張っておる。頑張り過ぎて倒れるんじゃないかと思うくらいにな。だから今日は午後から半日休みを取らせたよ」
刀馬は苦笑いをしながら言った。
「そうか。それは良かった。主が倒れたら、次こそ我はどうしたらいいのか」
嵐は瞳に影を落とした。もう主がいなくなるのが嫌だったのだ。
「大丈夫。あの娘(こ)の事は、我がちゃんと見ておるよ」
刀馬は微笑んだ。
「それだけじゃない。主は突っ走ったり、人一倍我慢したりするところがあるから、それをセーブしてやって欲しい」
嵐は矢継ぎ早に言った。
刀馬は黙って聞いていた。
「…我には出来ない事だから。なんだか、遠くなった様な気がする…」
嵐は続けて言い、弱音を吐いた。
「そうだな、旅をしない、任務で外に出て行かない分、そう感じるのも分からなくはない。だが、いつか、お前をあの娘が必要とする時が来る。その時、応えられる様に、今は力を溜めておくのだ」
刀馬は嵐の背中をポンっと叩いた。
「力を溜めておく、か」
嵐は刀馬の言葉に耳を傾け、考え込んだ。
「そうじゃ。いざとなった時、頼れるのは嵐、お主じゃぞ」
「ああ、分かった。我はその時が来るまで、力を溜めて待つよ」
少し哀しい眼をしながらも、嵐は答え、いざとなった時、繻樂を助ける最後の砦となる事を決めた。
「それがいい」
刀馬は頷いた。
繻樂は半日、午後から休みをもらい、綜縺と一緒に誰もいない野原に来ていた。
「ふう、こうも頭の堅い奴等ばかりだと疲れるな」
繻樂が肩を揉みほぐしながら言った。
「ふふ、仕方なのない事ですよ。急に変われと言われても、難しいですから」
綜縺が優しく宥めるかの様に言った。
「そうだな。地道に行くしかない。我は皐から聞いたアフタリア王国の様に身分、階級のない世界を創りたい。職業も自分で選べる世界を創りたい。それから恋も自由に出来る国を創りたい」
繻樂は野原を眺めながら、希望に溢れたキラキラとした眼で言った。
「ふふ、やりたい事が一杯ですね、繻樂様」
それを綜縺は、嬉しそうに横から眺めた。
「ああ、やりたいこと、しなければならないことが沢山ある」
繻樂はグッとガッツポーズを右手で取った。
「繻樂様の目の前には希望が沢山ですね」
「ああ、これを翔稀馬も、望んでいたからな」
繻樂は、ゆっくり手を下ろしながら言い、少し目が霞んだ。
「翔稀馬と一緒に、この先の未来、見たかったですか?」
綜縺が哀しそうな眼をしながら、繻樂に尋ねた。
「見たくないと言えば嘘になるが、今は皆がいる。翔稀馬も遠くから見ていてくれる。我はそれでいい。それに今、我の隣には、綜縺がいるからな」
繻樂は儚い笑みを綜縺に見せながら言った。
「繻樂様…」
綜縺はその儚い笑みにハッとなった。
(我は翔稀馬を超える事が出来るでしょうか?いいえ、してみせます。必ず。翔稀馬、必ず繻樂を幸せにしますよ)
綜縺は心の中でそう思うと、繻樂に話しかけた。
「そうですね、翔稀馬の事を忘れなくてもいい。共に歩みましょう」
「そうだな、翔稀馬の事はいつか乗り越えるよ」
繻樂は綜縺に、翔稀馬の事を忘れるのではなく、乗り越える事を約束した。
「はい」
綜縺は返事をすると、優しく繻樂を抱き締めた。
「綜縺?」
突然の事に、繻樂は理解出来なかった。
「好きです。繻樂様。必ず貴女を守り抜いてみせます。どんな事があっても」
綜縺は繻樂を抱き締めたまま、眼を閉じ優しい声で強い決意を囁き、告白した。
「綜縺…ありがとう。我もいつからか、綜縺の事を想っていたよ。いつも助けてくれる。ありがとう」
繻樂は少し驚いたが、すぐに受け入れ、返事をした。
そして繻樂は、眼を閉じ優しく綜縺を抱き締め返した。
暫く抱き締めあった二人。
ふと、綜縺が言い出した。
「それでは、我も気を付けなければ」
「え?」
突然の言葉に、繻樂は綜縺から離れ、綜縺を見上げた。
「もう"様"は無しで。きっと階級や身分制度も無くなるのでしょう?繻樂」
綜縺は少しいたずらな笑みをしながら言った。
「!!!あっ、ああ。そのうち、近いうちにはな」
繻樂は突然、呼び捨てにされ照れた。
今まで刀馬や師範にしか、呼び捨てにされていなかった分、誰かに呼び捨てにされる事に慣れていなかった。
「照れましたね、繻樂」
綜縺は面白そうにニヤけながら、もう一度繻樂を呼び捨てにする。
「う、うるさい///」
繻樂は顔を真っ赤にし、その顔を隠した。
(ああ、これが、最後の恋、になるのだろうな)
そして、そう心に想ったのだった。
これから変わって行くであろうこの世界の未来に、幸在らん事を…願って
完
呪いの女 姫乃華奈 @hime837
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